「父、弁明する」
「あ、うん。えーとね。
どこから話したらいいかなあ。」
どこか歯切れ悪そうに、
温めたカップにミルクとはちみつを注ぎ、
特製はちみつミルクを作る父親ピーター。
それが最高に美味いことを
幼少時から私は知ってはいた。
知ってはいたが、そんなことより、
どうして多重世界ユグドラシルの
すべてのドラゴンをこのアホ親父が
逃がしたのかが私の聞きたいことだった。
「そんなに怖い顔しないでよ。
ああ、ヘレナの若い頃の顔そっくりでやだなあ。
ねえ、僕がうっかり花瓶を壊すたんびに
嫁さんがこういう顔をするの。怖いと思わない?」
そう言って、親父は姫様に首をかしげて見せる。
それに対し、私は断固として怒る。
「他人を巻き込まない、
話をはぐらかさない!」
「ごめんってば!」
焦る親父の後ろの窓から、
船であり生物である黄のドラゴンから
薄いトビウオのような羽が生え始め、
機体はふわりと空へと浮かび上がった。
「…それにしても、よく見つけられたねえ。
正直、今、この船は暴走状態でね、
本来なら停泊するような場所も素通りするし、
僕でも上手に舵を切るのが至難の技なんだよ?」
「でも、この船ノロいじゃん。」
「鈍いのは確かだが、でかい上に意志も無くはない。
だからこそ、ここで僕が降りてしまったら、
本当にどこに行くのかわからない。
だから、こうして付いていなくてはいけないんだ。
わかってくれよ、スズラン。」
「わかんないね。
少なくともドラゴンを暴走させている時点で失格。」
「そんなー。ねえ君。
スズランの友達みたいだけど、
君もそう思わない?」
「だから助けを求めない!」
そんな親子の会話に、
姫様は顔を赤くしながら
笑いをこらえるのに必死になっている。
「ほら、この子が困っちゃってるよ。」
「困ってないの、親父がいい加減なだけ。」
必死に言い訳をする親父に、
私はクソ爺から枷を外されたと言われたことを伝えた。
「…ああ、記憶の枷ね。それは確かにうちの親父の魔法だ。
スズランが3歳頃、父さんは無職でね。
魔法使いとしても、騎士としても才能がなくてね、
ましてや普通の職もまともにできなくて、
そんな時に先代の防人が死んじゃって、
代わりになる人間を探していたから志願したんだ。」
祖父はそれが決まったと知ると、
4歳になる私と私の母親に
記憶の枷をかけたのだそうだ。
「王族の許可が下りたから
最後にスズランとヘレナを乗せてね。
スズランが僕の入れたはちみつミルクを
美味しそうに飲んでねえ、
船から降りるときにはギャンギャン泣いたっけ。」
防人になる人間は
生涯を黄のドラゴンの中で過ごす。
黄のドラゴンは長い時間をかけながら、
規則正しく停泊をする。
だが、それは一つの港に着き、
十年に一度。
そこを離れれば、
多重世界の時間と空間の中を彷徨い、
見つけることは至極困難になる。
「親父が魔法をかけたのは、
僕がいないことで二人とも寂しくならないように
という配慮だったんだろうなあ。」
親父は頬づえをつきながら
物思いにふける。
「まあ、今回スズランと友達が乗れたのは偶然かな。
多重世界の中で正確に船の位置がわかるのは
王室付魔法使いか、王族か、騎士団くらいだし…」
と、そこまで言ったところで
私たちは「んん?」と首をかしげる。
「ねえ、親父。この隣に座っている子、
誰だかわかる?」
すると、親父はにべもなくこう言った。
「え、近所の友達じゃないの?
うっかり港に迷い込んだ子。」
そうして、まじまじと姫様を見つめ…
「ん?目元がアーサーそっくりだな。
フラッと寄った世界の娘とできちゃった婚して。
ここで酒飲んでよく愚痴をこぼしていたなー。
『出来ちゃったじゃないんだよー。
そこにはちゃんと愛があったんだよー』って。
ぐでんぐでんに酔っ払って、
このネタ話すたびにギャンギャン泣いて。
…でも、最近はあんまりこっちに来てないなー。
君はアーサーの姪っ子?それとも親戚?」
すると、姫は肩を震わせつつ、
顔を真っ赤にしながらこう言った。
「…あの、それ父の名前です。ピーターさん。
あれから既に十年以上が経っているんですよ。
父はその…既に王になっていて、えっと…
できちゃった婚のことは国の重大機密でして。」
「あー、そうだよねー。
なにぶん多重世界の中で生物の持ち込み…
ましてや人を連れてくるなんて重罪ものだしねえ。
んー?んんー?」
その瞬間、ガタタッと親父は
椅子から転げ落ちそうになった。
「え、もしかして君ってアーサーの娘?
