箸休め:帝都の異変

「静かな大学と名刺」

帝都に戻ると、

私は多重世界から持ち帰った名刺を手に持ち、

アジサイの研究室へと向かうことにした。


『魔法少女スタッドレス』の大ファンの彼女のことだ。


きっとその作者である

チーズマヨマヨ先生に直接会ったという話をしたら、

よだれを垂らして聞き入るにちがいない。


知的美人である自分のいとこの

阿呆面は見たくはないのだが、

もらったものは仕方がない。


警備のいない大学の門をすり抜け、

構内の廊下を歩く。


一応、関係者であることを証明する魔法はかけているので

問題はないだろうが、警備の魔法使いがいないのは珍しい。


アジサイの話ではどうやらドラゴンを

放逐した人間を調査していた教授陣が行方不明に

なっているという怪しげな話もあるようだが…


…特に生徒たちは気にするでもなく廊下を歩き、

教室を覗いても授業は変わらず行われている。


私は塔の上にあるアジサイの研究室へと向かうと

部屋をノックした。


「アジサイいる?私、スズランだけど。

 面白いもの持ってきたから開けてー。」


…だが、扉の向こうの返事がない。


扉に耳を当てても、

ウンともスンとも音がしない。


「アジサーイ、開けるわよー。」


扉に鍵はかかっていないので、

私は警戒することもなく扉を開ける。


そして、気づいた。


アジサイの机の上でカラカラと動くもの。

地球儀と天秤となぜか複数本の生バナナが

適当な感じに周囲に刺さったシュールな装置。


理論では多重世界へと行ける

はずの装置が動いていて…


「アジサイ!」


私は、とっさに部屋に飛び込むと

装置から魔力を探る。


なんてこと。

アジサイは勝手に多重世界を移動したのだ。


なんのために?そりゃファンなんだから、

当然ながら本物のチーズマヨマヨ先生に会うためであって…


と、そこまで考えたところで私は気づく。


魔力をたどるとアジサイは一度多重世界へと飛んだ後、

もう一度この世界に戻っているらしい。


しかも、今現在、

私のすぐ近くにいるようだ。


だったらなぜ見えない?

多重世界に移動した変動で自分の体質が変化したのか?


…いや、違う。


私はある恐ろしい事実に気がつき、

自分の手に持った名刺を見つめる。


チーズマヨマヨの名前が入った

一枚の名刺。


…そうだ、なぜ気づかなかったのだ?


私が魔法を使う時には細心の注意を払う。


私や姫様が魔法を使ったと悟られないように

細心の気配消しの呪文を使う。


しかし、あの男は看破した。


チーズマヨマヨと名乗った眼鏡の男は呪文を看破し、

正確に私たちが魔法を使った気づき、名刺を渡した。


記憶を消される前、

彼は確かに気づいていた。


私たちが白のドラゴンを封印したという事実に。


それは、なぜか。


私は名刺を引き出し、

その裏に書かれた文字に気づく。


それは、魔術文字。


この場に来ることで発動する文字。

そこには、こう書かれていた。


『お嬢さん、

 ドラゴンを世に放ったのは、この私だ。』


私は気づく。

これは仕組まれたことなのだと。


名刺の魔力を探り、

私はさらに恐ろしい事実に気づく。


この名刺、

なんの変哲も無い一枚の名刺。


だが、これは人間だった。


多重世界に移動したために

固定されてしまった人間。


それは私の身内であり、いとこである、

アジサイで間違いなかった。


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