箸休め:帝都物語②

「魔法大学教授アジサイのお願い」

「スズラン、久しぶりね。

 忙しくなければ講義に出てもらいたいところだけれど、

 今の状況を見ると、そうも言っていられないでしょう?」


三角帽に長めの紺のローブ姿の20代の女性は、

石造りの窓枠を眺めてから、こちらを向く。


部屋の中には多重世界の構成理論を示す方程式や、

集められた多重世界のアイテムや術式のスクロールが

机の上でごっちゃになっており、なかなか面白い様子だ。


彼女の名前はアジサイ。


私の6歳年上のいとこでありながら、

多重世界研究者としていくつもの論文を発表し、

入学から数年経たずに魔法大学の教授にまで

上り詰めた若き天才。


彼女はいとこ同士ということもさることながら、

私が王室付魔法使いということもあり、

たびたび講師として私を招くと

多重世界の構造や世界の飛び方などを

若い魔術師たちに講義させてくれる。


というか、私の移動魔法は基本的に感覚に頼っていることが多く、

魔法理論について説明しようと思えばできないこともないが、

正直面倒臭いので講師として呼ばれる傍ら、詳しい解説役を

アジサイに丸投げしているのが現状だったりする。


「でも、旅先の話にはみんなが興味を持ってくれるし、

 今回の旅でもずいぶん面白い思いしたんじゃない?」


アジサイは多重世界へ飛ぶことを

「旅」と表現する。


なかなかしっくり来る言葉だし、

私もたまに好んで使ったりもしている。


だが、今回の「旅」が面白いかと言われれば…

うーん、難しいところである。


そんなことを考えつつも、

私はカバンの中から一冊の紙袋を取り出すと、

アジサイに渡す。


「ほい、これ今回の分。」


途端に、アジサイは目を輝かせ、

袋を開けて中のビニールに包まれた本を

ガサガサと取り出す。


…実は、ここだけの話だが、

世界を移動する時には暗黙のルールとして

たった一つだけなら向こう側の世界の

アイテムを持ってきて良いことになっている。


もちろん、その中にも制約はあり、

基本、飲食物や生物に該当するものはNG、

他にも生態系を乱さない、

外部への流出を避ける、などの過程を経て、

あくまで学術的に多重世界の文化面を

見られるものならOKとなっている。


その結果、何が持ち込まれるかといえば…


「ウキョキョキョキョ!

 『魔法少女スタッドレス』の最新刊ゲットー!

 これ欲しかったのよー!」


黙っていれば、メガネをかけた知的美人のアジサイは

年甲斐もなく10巻と書かれた漫画の単行本を

大喜びで掲げながら部屋中をぴょんぴょん跳ね回る。


「あ、ヤバ。帯に『祝・アニメ2期決定』って書いてある。

 併せて1期分の限定フィギュア付きDVDセット販売中?

