「ギリギリの選択は鍋の上で」

「…彼女の歌ったキャラクターソングは有名になり、

 半年もせずに人気アイドル声優の一員となるでしょう。

 また、ラジオ番組で出演したことがきっかけで、

 タレントとしても芽が出てバラエティに出演するなど、

 息の長い満足できる芸能生活も送れることになるでしょうね。」


姫様はそう言うとゾリゾリと皮を剥かれ、

さいの目に切られたジャガイモ姿で鍋に投入される。


「…スズラン、彼女の運命を変えましたね。

 白のドラゴンの力を使って。」


私はといえば、姫様の言葉には答えず、

すでに鍋の中で煮られた牛肉として

へらでぐるぐるとかき回されている。


幸い、多重世界にいる以上、

痛覚は全くないのだが、あまり良い気分はしない。


「白のドラゴンが魔法を使えば使うほど、

 こちらの世界には魔力だまりが発生し、

 多重世界の魔力のバランスが崩れるおそれがありました。

 それを防ぐために魔力を別の用途に使う。

 あの状況ではベストな判断だったと言えます。」


カレーの中で煮とけながらも、

凛とした口調を崩すことのない姫様。


そう、魔法少女として働かされていたOLの運命に関しても、

私は別に変えたくて変えたわけではなかった。


ドラゴンの及ぼす魔力の影響がわかったからこそ、

ひと一人分の生涯の運命を左右できるほどの

因果律を覆す魔力があったからこそ、

私たちはそれを野放しにするわけにはいかなかったのだ。


「スズラン、あなたはわかっていたのでしょう?

 あのOLが自身の将来を夢見れば夢見るほど、

 それとは真逆の辛く苦しい道筋をたどる運命にあることを。」


私は、黙っていることにした。


本来、物事を強く願えば

望みは叶いやすい。


諦めず、努力を怠らず、

情報を集め続け、継続を続ければ、

運命も次第に望む方へと傾くものだ。


だが、稀に世の中には

その傾きが逆になる人間もいる。


望めが望むほど、夢が大きければ大きいほど、

その目標とは程遠い人生を歩む。


引き寄せの真逆。

願いへの反発。


そう、彼女の運命は

望む方向とは逆方向へと傾いていたのだ。


「目標に届く距離はどんどん離れていき、

 傷つき、捻じ曲げられ、歪み切った人生。

 悲しみに沈みながらも、ただ生きるため、

 日々を暮らすためで精一杯になってしまう人生。

 …白のドラゴンはそういう人間に取り憑くのです。」


姫様からは聞いていた。


白のドラゴンがそんな人間を利用し、

寿命を削らせて使役させることを。


ゆえに、魔法少女たちは短命であり、

現在のところ白のドラゴンに関わった結果、

無事に願いを叶えられたものはいなかったのだ。


「実に、危ないところでした。

 おそらく私たちが介入していなければ、

 あと数日で彼女の命も無くなっていたことでしょう。

 膨大な魔力の消費により均衡が崩れ、

 こちらの世界も危うくなるところ。

 …まさに、ギリギリの中での見事な判断でした。」


その時、鍋の上から何かが落ちてきた。


それは、

砕かれた数個のカレールー。


鍋に落ちると同時にそれらはへらで混ぜ込まれ、

カレーはまったりとした味へと変化していく。


「この封印の儀式のプロセスもギリギリ。

 ここで、もしビーフシチューの素が入れられていた場合、

 封印は失敗。ドラゴンには逃げられていたことでしょう。

 …白のドラゴンの封印には繊細さが必要なのです。」


私はそれを聞いて驚く。


なるほど、儀式に失敗するパターンもあるのか。

しかし、運にばかり左右される儀式も困りものである。


「それほど現在の多重世界の均衡が危うくなっているのです。

 残りのドラゴンは3体ですが、1体でも残っていれば

 世界の破滅が訪れる可能性は高いのです。

 スズラン、これからも注意してかかりましょう。」


そうして、姫様は緩やかに

最後のジャガイモのかけらとして

カレーの中に消えていく。


「…ところで、ドラゴンを仮封印した後で

 近くにいた男性から小さな紙を受け取りましたが、

 あれは名刺ですか?その名刺を見た後で

 あなたは魔法少女だった女性の益になるように

 件の男性を運命変更の際のキーマンにしたようですが。

 …彼とは何かの縁が?」


姫様の言葉に、

私は苦笑しながら答える。


「…まあ、身内間の話ですが、

 いとこが彼の作品の隠れファンでして、

 関連グッズを持っていくと喜ぶんですよ。

 それだけのことです。」


私は話を切り上げると転移の魔法を使い、

早々にその場から離れることにした…

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