箸休め:帝都物語①

「サミュエルの受難」

帝都に戻るとホッとする。


パンの焼ける匂い。

剣や杖を携え行き交う人々。


カフェのテラスで

最新のスマートフォンをいじる町民たち。


中央にそびえ立つシンボリックな城が

古都の雰囲気を醸し出す城下町の光景。


多重世界であるユグドラシルの中。


世界を飛び回っていると、

だんだん自分の感覚認識に不安を覚えてくる。


別の世界に飛んだ時、

視覚も聴覚も二重に変化する。


本来の姿と別の次元の姿がだぶって見えたり、

相手の人の声が聞こえるのもそのためだ。


幸い、痛覚などは共有されないので

最悪のケースとして向こうの世界の人間が

死んだとしても自身に影響が及ぶことはないのだが、

幾重にも折り重なった世界の中で全く影響がないとも

言い切れないのが現状だったりする。


つまり、本当のところ。

些細なことで何が起こるかわからないのが

多重世界の性質なのだ。


別の世界でトマトが一個、

台所にあるシンクに落ちただけで、

川一つ枯れたなんてざらにあること。


ゆえに、そこを移動する

王室付魔法使いは細心の注意を払い、

何かしらの影響があった場合は

魔法で修復を行う義務があるのだ。


つい先ほど捕獲をした青のドラゴンについても、

影響のあった空間の変異をすべて直し切るのに

一週間分のエネルギーを消費した。


正直、体はヘトヘトだ。


一刻も早く休みたいし、

ストレスだって溜まってる。


王族でさえ一回ごとにブレークタイムをこさえ、

十分な休憩を入れてから世界に飛び立っていく。


それは私のような王室付魔法使いや、

王室付騎士団も同じこと。


でないと正直やっていけないのが現状だ。


私は城下町の中でも

一番人混みの多いカフェへと向かい、

裏口のドアをドンドンと叩く。


「サムー、サミュエルー、いるー?」


と、言いつつ、

私は間髪入れずにドアを開ける。


外には弱い鍵かけの魔法がかかっていたが、

王室付魔法使いである私には

こんなものかかっていないも同然だ。


すると、厨房で働いていたコック帽の青年が

憤怒とも悲しみとも絶望とも言えない表情で

こちらを向いた。


「ああ…スズラン、いたんだ。」


黙っていればイケメンなのに、

こっちを見る顔は台無しだ。


私はいつものように「うん」とうなずく。


「いつもの、一つ?」


サムは悲しそうな目でそう言うが、

私は笑顔で首を振り、指を3本出した。


「三つ。今日はレモネードが

 三杯飲みたい気分なの。」


その瞬間、

サムがガクリと肩を落とすのが見えた。


『ジャンボパフェ!20分以内に完食!

 できた方にはお代は無料+レモネード付』


店の壁に貼られたポスターの前に陣取り、

私は三つ並んだ巨大パフェの前で指を鳴らす。


周囲は黒山の人だかりで、

みんなスマホを手に手に

世紀の瞬間を撮ろうと待ち構えている。


「いいか、合図の瞬間に食えよ。」


サムの言葉に私はチッチと指をふる。


「あ、サムついでなんだけど。」


「あ?なんだよ。

 俺は早く終わらせたいんだよ。」


イラつくサムに私は続ける。


「時間が0.5秒を切ったら、

 レモネードをもう一杯追加してくれない?」


「…好きにしろ!」


そう言って、サムは「スタート!」と

やけくそのように叫びストップウォッチを押す。


その瞬間、コック帽が揺れて

ぶら下がった電灯の紐に当たった。


私は知っている。


この紐が左右に揺れた瞬間が

0.5秒に相当することを。


素早くスプーンを持ち、

私はバケツのように巨大な容器に入れられた

パフェにスプーンをつける。


最初はキウイやイチゴといった

季節のフルーツが所狭しと並べられたエリア。


直径10センチのバニラアイスクリームの

周囲に並べられた果実は見るも鮮やかで、

フルーツソースが上にかかったアイスは

程よい酸味や甘さで飽きさせない工夫をしている。


次に迫り来るはカスタードクリームの

たっぷり詰まったシリアルエリア。


濃厚なバニラビーンズ入りのカスタードに

バナナやチョコレートがたっぷりと入っており、

食べ応えは十二分だ。


最後はブルーベリーソースに

仕切られたヨーグルトエリア。


上の自重に押しつぶされないように、

ヨーグルトアイスが仕込まれており、

冷たさの中に程よい満腹感をもたらしてくれる。


以上のことを軽く3回こなし、

私は美しいほど空になった

バケツの前でスプーンを置いた。


泣きそうな顔のサム。

その手のストップウォッチは


「0.49」


くっそー、と叫ぶサムの横で歓声が上がり、

私の周囲でフラッシュが上がりまくった。


「スーズーラン!スーズーラン!」


ファンの声援で起こるスズランコール。


店の壁には客が撮っていった

私の大食い記録の写真がずらりと並び、

「前人未到」とか「未だ記録破られず!」の

見出しが付いた新聞記事が所狭しと並べられていた。


私は英雄のように声援に対して手を振り、

その度に歓声やフラッシュが瞬く。


「あー、じゃあ特等席にお連れします。」


苦々しい顔をしたサムを従え、

私はのんびりレモネードを飲むために、

2階にあるテラス付きの個室へと向かった。


「…ったくよー、王室付魔法使い様。

 マジでやめてくんね?

 店潰すほど大食いされちゃあ、

 こっちとしてもさ、たまらないんだよ。」


コック帽のサムは苦い顔をしながら

店特製のハチミツ入りレモネードを出す。


私はそれをのんびりストローですすりながら、

「えー」と女子らしく抗議した。


「いいじゃん。三日に一回は食べに来るし、

 物見遊山で客は満杯。実質黒字でしょ?」


対しサムは机を叩く。


「ギ・リ・ギ・リで黒字。これは黒字じゃないの。

 材料費だってバカにならないし、客はスズラン目当てだし、

 こんなの一過性のものでしかないの。」


私は唇を尖らせて二杯目を飲む。


「えー、幼なじみに対してひどいなあ君は。

 親の決めた許嫁でもあったのに?

 子供の頃によく遊んだ仲なのに?」


サムはコック帽が取れそうなほどに

ぶんぶんと首をふる。


「許嫁は村の慣習で決めたことだし。

 俺は子供の頃にお前にイバラの茂みに落とされて以来、

 帝都に逃げる算段を練っていたんだ。なのに、なのに、

 お前が王室付魔法使いになって縁が切れたと思った途端に

 なんで店に出入りするようになっているんだよ!」

 

「だって、タダ飯食べたいし。」


「悪魔かお前は!」


「いや、王室付魔法使いだって。」


そんな心温まる旧友との邂逅を楽しんだ後、

私はサムの店でカップ詰めにされたレモネードを

飲み歩きしつつ適当な店をブラブラする。


王室付魔法使いは忙しい身。


公務のあいだのつかの間の休息こそ、

至福の時間なのである。

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