 スズラン。悪いんだけど見つけたら買っといて。

 フィギュア欲しいのよぉ。お金は後で渡すから。」


そう言って、

こちらにすり寄ってくるアジサイ。


…まったく、戯れに向こうの世界で手に入れた

単行本一冊がこんな結果になるとは思わなかった。


以来、彼女は『魔法少女スタッドレス』にどハマりし、

漫画はおろか、DVD、小説版や関連グッズにまで

手を出す始末。


「ああ、やっぱり前巻に出ていた浅黒い肌のイケメンは

 古代エジプトのピラミッド建築家で轢死体れきしたいになった後に

 頭脳役として蘇った敵幹部だったのね、

 ぐ…今まで本気の実力を見せていなかっただけに、

 どれほど策略家として活躍してくれるのかしら。

 ワクワクするわ。」


そう言いつつ、椅子の上で正座しながら

ドギマギと本をめくるアジサイ。


「ヤバイ、チーズマヨマヨ先生の最新刊、

 マジでヤバイ。」


叫ぶアジサイ、

今、魔法大学教授の語彙力がヤバイ。


そういえば、緑のドラゴンの時にも

青年たちがこの魔法少女のコスプレをしていたし、

案外メジャーな作品なのかもしれない。


『魔法少女スタッドレス』


女子中学生のヒカレ・アサミが

転校初日に10tトラックに轢かれ瀕死の状態になった時、

バージェス頁岩けつがんから出てきた妖精のアノマロカリスによって

魔法少女として轢死の恨みを持った歴史の悪霊たちを

仲間の魔法少女と共に腕につけたタイヤ型のブレスレットや

ワイパー型の魔法の杖で撃退し、浄化していく壮大な物語。


「『歴史の重みは轢死れきしにあり!』

 これ名言じゃない?」


コミックを読み終わり、

キラキラした顔で私に同意を求めるアジサイ。


ノーマルな私は、

その言葉についていけずに首を振る。


「あーあ、私にも世界を移動できる技術があればな。

 っていうか、移動装置も試作品がもうすぐ出来そうだし、

 早くチーズマヨマヨ先生に会いたいなあ…。」


そう言いつつ、机の上に置かれていた

怪しげな装置の一部をいじくりまわす

アジサイ先生。


やめてくれ。


そんな理由で実現したら、

世界のバランスが壊れるに決まっている。


多重世界は意外にデリケートなのだ。


そんな移動装置で多人数が移動しようもんなら、

何が起こるか分からない。


っていうか、実はここだけの話だが、

この漫画の作者チーズマヨマヨこと、

本名:千洲間四三路ちずまよみじを私は知っている。


というか、世界を移動する際に、

アジサイがあんまりにも興味を持つものだから、

これ以上悪化する前に先手を打とうと

彼の身元を調べていたりする。


結果、とんでも無いことがわかった。


就職難を経てとある市で新聞記者をする傍ら、

漫画をネットでポツポツ発表していた彼は、

サボりの際に他教の神格の化身に見初められ、

その神格を崇拝する邪教徒に目をつけられていた。


その結果、一般人を巻き込みながらも

タイムパラドックスした末に

バスジャック事件を未然に解決。


間をおかずして自身のアパートを幼稚園児たちに

襲撃されるも仲間とともに主犯格の邪教徒を倒し、

なんやかんやで事件が解決。


その数日後に漫画の編集者が担当になり、

他県に移り住んで有名漫画家になったという

…なんだか変わった人物だった。


まあ、本人はのんびりとした美青年なのだが、

行きつけの喫茶店でコーヒーを愛飲する傍ら、

ファンでメイド姿の神格の化身が常に付いているので、

ここでアジサイが世界を飛び越えてやってきたら、

どう考えても面倒な事態になりかねない。


無論、神格の化身と多重世界の若き天才魔導士との

ラブコメじみた世紀の魔術対決など見たくはないので、

私はだんまりを決め込んでいるわけだが…


そんなことなど露知らず、

アジサイは漫画の二度読みをしながら、

私にこう聞いてきた。


「そういえば、ついさっき街で大規模な

 記憶補正の魔法を使ったわね。サミュエルの店?

 大食いのポスターとかなくなってたし、

 もう、あそこで飲み食いしないの?」


ぐ…以外と痛いところを突いてくる。


私は転送装置の術式をこっそり書き換えつつ、

目をそらしながら答える。


「う…確かにちょっとでしゃばり過ぎたなー、

 ってのはあると思うし、サムの店に行くと

 ついつい昔のよしみで地が出るというか…

 そういうのは今後は控えようかなーと思って。」


何しろ数時間前に行った世界では、

相手と魂が混じったばかりに

自分が悪の権化のような扱いをされたのだ。


いやでも控えねばなるまいて。


「フッフーン。でも、サムの店、

 魔法無しでも以外と流行っているみたいね。

 補助無しでも繁盛しているのなら、問題なしね。」


まあ、サムの店の飯が

マジで美味いのは確かなのだ。


できた当初は私も心配で補助の魔法をかけていたのだが、

結局、私がいるせいで良いんだか悪いんだか分からない事態になり、

悪化する前にこうして沈静化しておいたのが正直なところ。


…まあ、弟分として面倒を見ていたから、

少し寂しい気もするが、これで繁盛するならいいのだろう。


そんなことを思いながらも、

同時に数時間前の世界で使った分の魔力と同等の空腹感を感じ、

大学の学食へと私はフラフラと歩き出す。


…ま、ここの食堂もそこそこ美味く量が多いことでも有名だ。

これで手打ちとしよう。


そうして数歩進んだところで、

アジサイが思いついたように腰を上げた。


「あ、私も行くわ。

 後で行ったら椅子も机も食われて

 なくなっている可能性があるし。」


んなわけあるか!


そんなことを思いつつも、

私は歳の離れたお姉さんのような仲の良い従姉妹と共に、

そこそこの旨さを誇る学食へと向かったのであった…

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