赤のドラゴン
「ドラゴンは王道を行くのがお好き」
『あなたがたが目をさますと、そこは小さな小屋の中でした。
窓の外には巨大な山が見え眼下に森が広がっていることから、
ここが小高い丘の上に建てられたものであることがわかるでしょう。
そして、あなたがたはお互い誰だかわかりません。
…では、探索を始めてください。』
狭い部屋の中で一人の青年が
机の上に紙を広げて話をする。
部屋の壁には本棚が置かれていて、
ゲームの攻略本やボードゲーム、
将棋やチェス盤などが乱雑に詰め込まれていた。
卓上の紙には先ほどの話の部屋と思しき
室内の簡単な間取りが書かれており、
数枚の紙とサイコロがお菓子とともに置かれている。
青年の他に椅子に
腰掛けているのは三人の男女。
それぞれ同じ学校の制服を着て、
青年の話を聞いている。
彼らの手にも同じように紙とサイコロが握られており、
机の上にはテープレコーダーが『録音中』を表示していた。
紙を一瞥すると、
別の青年が口を開けた。
「部長の話だと、お互いがわからないんだよな。
だとしたら…『自己紹介から行こうぜ。
俺はワーグナー斎藤。26歳だ。
ドイツ人の母親と日本人の父親を持つ
骨董商の倅だが、あまり商売には興味はない。
…っていうか、なんでここにいるかもわからない。』」
もちろん、青年の名前はワーグナーでも斎藤でもない。
名札には『3年似鳥』と描かれているが、
青年は訂正するでもなく話を続ける。
『そっちの二人はどうだ?
何か知っているか…』
と、隣の紙を見た途端に似鳥青年は吹き出す。
「ちょ、ちょっと雄二。
なんだよ、そのキャラクターシートの似顔絵。
全身タイツの人間でクジャクかぶっているんだよ。」
すると雄二と呼ばれた青年は
落ち着いた様子でこう言った。
「いや、部長が許可したんだよ。
これでも容姿は一番高いんだぜ。」
「え、マジかよ。げ、最大値じゃん。
こんな顔して美形なのかよ!」
『名前はジェームズ・岡野。
職業は整体師だ。この頭部のクジャクは
幼少の頃からの親友ビクトリアでね、
私の心を癒してくれる大切なパートナーだ。』
「しかも精神力が低すぎる。
頭はいいけどすぐにパニクるぞ、こいつ。」
似鳥青年は驚愕し、
雄二青年は落ち着いた様子で
最後の女性部員のキャラクターシート見る。
『で、君は誰だい、
見た覚えのない顔だが。』
すると『1年佐山』と書かれた女子高生は
キャラ紙を指差してこう言った。
『妾に触るでないぞよ、
妾はササニシキ王国の王女、
その似顔絵欄に書かれていたのは、
百人一首に描かれているような十二単を着た女性。
それを見た瞬間、
似鳥青年は腹を抑える。
「え、ちょ、なんで。こいつ容姿が6以下じゃん。
足も遅すぎるし、そのくせ筋力と体力は最強だし、
武術としてカポエラ持っているし、
なにこれ。十二単で鍛えてるの、本当に姫?」
すると部長と呼ばれた青年が
補足を付け加える。
「いや、設定では自分を姫だと
思い込んでいる資産家の娘だから。
武術は護身用に教わったものだそうだ。」
それに対し佐山はドヤァという顔をしながら言った。
『貴族は自ら手をくださぬ、
妾の足が勝手に動くからいかんのじゃ。』
「何のこっちゃ。」
早くも展開についていけない感じの
似鳥青年…いや、その中にいる私は
この状況に半ば戸惑っていた。
私たちは赤のドラゴンを追っていたはずである。
それなのに、どうしてこんな狭い
ゲーム部とホワイトボードに書かれた部室の中で
彼らの遊びに付き合わねばならないのだろうか。
すると、その気持ちを汲んでか、
キャラクターシートの中から八姫のイラストもとい、
本物の姫様の声がイラストから聞こえた。
「赤のドラゴンは別名『王道のドラゴン』と言います。
自分にふさわしい物語の中に入り込み、
ドラゴンらしいドラゴンとして振舞おうとするのです。
そして、一旦自信をつけてしまうと実体化し、
多重世界の至る所で街を壊すなど猛威を奮うのです。」
つまり、その前に叩くしかないということか。
「ええ、しかし物語の内側に干渉するためには
少し見えやすい位置にいた方が良いかもしれません。
…スズラン、私の言いたいことはわかりますね?」
私はそれにうなずくと、
魔法を使ってゲームの中へと入り込む。
多重世界のもう一面、物語の世界。
シナリオというレールを可視化した世界。
そこは、やはりというか狭い小屋の中であり、
隣には全身タイツのどう見ても変なクジャク男と、
十二単を着てぽっちゃりとした姫様の姿があった。
正直頭を抱えたいが、
なぜか今の自分の姿は骨董商と言いながらも
ムチと単発銃を構えたおっさんだったので呆然とする。
『っていうかさ、似鳥のキャラクターもおかしいじゃん。
こんなの往来歩いていたら絶対捕まるって。』
『えー、でも部長はこれでいいって言ったし。』
上空から聞こえてくるのは先ほどの部員たちの声であり、
彼らがいかにいい加減にゲームをしているのかよくわかる。
その時、部長の声が上から響いた。
『そうして、探索者たちが自己紹介を終えた頃だろう。
突然、部屋全体に衝撃が走り天井に大穴が開いた。』
部長の声は事実となり、
部屋は大きく揺れて私たちはあわあわとし、
天井に大穴が開き、ガレキの山が襲いかかる。
『なんだろうと上を見上げる一向、
その時彼らは見たのだ。』
そう、私たちは見た。
穴の向こうから覗く巨大な目玉。
トカゲ特有の黄色い目玉。
その周りを無数の赤い鱗が覆っており…
「さて、姫はどいつかな?」
赤のドラゴンはそう言うと、
その巨大な鉤爪を私たちの方へと伸ばしてきた。
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