「ドラゴンの暴走」

『ええっと、とにかくワーグナーも八姫も

 自分の記憶を取り戻したということで、

 では、もう一回、何か思い出せるか判定してくれ。』


ゲーム部の部長の言葉とともに、

サイコロを振る音が重なる。


それは私が中に入るキャラクター、ワーグナーと

姫様がいる八姫というキャラクターを

操作するための行動だ。


赤のドラゴンを追い、

ゲームの世界に入って早1時間。


正直…少し疲れ始めていた。


なぜなら、ゲームの世界で魔法を使うならともかく、

ゲームをプレイしている場合は

部員たちのいる世界へと魔力を照射しなければならないので、

結果として魔力が二つの世界をまたぐ結果となり、

普段使うよりも倍の量を消費していたからだ。


「スズラン。

 あまり無理はなさらないでくださいね。」


姫様のねぎらうお言葉。


十二単を着た姫様はぽっちゃりとして

高慢そうな顔になってはいるが、

本当はとても見目麗しいお姿なことを私は知っている。


というか、多重世界を行き来する人間は、

王族や騎士団や魔法使いに限らず、皆容姿が良い。


これは偶然ではなく、

多重世界を行き来する際に容姿が優れていないと

別の世界でペットボトルやアメフラシになった時に

自尊心が保てなく可能性があるからだそうだ。


ゆえに、王族や騎士団や魔法使いには

容姿だけでなく強い精神力が必要だともいうが、

その学説を唱えた多重空間学者は多人数との不純異性交遊で

捕まり今は牢屋の中なので本当の話かは眉唾物である。


『あ、失敗。』


『こっちも、ようやく本調子になってきたわね。』


あ、しまった。


考え事に没頭していたせいで、

魔力の照射を忘れた。


「申し訳ありません。」


とっさに姫様に謝るも、

姫様は別に怒るそぶりは見せない。


「いいえ、仕方ありませんわ。

 スズランが高度な魔法を使っていることは

 百も承知です。できる限りで良いのです。」


なんと、勿体無いお言葉…。


そんな折、

部長の言葉が響いた。


『では、ここから先の行動はどうする?

 行けるエリアは今のところ5つだが、』


それに対し、似鳥が答える。


『じゃあ、ここは未来エリアに行こうかな。

 くそイルカが多分この話の黒幕だろうし、

 部長の思考パターンだと、

 その辺りに出口があると俺は踏んだね。』


『だからメタ読みするなと何度言えばいいんだ。

 じゃあ、未来エリアに移動でいいな。』


そんな会話を挟んだ後、

急に周囲の視界が変わった。


そこは、近未来的な建物の中であり、

多くの計器やよくわからない球体の回る

オブジェなどが所狭しと並んでいた。


『では、ここで一旦場面を転換して、

 インフォメーションセンターにいる

 ジェームズへと移ろう。』


そうだ、一応プレイヤーが三人いる以上、

分かれて行動するなら当然手番が発生する。


私は、もう一人のキャラクター、

ジェームズの視点を魔法で空中に映し出した。


ジェームズはインフォメーションセンターを捜索し、

先の二人が見つけたものとほぼ同じ、

ジュラシックランドの冊子を見つけ、

その内容から自分がここに来るまでの記憶を取り戻した。


ただ、その時の恐怖判定に失敗し、

ショックで幻聴が聞こえるようになり、

頭部のクジャクと会話するイベントが発生した。


『ビクトリア、僕たちやっぱり

 あの二人に置いていかれたんじゃないのかなあ。』


『そんなことないワ!

