箸休め:先代王室付魔法使いの呼び出し

「じっちゃんに呼びかけて」

帝都に戻ると私は実家に帰り、

簡単にシャワーを浴びて服を着替えてから、

クソ爺の書斎に乗り込んだ。


「あらー、アジサイちゃんよく眠っているわねえ。」


下の階で母が魔法で眠り込み、

ソファで横になったいとこのアジサイに毛布をかけているが、

事態はそんなにのんきなものではない。


ともかく、多重世界に関連した人間が軒並み襲われ、

行方不明になっているこの事件。


どうも私の手には余る気がしてならなかった。


姫様のご意見はドラゴンの封印に

専念するべきとのことであったが、

このままでは事態が悪化する恐れもある。


とはいうものの、

この事件にはどうにも内部関係者が

噛んでいるような気がしてならず、

王室付魔法使いになってから2年程度の私では、

どうにも人間関係の知識に不足がある気がした。


…となればどうするか、

私は祖父の書斎をガラガラと漁り、

中から瓶詰めになった粉を取りだす。


「スズランちゃーん。

 アップルパイ焼いたけど食べるー?」


「食べる〜。ちょっとお昼に持ってくね〜。」


「えー、外は雨よ。気をつけてねー。」

 

そんな可愛らしげな返事をしてから、

私はパイ入りのバスケットを持って近くの墓地へと向かうと、

シャベルに魔法をかけながらアップルパイを咥えつつ、

土砂降りの雨の中をロウソクつけて墓掘に専念する。


周囲では雷がひっきりなしに鳴り、

暗い中で私の顔が照らされる。


雨よけの呪文をかけているとはいえ、

暗い中でこんなことをしているところを見られたら、

黒魔術でもしているのかと思われてしまうだろう。


…いや、まあ実際そのつもりなんだけど。


私は墓から掘り出したクソ爺の骨を担ぎ出すと、

「試しの祠」へと持って行き、

骨を並べて人の形を作り粉をかけて呪文を唱えた。


すると、みるみる骨から光が溢れ、

あの忌々しいクソ爺の姿が

ぼんやりとした霊体となって出てきた。


『…ばあさん、飯はまだかい?』


…う、時間が経ちすぎて

既に耄碌もうろくしていたか。


私はクソ爺に

一応説明を試ようとして口を開いた。


「おい、クソ爺!

 よくも私を王室付魔法使いにしてくれたな!

 おかげで私の人生設計めちゃくちゃだ!

 と言っても、何も計画はしてなかったけど!」


そう言って、

霊体であるクソ爺に何度も蹴りを入れる。


当然、霊体なのですり抜けるのだが、

それでも体が止まらない。


…しまった、今までの怒りが先に出てしまい、

まともに言葉が出てこない。


しかしながらも、

湧き出る湧き出る罵倒の言葉。


爺はそれをぼんやりとしながら聞き、

最後に大きくうなずいた。


『なるほど、どうやらドラゴンの封印が解け、

 姫様とお前は苦労しておるようだな。

 それにどうやら儂が関わっていた頃の人間が

 それに一枚噛んでいるようじゃな。』


え、ちょっと待って。


私、クソ爺をひたすら

けなす言葉しか吐いてないんだけど。


すると霊体の爺は『ほっほ』と笑った。


『んなもん聞いてても無駄じゃろ。

 魂を戻す粉の時間は有限じゃ。

 少ない時間は有効活用せんとな、

 お前さんの記憶をちと読ませてもらったよ。』


…全く、死んでも食えない爺さんだ。


私は汗でびっしょりになった髪をかきあげ、

手近なゴザにどっかと座った。


思えば、私が王室付魔法使いになる前は、

儀式としてこのゴザの上でひと月ほど

魔力酔いに苦しんだっけ。


その度にこの爺に対して尽きぬ

恨みと憎しみが湧き上がるのだが、

こんな無限ループが無駄なことぐらい

とっくの昔にわかりきっていた。


爺は爺で空中に三本に分かれた家系図を

描き始め、『ほーん』とか『へーん』とか、

変な言葉を吐き出し続ける。


『ふむん、それでお前さんの記憶の中にある

 最新の王室関係者の情報と組み合わせればじゃ、

 ちょいとこの辺りがまずそうだなあ。』


そう言うと、クソ爺は家系図の右端あたり、

ちょうど王室直属近衛騎士団のあたりをコツコツと叩いた。


『基本的に、空間移動をする魔法使いや騎士団員は、

 世襲制ではなく能力値で決まるもの。

 魔力を先代が嗅ぎ取り次へと繋ぐのが通例じゃ。』


爺は自分の鼻を指で指しつつ、話を続ける。


『じゃが、百年に一度ほど、

 それぞれの役割に空白地帯が生まれる時期がある。

 その時期に嗅ぎ分けを行うのは非常に難しくての、

 適当なものを選ぶと非常に大変なことになる。』


「…大変なことって?」


私がそれを聞くと、

透けた爺はくつくつと笑った。


『それが今の状態じゃ。』


答えになってねえじゃん!

と私は持ってきた空のバスケットを爺に投げる。

 

爺はそれをひょいと避けると、

『おー怖』と言いながらふわふわと体が浮く。


『まあ、ともかく。

 騎士団の中から怪しい奴を探すんじゃな。

 アジサイもそれに巻き込まれたようだし、

 なーに、焦らず騒がず最後までドラゴンを探せ、

 姫様は幸いにして聡明だ。言う通りにしておくんじゃよ。』


「うるせー、クソ爺!」


『ホイホイ。じゃあ、クソ爺はさよならするからな。

 本来ならば次のドラゴン探しには難航するはずじゃったが、

 枷は外しておいたし、すぐに思い出すじゃろう。

 ピーターによろしくなあ。』


そう言いながら、

クソ爺は祠の外側へとふわふわと姿を消した。


私は湿気った祠の中で

怒りと暑さに汗をかきながら、

クソ爺のあまりの役に立たなさにこう叫んだ。


「もう二度と出てくるな、バーカ!」


そうして、むしゃくしゃする気持ちのままで、

爺の骨を拾い集めると墓の中へと戻しに行った。

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