じゃあ、もしかして姫様?
なんでスズランが一緒にいるの?」
そこで、私は息を吸い込むとこう言った。
「クソ爺が死んで私が王室付魔法使いになったの。
それで、枷が外れてこの場所を思い出したから、
空間を旅してここまで来れた。偶然じゃないの。」
すると、親父は大きく目を見開き、
それから少し寂しそうな顔をした。
「…そっか、親父が死んだのか。
昔から不出来な息子だとは言ってたけど、
とうとう死に目にも会えなかったな。」
そう言いつつも、
不意に私の頭に手を置くと髪をグシャグシャと撫でた。
「でも、スズランが爺さんの仕事を継いでくれた。
優秀な娘が仕事をしてくれた。
…それだけで父さんは嬉しいよ。」
その手は温かくって、大きくって、
懐かしい父の温もりになぜか泣きそうになり、
私はとっさに親父の手を振り払った。
「もう、今更、父親づらしなくていいから。
もう十分だから。」
「…ごめん。」
どこか寂しそうな親父の声を聞きつつ、
私は椅子から立ち上がると、
喫茶店のドアから甲板の外へと出て行く。
正直、ドラゴンを探しに来て、
ここまで自分の気持ちに
整理がつかないことに驚いていた。
というか、ドラゴンを暴走させている時点で
どうしてこんなにのんびりした態度になれるのか。
私情と仕事で板挟み状態になった私は、
とりあえず気持ちを落ち着かせるために
雲の上を進むドラゴンの甲板部分にある
欄干に寄りかかる。
船のように先の尖った欄干。
その先端にはなぜか丸いテーブルにも似た
オブジェがあった。
不安定そうな板の上に幾何学的な文様が刻まれ、
七つの穴があるうちの六つに玉が収まっている。
それはわずかながらも
人よけの呪文が軽くかけられていたが、
私が玉を触った限りではただのオブジェでしか
無いようで…というか、色のついた玉が抜けない。
どう考えても下の木を彫り込んだもののようだ。
私は親父への腹いせに玉の一つでも
引っこ抜こうかと悪戦苦闘したが、
その時、喫茶店につながるドアが開き、
姫様が声を上げた。
「スズラン。ピーターさんから話を聞いたのですが、
どうも私たちは思い違いをしているようなんです。」
え、何を?
クソ親父がドラゴンを
うっかり逃しただけの話じゃないの?
私は姫様にも怒ったらいいのか、
それとも真面目に話を聞くべきか迷っていると、
不意に甲板の横を何か小さなものが這っていくのが見えた。
それは、キラキラと薄い衣をなびかせ、
四つん這いで高そうな産着を着ており…
「あぷう」
そう言うと、どこの誰かもわからない赤ん坊が
片手に黄色の玉を持って歩いていく。
途端に、親父が顔を出し、
赤ん坊を抱き上げた。
「あ、もうどこに行ってたんだよ。
ほら、その玉を返して。
返してくれなきゃ困るんだよ。」
しかし、黄色の玉を持った赤ん坊は
よほど気に入っているらしく、
玉を離そうとしない。
親父はそれにため息をつくと
赤ん坊を喫茶店に入れた。
「困ったなあ、これが黄のドラゴンを制御できる
玉なんだけど、この子が持って行っちゃってね。
僕と王族だけしか動かせないはずなんだけど、
この子がどこから来たかもわからないし、
王族だったら身内が来るはずだけど来ないし、
スズランや姫様は、この子が誰だか知らない?」
いや、知らない。
私は首を振ろうとしたが、
隣の姫様の顔がなぜか真っ青なことに気がついた。
そして、姫様は周囲を見渡すとこう言った。
「…やっぱり、そうでしたか。
黄のドラゴンは時空を自由に行き来するドラゴン。
ゆえに、過去と未来が入り混じる。だから私たちは…」
姫様はそう言うとこちらを見た。
「スズラン、今の私たちは過去にいます。
事件が起きる前のドラゴンの中に、
宝玉が揃っているドラゴンの中にいるのです。」
そして、赤ん坊を見るとこうも続けた。
「赤子時代の私がここにいる以上、
間違いありません。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます