「封印は押し問答の果てに」

一杯の紅茶がマグカップに注がれている。


表面張力ぱつんぱつんの

今にもこぼれそうな液体。


「…こぼれるだろ。」


「いいや、こぼれないね。」


若い大学生二人が自室に押しこもり、

カップに注がれた紅茶を見つめる。


「いや、絶対こぼれるって。

 マジ、口つけて飲んだほうがいいって…ふっ」


「ちょ、笑ってんじゃねえよ。

 んなことしたら余計に飲む時にこぼれるだろ。

 くっ…ふふふ。」


お互いちゃぶ台で正座をしながら、

小学生のように互いの肩を震わせる大学生。


「いやいやいや…

 じゃあ直接カップに口つければいいじゃん。」


茶髪の青年が耐えられずに

向かいの友人に助言する。


「やだね、絶対これで飲めるもん。

 嘘じゃねえもん。」


「いや、無理。無理だって…」


二人とも必死に笑いを堪えようとするが、

どうも上手くいかない。


笑いを我慢しようとして、

余計に笑いを堪える無限ループ。


紅茶に手を伸ばそうとする黒髪の青年も

何度も出す手を引っ込める。


「だから、笑わせんなよ。

 お前ちょっと、ここから目を離せ。

 俺がこの紅茶飲みたいんだから。」


「…わかったよ。

 こうやって手で顔を覆えばいいだろ。」


そう言って、茶髪が両手で顔を覆うが、

その指の隙間から目が見えている。


「ちょっ、目が出てる。

 怖い映画見るときの女子かよ。」


「いや、これなら見てねえし、

 大丈夫だし。問題ないから飲めよ。」


「飲めねえよ。」


そんな押し問答の末、

茶髪が後ろを向く。


「よし、これなら大丈夫だろう。

 安心して飲め。」


「よし、飲むぞ。」


そう言って肩を震わせる茶髪を必死に見ないようにしながら、

黒髪はおもむろにマグカップの取っ手をつかみ、

口からお出迎えの要領で机の上のカップを直飲みする。


その瞬間、茶髪が間髪入れずに声をかける。


「あー、お前。結局直飲みしただろう!

 ズルしたなー。」


途端に黒髪は必死に弁解する。


「ちょ、違う。違うって。

 ちゃんとマグカップ持ってたもん。

 直飲みじゃあないもん。」


「いーや、俺は見ていたね。

 お前は直飲みしていた。」


「違うってー」


女子のようにキャアキャア叫ぶ男子二人に対し、


「これで、封印の儀は済みました。

 黒のドラゴンは無事に封じられましたわ。」


彼らの部屋の本棚の上、

そこに載っていたデジタル時計姿の姫様は

静かに声を上げた。


同じ本棚の中の漫画本である私は、

その様子を見つめた後、念のため確認する。


「えーっと、ドラゴンは

 どの時点で封印されたんですか?」


時を刻みつつ姫様はこうのたまう。


「紅茶によってできた表面張力が

 固定されたドラゴンの姿でした。

 あの青年によってその均衡が崩されるまでが

 封印のプロセスだったのです。」


目の前の青年たちは、

未だにキャイキャイ騒いでいる。


彼らはまさか自分たちのしたことが、

封印の儀であることはつゆとも知らないのだろう。


…全く、多重世界というものは

奥が深いものだと私は改めて感じた。

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