「物語の残滓の中で」

シナリオが崩壊しても物語は続く。


この矛盾しているとも言える世界の中で、

私と姫様は封印されたドラゴンの魔力を辿り、

ドラゴンが残したとされる何かを探すことにした。


「スズラン、見てください私たちの姿を。

 世界を飛ぶ前に戻っていきます。」


ファンタジーエリアの一角。


幻獣エリアの長い廊下を歩く姫様は、

すでにゲーム内の姿ではなく、

長い裾を引くドレス姿の

見目麗しい乙女へと変化していた。


それに伴い、

私も王室に行く用の裾の長いローブ姿で、

得体の知れないムチや拳銃を持った姿と違い、

馴染みの姿に戻ってホッとする。


だが、それはこのシナリオが、

ひいてはゲームの世界が完全に崩壊へと

進んでいることを意味しており、

あまり油断のできる状況ではないことも意味していた。


「急ぎましょう。この建築物も

 いつまで保っていられるかわかりません。」


ゴシック調に作られた巨大なアーチをいくつも潜り、

私たちは部屋の奥に見える黄金に輝く広間を目指す。


「…おとぎ話のドラゴンは金を求めるものですものね。

 この部屋がドラゴンのいた部屋で間違い無いでしょう。」


と言っても、そこは大広間。


山と積まれた宝物の中で、

ドラゴンが何を守っていたかなんて見当もつかない。


広間はドラゴンの魔力が充満し、

わずかな変化も注意深く観察せねば、

目的のものはわからない気がした。


…だが、その時。

私は何者かの視線を感じた。


みれば、広間の奥。


鉄格子のはまった少し手狭な空間に

巨大な生き物がとぐろを巻いていた。


私はそれを見て、息を飲む。


「巨大…ナメクジ?」


それは、どこからどう見ても

二本の角の生えたでかいナメクジのように見えた。


すると、檻の奥から

少し臆病ながらも可愛らしい声がした。


「あ、違いますよ。これは、ピカイア先輩です。

 古生代のカンブリア紀の脊索動物で、

 人類の祖先と言われています。

 この物語の根幹を担う存在で助けてあげると、

 キャラクターに敵対するイルカ集団と、

 それには向かってロボットにされた女の子を

 助けるように依頼してきます。」


みれば、檻の中で一人のメイド姿の

可愛らしい女の子が巨大ナメクジをポスポス撫でている。


「ついでに自由に空間を移動できる魔術や、

 他者を支配できる液体なんかもくれますが、

 これは報酬要素なんで、一番最後にもらえますね。」


マニアックな説明どうもありがとう。


…というか、私はこの女の子を見たことがあった。

それどころか、この場所にいてはいけない人物だ。


いや、人かどうかも怪しい。

何せこの女の子の正体は…


「あー、そうなんです。

 油断してたら、うっかりゲーム内に封印されちゃって。

 早く千洲間ちずま先生のところに行きたいのに、

 魔力の障壁が硬くって…スズランさん。手伝ってくださいよ。」


そう言って、漫画家チーズマヨマヨについていた

神格の化身であるメイドは小首を傾げて見せる。


「どうやら、ドラゴンが封じていたのは、

 彼女のようですね。」


姫様はドラゴンの封印された

ルビーと少女を交互に見る。

 

みれば、ルビーは

うっすらと汗をかいているように見えた。


「正直なことは良いことですね、スズラン。」


私は外部から魔力の障壁を解除し、

巨大ナメクジがウゴウゴ出て行く横で、

メイド少女の手を取った。


「ありがとうございます。

 あと、すみませんでした。」


そう言うと、メイド少女はぺこりと頭を下げる。


私は彼女の真の力の恐ろしさを知っているので、

お礼に対していやいやと半ば怯えながら手を振るのだが、

どうも違うらしい。


「あの、持っている名刺を出していただけますか?」


おずおずと尋ねてくるメイド少女に対し、

私は首をかしげながらも名刺を渡す。


すると、名刺はどさりと一人の人間の姿へと変わり、

それは私のよく見るアジサイの顔で間違いなかった。


「…ごめんなさい。つい数時間前のことです。

 千洲間先生がドラゴンによって変化した

 魔法少女をスケッチしているのを見ていたら、

 突然この人が私のところにやってきて…」


『私の先生を何ストーカーしているのよ!