 きっとあなたにここを任せられるだけの

 器量があると見込んでいたのヨ。

 それに応えてあげなくっちゃ。』


『そうだね、そうだよね。』


これは、すべて一人のゲーム部員、

雄二の、ひいては彼の操作するキャラクター

ジェームズの悲しい独り言である。


だが、ジェームズはその後、

地下にある数人の噛み殺されたような人間の死体と

瀕死状態のくそイルカの入った宇宙人の死体を見つけ、

今度は恐怖判定に成功しながらもかろうじて息のある

宇宙人に応急処置を施すと、そこから一つの証言を聞き出した。


『くそ、あのピー(聞き取れない、多分罵倒語)。

 我々を裏切ったな。遺伝子操作の恐竜を操作して、

 未来エリアに肉体があるが自分一人では戻せまい。

 肉体と脳を分離して別の場所に移したからな、

 …いい気味だ。』


そうして、気絶した宇宙人。


ジェームズはそいつをほっといて中を捜索し、

本棚から古生物学者の『地底神話探検』と書かれた著作の本と、

最終ページに挟まった老人と一人の少女の写真を

見つけることに成功した。


『…うーん、インフォメーションセンターに

 何もないってことはさあ。未来エリアにあるのかな?

 脱出のヒントみたいなものが。』


『というかさ、脳ってどこにあるわけ?

 まあ、くそイルカはまだ意識があるようだから、

 装置を動かす要員として未来エリアまで

 ふんじばって行けばいいけど、

 脳を先に見つけないと意味ないんじゃない?』


悩む一行の声と、

フッフッフッと不敵に笑う部長の声。


議論は長引き、

時間は刻一刻と経っていく。


これは長丁場になりそうだなあと、

視点映像を見ながらそう思った時、

私はふと画面が揺れていることに気がついた。


ん?


みれば、画面向こうの

インフォメーションセンターの

建物全体が大きく揺れている。


地震?この場面で?


その瞬間、画面向こうの壁が大きく崩れ、

巨大なドラゴンが姿を現した。


『もう我慢がならん!!

 俺はいつまでここにいればいいんだ!

 封印なんぞどうでも良い!

 とっとと姫をさらう、否、殺す!

 あの男の言うことなど聞いてはおられんわ!』


なんということ。


それは、赤のドラゴンの姿で間違いなかった。


とうとうゲームの中で自分がハブられすぎて

辛抱たまらず進行を無視して暴走してしまったのだ。


みれば、ドラゴンが勝手に動き出したために

物語の世界にも亀裂が入り始め、

近未来的な建物のあちこちが崩れ始めている。


『え、なんだよ。なにこのドラゴン、

 なんで、俺のイメージにはこの場面には

 いないはずなのに?』


上から聞こえる部長の困惑する声。


まずい。

物語の世界は人の想像力に直結している。


このままドラゴンが勝手な行動をし続ければ、

今、ゲームをしている部員全員の想像力、

ひいては脳に影響が出てしまう。


私はとっさに魔力を画面向こうに飛ばそうとしたが、

それよりも先にドラゴンのブレスが火を吹き、

目の前にいたジェームズの体を焼き尽くした。


焼き鳥になるジェームズ、

だがそれを動かす雄二もただでは済まない。


『ぎゃあ!』


『雄二!雄二、どうしたんだよ!

