箸休め:帝都物語③

「祭りの屋台と裏情報」

「…どうも、王室の中で動きがあるみたい。

 7匹のドラゴンがどうして逃げ出したのか、

 原因究明の調査が始まっているみたいよ。」


アジサイはそう言うと、

魔法大学の窓から外を見つめる。


帝都の街に祭りの屋台が並んでいた。


祭りは季節が変わるごとに行われ、

帝都の街はその都度華やかに飾り付けられる。


「ミスコンに参加するお嬢さんはいませんかー。

 大賞をとると王室御用達の雑誌専属モデルに

 なれる特典付きー!」


「今ならアリーナ席で格闘魔法の王者決定戦が見られるよ。

 チケットは売り切れ寸前、早くしないと無くなっちゃうよ。」


「この時期しか食べられない、

 星くずの水菓子はいかが〜、冷たくて美味しいよ。」


魔法大学の前まで陣取った

ダフ屋や売り子の声は上階まで響きわたり、

それを聞いたアジサイはため息をついて本を閉じる。


「まあ、今のところ進展はないようだけど、

 ドラゴンが封じられていたという各所に

 魔法の痕跡が残っていたことから、

 誰かが故意に行ったものと見ているわ。」


私はアジサイの部屋の机に移動魔法で持ってきた

屋台の串焼きやパンや菓子の山を貪りながら

「そう?」と答える。


するとアジサイは「本当にこの子はもう。」

という顔をし、本を書架に収めた。


「…実はね、調査のために何人かの

 魔法大学の教授も同行したらしいのだけれど、

 そのほとんどが行方不明になっているのよ。

 何人かの王族とともにね。」


私はそれを聞いて、

食べかけていたパンの一つを口から離す。


「…無論、公にはなっていないわ。

 むしろ隠されているのが現状。

 スズランも感知できるはずよ。

 この大学構内に何度か記憶補正の

 魔法がかけられているから。」


確かに、周囲を魔法で見渡すと、

巧妙に隠されながらも

かすかに魔法の痕跡が認められた。

 

大幅に使われているのは大学の事務であり、

記憶くらましの魔法が強くかかっているせいで、

職員が数人消えたとしてもわからなくなっているようだ。


「普段なら祭りのたびに売り子を追い出す

 マダム・テールの姿がないからおかしいと思ってね、

 あの人、事務方にして基本的に騒々しいのが嫌いだから、

 売り子が入って来ればほうきを持って走っていくのに、

 それがないから少し調べたらわかったわけ。」


さすがアジサイ。


小さな変化から異変を察知するとは。

だが、それに気づいた私たちの身も危ないのでは?


そのことを察したのか、

アジサイは手近にあったレタスサンドをつかみ、

私に微笑みかける。


「大丈夫。スズランはスズランの仕事をしなさい。

 魔力はあなたが上でも、私はあなたより年上なんだから。

 これくらいのこと問題なく対処できるわ。」


フラグのようにしか聞こえないが、

ここはうなずいておいたほうがいい気がして、

私は素直に首を縦にふる。


「それに、いざとなったら、

 このローブの懐に隠した『魔法少女スタッドレス』の

 最新DVDセットが私の命を守ってくれるはずよ。」


そう言って、今しがた渡した10センチほどの厚みがある

DVDセットをアジサイは懐から出して見せる。


「これがあれば、

 物理攻撃には十分耐えられるわ。」


物理じゃなければ何の意味もないじゃん。


早速、相手の魔法でボケちまったのかと考えるも、

そうとも言いきれないのがアジサイなので、

私は特に何も言うことなくパンをぱくつく。


そうして部屋の片隅を見ると、

私が数時間前に壊したはずの

世界を移動できる空間移動装置の姿があった。


「調整中」との貼り紙がしてある限り、

まだ使うことはできないようだったが、

それを見て気づく。


…そういえば、この道具の部品を

アジサイはどこで手に入れたのだろう。


空間を移動するためには、

ある程度座標がわかっていなければ意味がない。


迂闊にランダムな位置に設定すれば、

石の中や溶岩の中に落ちてしまっても

文句は言えない状態になるからだ。


ゆえに、私や王室関係者は世界を移動する時には、

まず飛ぶ場所の位置を定めるため、

先駆者から多重世界から持ち込まれたアイテム、

石とか道具とかを持ってくる必要がある。


私の場合、自分の先代であるクソ爺の持ち物として

爺の大事に保管していた『河童のミイラ』なる

でかくて怪しい木箱に入れられた剥製を使ったのだが、

装置の中に入っていたのは私の見知らぬ陶器の破片であり、

渡した記憶もないことから、アジサイが何らかのルートを

使ってこれを入手したのは明らかだった。


「…ああ、これ?騎士団のフィリップからもらったんだけど、

 死んだ叔父の家に代々伝わっていた破片のひとつなんだって。

 分析したら、多重世界から持ち込まれたものでね。

 壊れる前は大きな狸の形をした陶器だったらしいわ。」


アジサイはあっけらかんとそう言って、

机の上に置いてあった

レーズンカスタードパンを手にとる。


「…あ、言っておくけど装置にはもう触らないでね。

 このあいだ、壊れた時にあなたの魔力の痕跡があったから。

 迂闊に触ってダメにされたらこっちもたまったもんじゃないのよ。

 大学から資金は出してもらっているけど、高級品なんだからね。」


そう言いつつも、

それ以上、怒った様子もなく屋台で買った

オレンジジュースを飲み始めるアジサイ。


私はそれを聞くとペロリと舌を出し、

今後の不安もさることながら、

さっさとアジサイの研究室から立ちのくことを決めた。

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