黄のドラゴン

「ドラゴンの行方を知らんかね」

帝都に戻ってから二日目。

私は姫様の呼び出しを受けた。


場所は帝都の片隅の雑貨屋。


正直、多重世界でない場所で姫様と会うのは

今回が初めてだったりする。


「スズラン、実は今、

 私は困り果てています。」


少し良いところのお嬢様といった服装をした姫様は

雑貨屋で売られている水色のリボンをいじりながら、

店のサービスで淹れられた、

はちみつ入りのホットミルクに口をつける。


「今までドラゴンの居場所を感知できたのに、

 赤のドラゴンを封印してからぱったりとその姿が

 どこにあるのかわからなくなってしまったのです。」


外を見ると梅雨時で、窓ガラスには

ポツポツと雨粒がついているのが見えた。


「おそらく、ドラゴンの封印を

 解除した者の仕業で間違いないでしょうが、

 私にとってもこんなことは初めてで、

 正直、どうすれば良いのかがわからないのです。」


悲しそうな顔をする姫様。


「黄のドラゴンも、紫のドラゴンも、

 どこにいるかわからないのです。

 私は、これからどうしたら良いかわかりません…。」


膝で拳を握りしめながら、

悔しそうにうつむく姫様。


その表情は、なんだか泣きそうな、

どこにでもいる14歳の少女の顔と変わらなかった。


私は、それとなく周囲を見渡し、

姫様の耳元にだけ聞こえるように魔法を使いながら、

知っている情報を伝えてみることにした。


「あの…姫様に限らず、王室直属の近衛騎士団に

 怪しい動向の者がおりませんでしたか?

 どうも、魔力の空白地帯の時に騎士団になった者が

 怪しいという意見がありまして…まあ、あくまで、

 私の祖父…いや、先代王室付魔法使いの意見なのですが…」


すると、姫は最初驚いたような顔をし、

すぐに何かを思案するような顔を見せた。


「…確かに。最近、騎士団の中に

 挙動の怪しい者がいたような気がします。

 王室で行方不明になった人間も、

 騎士団の護衛とともに姿を消しています。

 内部で誰かが糸を引いているのであれば、

 それもあり得ることでしょうが…。」


しかし、そこまで考えたところで

姫は顔を上げて首を振る。


「ですが、先にドラゴンを見つけるのが先決です。

 どうしてドラゴンを探す私たちまで敵の手が及ばないのは

 わかりませんが、ともかく探す事に焦点を当てねばなりません。」


…まあ、それもそうか。


私も机の上に置かれた

温かいはちみつミルクに口をつける。


中のミルクが柔らかい口当たりで、

後から来るはちみつの味を引き立たせる。


だが私は、もっと美味しい

はちみつミルクの味を知っている気がした。


しかも、それはコーヒーの香りのする場所で

誰かに淹れられたものを飲んだ気がする。


でも、それはどこで?


その時、祖父の言葉が頭に浮かんだ。


『ピーターによろしくなあ。』


そんなの無理に決まってる。

何しろピーターは…


ピーターは?


その瞬間、私はがたんと椅子から立ち上がった。


「え、スズラン。どうしたんですか?」


驚いた表情をする姫様。


だが、私は姫の手をとると、

雨の中、店の外へと歩き始める。


「え、ちょっと、スズラン。

 なんです、一体?」


困惑する姫様。


だが、私は無言で姫様を伴いながら

実家へと向かう坂道を駆け下りる。


そして、

柵で分けられた境界線を通った時だ。


周囲の景色が一変した。


坂道を下るたびに景色は何度も移り変わり、

秋になり、冬になり、雪や花が周囲に咲き誇る。


「え、綺麗。」


舞い散る花々に見とれる姫様。


だが、私には見慣れた光景。

そう、子供の頃に何度も見た光景。


なぜ忘れていたのか。

あのクソ爺のせいなのか。


そうして、私たちは坂を下った先へと向かう。


本来、そこには小川が流れているだけだ。

実家に近い森から流れる小川。


しかし、そこはいつしか、

数十キロも離れた先にあるはずの

夕焼けの映える広い海へと繋がっていた。


その、日が沈む先に何かが見えた。


巨大な魚。

クジラにも似た巨大な魚。


海へとつながる桟橋の先で

それは波しぶきをあげながら横向きに止まると、

いくつもの小窓から柔らかい光を投げかけながら、

奥へと続く通路のようなドアを開いた。


そこから流れるのは懐かしいコーヒーの香り、

子供の頃に嗅いだことのある匂い。


その時、魚の頭部についていた

煙突から汽笛の音とともに煙が吐き出された。


「…黄のドラゴン、思い出しましたわ。

 生物と機械の間にあるドラゴン。

 別名『黄昏のドラゴン』。

 そして唯一、人に危害を加えないドラゴン。

 それを、どうして私は…。」


困惑する姫様に答えず、

私は船のようなドラゴンに乗り込むと、

細い通路を歩いていく。


ドラゴンの中にもかかわらず風通しはよく、

通路の左右には小窓が設けられ、

そこから景色が見て取れる。


その景色も窓ごとに変化していて、

雪景色に桜の景色、雨の日に晴れの日と様々だ。


「黄のドラゴンは時間の中を漂う存在、

 認識されない限り存在せず、

 過去でも未来でも行ける存在、

 だからこそ、その指針となるべく、

 ドラゴンには選ばれた人間が乗り込むのです。」


そう、私はその人間が誰かを知っている。

知りすぎているほどに知っている。


通路の先のドアを開けると、

そこはこぢんまりとした喫茶店のようで、

中には一人、椅子の上でうたた寝をしている男性がいた。


その男性は私たちより少し年上なくらいで、

整った顔立ちに喫茶店のマスターらしく、

白いエプロンをつけていた。

 

そして、彼は顔を上げるとこう言った。


「あれ、スズランじゃないか。

 大きくなったねえ。十年前にはもっと小さくって…」


しかし、それ以上言葉を続ける前に、

私は目の前のピーターという男性に…

いや、実の父親の顔面にドロップキックをかます。


「てめえ、自分からドラゴンの防人を名乗り出て、

 どこのツラして全部逃がしてるんだよ!

 今まで何してた、さっさと言わんかい!」


呆然とする姫様。

吹っ飛ぶ実の父親。


そう、私は思い出していた。


自分の父親が黄のドラゴンを、

ひいてはすべてのドラゴンを

統括する管理人をしていたこと。


そのために十年も前から

私の前から姿を消していたことを、

私は怒りとともに思い出していた。

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