黒のドラゴン
「パソコン欲しさにケチャップするか?」
「Catch up」 通称:ケチャップ
追いかけっこの洒落た俗称なのだが、
まさかこの世界でそんなことするとは
思ってもみなかった。
「スズラン。黒のドラゴンは
通称『悪循環のドラゴン』と呼ばれています。
人から生まれる負の感情を肥大化し、周囲に伝播させ、
やがて巨大な暴力へと変える恐ろしいドラゴンです。」
姫様の話では、ドラゴンの能力は強力なれど、
当のドラゴンが怠け者な上に暴動に到達するまでは
段階を踏まなければならないらしく、
早いうちに叩けば封印は容易だということだった。
「ただ、人の感情に紛れ込んでいる以上、
迂闊に刺激すれば火に油を注ぎかねないのもまた事実。
先読みをして慎重に行動していきましょう。」
黒服の男の姿をした姫様は、
車のフロントガラスから外に見える
パソコンショップをあごでしゃくる。
「みてください、あの列の最後尾から
16番目に見える男性を。」
そこには、最新式のパソコンを買おうとする
購買意欲の塊となった人々の行列に混じる、
疲れきった表情の冴えないポロシャツ姿の男がいた。
「私の予知では、彼のひとつ前で
パソコンの最新機種が売り切れます。」
頭に毛糸の帽子を乗せた男姿の姫様は
地図と目の前の状況をチラチラと
確認しながら、言葉を続ける。
「おそらく、それを告げられた瞬間、
彼から非常に高い憎悪の感情が生まれ、
後ろの客にもそれは伝播します。
それはやがて大きなうねりとなり、
暴動レベルになるのは時間の問題でしょう。
…それと、スズラン。」
その瞬間、助手席に座る黒服姿の私は、
姫様の言いたいことになんとなく気づく。
「…申し訳ありません、ひとつ言い忘れていました。
黒のドラゴンにはもう一つ特性があります。
それは『悪運』。無意識のうちに敵だと認識した
相手を不利益な状況に追い込むのです、つまり…」
次の瞬間、姫様は…いや、姫様が中にいる男性は、
頭にかぶっていた目出し帽をかぶり直し、
「行くぜ、相棒!」
そう一声叫ぶと、
一気に車のアクセルを踏んだ。
私が中にいる男性も慌てて目出し帽をかぶり直し、
車内に積んでいたプラスチック製の拳銃を取り出す。
「へへ、3Dプリンターはマジ便利だぜ、
分解しちまえば、おまわりにもバレねえしな。
ほら、最新機種は目の前だぜ!」
そう、今気がついた。
私と姫様はよりにもよって、
パソコンの最新機種を狙う強盗として
世界移動をしていたのだ。
颯爽とドアガラスをぶち破り、
プラスチックの拳銃を掲げ、
大量の最新パソコンを強奪する私たち。
ちらりと横目で見る限り、
16番目の男はこの事態に呆然とし、
ドラゴンは中から立ち去ったようだが、
こちらはそうはいかない。
何しろ、すでにパトカーが出動し、
警察に追われる身。
とっさに移動しようにも、
ドラゴンの気配はまだ周囲にあり、
ここから逃れるわけにもいかない。
絶体絶命のピンチ。
…というか、私は言いたい。
パソコン欲しさにケチャップするか、普通?
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