 おい、雄二が倒れた。白目になってる。

 誰か…保健室に…。』


弱々しくなっていく部長の声とともに

椅子の倒れる音があちこちで響く。


だが、ドラゴンはそんなことには意に介さず、

そのまま何かを嗅ぎ出すように鼻をひくつかせると、

一気に隣の壁へと駆け込んだ。


『そこかああ!姫ええ!』


その瞬間、私たちのいる近代的建築物の

壁が爆発し、大きく崩れた


そこにいたのは赤のドラゴン。


巨大な目玉を爛々と光らせ、目の前の十二単、

ひいては本物のユグドラシルの姫の元へと

大口を開けて駆け込んでくる。


『グルオアアアア!』


ドラゴンの理性は完全に飛んでいた。


物語が崩れていく以上、

自我を保つのも難しくなっている。


私の魔力も枯渇寸前だが、

必死にドラゴンへと魔力を向けようとする。


…だが、ドラゴンが今まさに

姫の頭部を口ちぎろうとした瞬間、

その首がちぎれ飛んだ。


いや、切れた。


ツノも、舌も、目玉の片方も

潰されたドラゴンの頭部。


それは瞬時に行われた剣さばき。


それは、いつしかドラゴンの背後に近寄っていた

ボロボロに焦げた鳥人間、ジェームズの姿。


動かしていた人間はすでに失神状態にあるにも関わらず、

鳥人間はエリアを超えてこの場所まで来ていたのだ。


そして、外装が剥がれ落ち、

中から現れたのは見目麗しい銀髪の騎士だった。


「多重世界ユグドラシル。

 王室直属近衛騎士団。副隊長、ローグ。

 姫の命を狙った罪で貴様を処罰する。」


チンッと刀が鞘におさまると、

ドラゴンの残骸がぼたぼたと地面に落ちていく。


そして、ローグは姫様の前まで行くと、

膝をつき、こうべを垂れた。


「姫様、申し訳ありません。

 姫様の命が危ういと判断し、

 このようなで過ぎた真似を…」


しかし、姫はそれに怒るでもなく、

ローグに対し、微笑んで見せた。


「いいえ、正しい判断でした。

 騎士団はいついかなる時にも王族を守り、

 危機に瀕した時には剣を振るう。

 間違ってはおりませんよ。」


「ありがたき幸せ…」


そこで私は思い出す。


そうだ、王族には常に

王室直属の騎士団が一人付いていた。


彼らは世界を移動する王族とともに移動をし、

身辺に危険が生じた時にのみ行動する。


ゆえに普段は公務の妨げにならないように

身を隠し、有事の際にだけ動くのだ。


それにしても

ここまで気配を感じさせないとは正直恐れ入った。


…普段、どんな訓練をしているんだろう。


ローグは目の前に転がる、

口を開閉するドラゴンの姿を見て、

姫に目配せする。


「まだ、息があるようですね。

 この者の処分はどう致しましょう。

 姫に仇なしたことは変わりありませんが…」


それに対し、姫は首を振って答えた。


「いいえ、このドラゴンは

 私と王室付魔法使いのスズランが

 責任を持って封印いたします。

 本当にありがとう、ローグ。」


その言葉を聞いて、

ローグは何かを迷っているような、

それでも姫の言葉に感銘を受けたような顔をし、

一礼すると瞬時にその姿を消した。


私は、姫様に言われた通り、

半ば残骸となりかけたドラゴンの元へと行くと、

封印するために魔法を使う。


するとドラゴンの口が開き、

かろうじて言葉が聞き取れた。


「く…が、…ったな、わしゃしに、…を守れとひいながら…

 …を…し、やがって。」


舌が切られているために、

ドラゴンは上手く発音できず、

その言葉は途切れ途切れだ。


だが、封印の直前に

この言葉だけは聞き取れた。


「遺跡のエリアに行け、

 お前たちの欲しいものはそこにある。

 …最後にドラゴンらしくあれて、満足だった。」


そして、赤のドラゴンは

私の行った封印魔法によって

小さなルビーへと姿を変えた。


「…遺跡エリアですか、

 物語は破綻してしまいましたが、

 ドラゴンが何らかの目的を持っていた以上、

 何か意味があるのかもしれません。

 行ってみましょう。」


姫様の言葉に私はうなずくも、

その時、小さな恐竜ロボットが未来エリアの

奥の部屋に進んでいくのが見えた。


みれば、扉の向こうには

水槽が並んでいるのが見えていた。


「…スズラン、あれは物語の残滓です。

 私たちがどうこうできるものではないのです。

 それよりも先にドラゴンの残したものを

 見に行かなくては。」


姫様の言葉に私はうなずくと移動呪文を唱え、

ドラゴンの魔力の強く残っているエリアへと移動する。


その時、私は見た気がした。


小さなロボットが一つの水槽を

どこか悲しげにじっと見つめているのを。


その中に、どこか見覚えのある

少女にも似た小柄な影があることを。

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