 あんたなんか名刺になっちゃって、

 他のところに配られちゃいなさい!』


そう言って、変化の魔術を放ってきたらしく、

とっさにメイド少女が魔法カウンターを放ったところ、

アジサイは名刺になってしまったそうだ。


「すみません、そんなつもりはなかったんです。

 でも、向こうがとっさに魔法を放ってきてびっくりして

 …そうしているうちに油断した私も封印されちゃって、

 本当に、ごめんなさい。」


深々と頭を下げるメイド服の少女。


私は地面に落ちているアジサイを

冷たい目で見つめた。


…大丈夫、彼女は何も悪くない。

悪いのはこの色ぼけしたアジサイである。


私はよだれを垂らして

スヤスヤ眠るアジサイを蹴っ飛ばし、

それでも起きないのを見てため息をついた。


「多分、一週間ぐらいは起きないんじゃないですか?

 魔力ぼけはそれくらい続きますから。」


おずおずと話すメイド服。


「あの、もう元の世界に戻っても良いですか?

 私を封印した相手の顔は見えなかったんですけど、

 かなりの魔力を持っているようでしたし、

 先生の意識を乗っ取るようなそぶりも見えました…

 と言っても、今戻れば8秒ほどしか入られないでしょうけど。」


8秒しかもたないのかよ。

…私は千洲間に名刺を渡されたことを思い出す。


確かに、8秒もあれば名刺の裏に文字を

書くことぐらいはできる。


『お嬢さん、

 ドラゴンを世に放ったのは、この私だ。』


ドラゴンの封印を解けるほどの存在。

神格の化身を封印できるほどの魔術に長けた存在。

…と言っても8秒が限界のようだが。


「…大丈夫ですよ。もう油断はしませんし、

 私が先生のところに戻れば、

 生涯見ることのできないほどの悪夢を

 相手に味わせることもできます。

 まだ先生のところにいるようでしたら、

 私に任せておいてください。」


そう言うなり、

彼女は姫様の持っていたルビーをさっと取り上げ、

ゴクリと飲み込んで見せた。


「…この後、封印の儀式に行くんでしたよね。

 一応、手間を省いて私の中に封印の空間を作っておきました。

 宇宙のどこかに点在する恒星の中です…安全は保証しますよ。

 では、いずれ必要な時にはお申し付けください。」


そう言うと、彼女は少しだけ

スカートの裾を引っ張り優雅に一礼すると、

神格の化身らしくおぞましい量の魔力を放ちながら

元の世界へと帰って行った。


「…彼女、完全に怒っていましたね。

 もし漫画家の中にまだいたら…」


「いえ、多分先に逃げ出していることでしょう。

 私たちに感づかれずにドラゴンを逃すような用意周到な相手です、

 この先どうなるかなんてわかっているはずですしね。」


メイド少女の放っていた禍々しい魔力に

少し引き気味ながらも姫様はそう返した。


「さて、スズラン。アジサイの処遇はともかくとして、

 赤のドラゴンは無事に封印されました。

 帝都に戻り、休んでください。」


そう言って、微笑まれる姫様。

私はその言葉に深々と頭を下げる。


「それと、今回巻き込まれた部員ですが、

 この後、熱中症として全員病院に担ぎ込まれますが、

 大事には至らないでしょう。」


そこで、私はこの世界に入る前に来ていた

ゲーム部の部室のことを思い出す。


…そういえば確かに部室の中は暑かった。


机の上にはお菓子以外に

ペットボトル飲料や水の入ったコップもなかったし、

思い返せばエアコンもなかった…確かに熱中症は怖い。


「その後、高校では部屋にクーラーをつけることが

 義務づけられ、生徒は今回のセッションを

 バッドエンドながらも一部付け加えながらも動画化するでしょう。

 そして、同人誌即売会の数日前に流した影響で、購入が増え、

 トゥルーエンドを目指す若者たちが増えることにもなります。」


ふむ、一応トゥルーエンドもあるシナリオだったか。


私はあのロボットが悲しそうに

カプセルの元へといった光景を思い出す。


トゥルーエンドだったら、

どうなっていたのだろう。


しかし、その先を姫様は言わない。

というか、チラチラと私の方を見る。


「えっと、それでなんですが、

 私もこのシナリオは最後が気になっておりまして、

 でも、予知で先まで見たくはないのが正直なところでして、

 その…なんというか。」


そうして、姫様は少し顔を赤らめながらこう言った。


「スズラン、次に多重世界に飛んだ時に、

 このシナリオを購入してくださいな。

 ドラゴンの封印がすべて終わりましたら、

 一緒に最後までシナリオをクリアしましょう。」


「あ、ハイ」と返事をする私。


…ああ、姫様も気にはなっていたんだなあ。


崩れていく世界。


でも、次に辿りつくときには

幸せな終わりを迎えて欲しい。


それは姫様も同じなようだった。


「絶対に、次は良い終わりにしましょう。」


そんな思いを抱きながら、

私と姫様は崩壊してゆく世界の中で遊ぶ約束をし、

元の世界へと帰ることにした。

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