緑のドラゴン

「どうせ全てが同化する」

世界を移動すると

妙なことに遭うこともしばしばだ。


外では雪が降っているにもかかわらず、

この場所の人間の大半が薄着なことも

そのうちの一つなのだろう。


色とりどりの法則性のない衣装に、

半袖半ズボンが非常に多く、

帽子やカツラなど頭に被り物をしている人も多い。


彼らをカメラやスマホで写す人もいれば、

名刺を出して自己紹介する人もいる。


「君たちいいねえ。以前撮った写真とか、

 SNSのアカウントがあったら教えてくれないかなー。」


みれば、スーツ姿の男が

ふりふりのスカートにデコレーションされた杖を持つ

魔法少女姿の私に名刺を差し出す。


そこには、雑誌の出版社名と名前が書かれていたが、

私の口から漏れたのは若い青年の声だった。


「あー、すみません。趣味でやっているので。

 その手のはちょっと…」


その断りに対し、スーツ姿の男は

残念そうに頭を下げると雑踏の中に消えていく。

 

みれば、冬にもかかわらず人々は顔が高揚し、

中には汗をかきつつ大量の本を紙袋に入れて

歩いていく人間も沢山いた。


奥にはアニメの少女のパネルや、

机の上に並べられた漫画本、CDやゲームもある。


それらを買ったり売ったりする人たちの熱気が上昇し、

頭上には薄い雲のようなものまで出ていた。


同人誌即売会。


そこに緑のドラゴンがいると姫様は言ったが、

当の姫様の顔はどことなく蒼かった。


「ご気分がよろしくないようですが、

 大丈夫でしょうか?」


どうせ、周囲の人にはコスプレーヤー同士の

他愛ない会話にしか聞こえないのだ。


私はそれとなく姫に聞いてみるが、

それに対し姫は首を振ってこう答えた。


「…いえ、私、少々驚いてしまいまして。

 この男性が…その、あまりにも。」


私はそれを聞いて合点が行く。


「ああ、確かに男性が少女の姿になるのは

 我々の国では少々珍しいですかね。

 アニメのキャラクターとか言っていましたか。

 でも、祭りの時には皆仮装もしますし、

 これくらいならまだ…。」


だが、姫はそれに大きく首を振って答えた。


「いえ、そちらでなく。えっと…私。

 トイレでお化粧をするところを見ていたのですが、

 その、なんというか…あれほどお豆のような瞳が

 どうしてこんなにパッチリと大きくなったのか、

 未だに理解が追いつかなくて…」


…ああ、そっちか。


私は合点が行く。


基本的に姫様は化粧をしない。


というか、多重世界を飛び回る王族は

国民の前に出ることは滅多になく、

世界ごとに見える姿も違うために、

あまり見目にはこだわらないからだ。


ゆえに、化粧をすることもなく、

メイクをすることで変わっていく

人の顔の変貌具合にいささか驚かれたようだ。


しかし、姫様は姫様。


少し深呼吸をして

気持ちを落ち着かせる。


「…ですが、それよりもドラゴンを探すことが先決です。

 緑のドラゴンは別名『同化のドラゴン』と呼ばれ、

 文字どおり周囲の物体を同化させる力があります。

 見てください。異変はすでに起こり始めています。」


確かに、魔力で探る必要もなく私は理解する。


会場から別会場へと向かう階段。

その階段に人が埋まっている。


一人、いや数人も。


皆、手や顔を出して

必死に階段から出ようともがいている。


「お。あれ、すごくね。

 多分あのアニメのワンシーンだよ。」


そう言うと、カメラやスマホを持った人たちが

その様子を撮ろうと階段に駆け寄り、

みんな同じようにズブズブと階段に埋まって

ミイラ取りがミイラになる。


「助けてー、」

「演技じゃないんですー。」


叫ぶ人たちの声をよそに、

面白がってスマホを操作する野次馬。


しかし、その手が急に動かせなくなると、

彼らは自身の手を見てギョッとする。


「手が。俺の手がー!

 スマホと同化しているだとぉー!」


なぜかオーバーリアクションで驚く人。


途端に階段の人々を写していた野次馬が、

今度はスマホを手にくっつけた人間を写真に撮る。


だが、彼らも自分たちの持つ

紙袋やバッグが自身の体と一体化していくことに気がつくと、

パニックになり、叫び、ますます人々と被害を引き寄せる。


混乱に次ぐ混乱。


そこから10メートルほど離れていても、

その混乱ぶりはよく分かる。


「なんだ、どうした?」


魔法少女姿の青年である

私の口から漏れる声は冷静そのもので、

この状況を客観的に分析し、

判断しようとしていることがよくわかった。


それは、この青年の気質のようなもので、

裕福な家で何不自由なく育った彼は、

自身の頭脳と判断力を将来に役立てようと

特に勉強をすることもなく日本有数の有名大学に入学し、

その際に気まぐれに見始めた少女アニメにはまり、

SNSで知り合った友人とともに、

ここでレイヤーとして参加していたが…


と、ここで私は気がつく。


…おかしい、何かがおかしい。

なぜ彼の過去がよくわかるのだ。


多重世界ユグドラシルの中で、

飛んだ世界の相手と自分自身の認識能力は

あくまで切り離されて情報が処理されるはずだ。


なのに、なぜ手に取るようにして

相手の過去がわかるのか。


すると、自分の隣にいた

小柄な青年も顔を真っ青にしてこう言った。


「おい、ケンジ。俺、どうしよう。

 なんか、なんかおかしいんだ。

 俺…なんだか…。」


そして、魔法少女姿の青年はこう言った。


「俺、なんだか自分が

 昔からお姫様だったような気分に

 なっているんだよ。」


これは、彼が混乱しているわけではない。


目の前の青年の中にいる姫様。

私が中にいる青年。


これは、緑のドラゴンにより、

お互いの魂同士が同化し始めている証拠以外、

何ものでもなかったのである…

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