「止められた時間とバグとお布団」

砂漠全体の砂つぶは兆を軽く超える。


その砂つぶの間を自在に移動する

ドラゴンを捕まえるのは至難の技だ。


だが、王室付魔法使いである私は、

瞬時に体内の魔力を分散させ、

位置を把握しつつ、次いである魔法を使った。


「…スズラン、やりますね。」


姫様の静かな言葉に

絨毯姿の私は頭を下げる。


たとえそれがラクダの姿をした姫様の

「ぶも」という言葉でも同じ。


…時間が止まっていた。


風に舞い上がった砂塵が空中で動きを止め、

観光客の顎から滴る汗は水滴となって中空に漂う。


ドラゴンには

砂漠を瞬間移動する能力がある。


だが、位置を把握し、

時間を止めてしまえば何のことはない。


あとはこちらが向かい、

捕獲するだけだ。


ラクダ姿の姫様もそれを理解し、

何も言わずにドラゴンの元へと向かう。


無論、時間を止めている以上、

魔法の影響を受けていない姫様と私を除き、

背中に乗せたカップルは空中に停止した状態で

いるはずなのだが…


「何かおかしいですね、スズラン。

 背中にまだ人が乗っているようですが。」


絨毯なので耳も何もないのだが、

私はその言葉に耳を疑う。


そして見上げると、

そこには姫様のラクダと絨毯である私の

上に乗るカップルの四本の足と腰があった。


…最初、意味がわからなかった。

なんで足が四本、腰が二つだけあるのかと。


だが、その意味がわかった途端にギョッとする。


空中で静止したカップルの腰の部分が

姫様が移動した分だけ紐のように伸び、

ラクダの背に乗る下半身に繋がっていたのだ。


聞いたことがある。


強い魔力を持つ者同士が

互いに相反する空間魔法を使った場合、

空間がねじれ、思わぬ結果を残すことがあるのだと。


早い話、このカップルは魔力同士の過干渉でバグり、

結果、上半身が空中で静止し、

下半身だけがラクダの背中の上に残ったのだ。


「落ち着いてスズラン。ドラゴンを捕獲し、

 魔力を打ち消せば全てが元に戻りましょう。」


姫様の言葉にハッとする私。


そうだ、一番いけないのは

パニックになって魔法を解くことだ。


「このまま進みましょう。

 この先にドラゴンがいることは

 もう、わかっているのですから。」


姫の冷静な言葉に私は敬服する。


たとえ、ラクダの姿でカップルの

伸びた下半身を載せようとも、

姫様の威厳溢れるお声はご健在だ。


「ええ、わかりました。」


私は姫様の言葉に

絨毯の姿ながらもうなずき、

砂漠を見渡す。


砂にはドラゴンの魔力による痕跡か、

別空間から転移された様々なものが落ちていた。


3トントラックに、

「佐藤」と表札のついた家が五軒。


フジツボのこびりついた難破船の周囲には

大量の招き猫がまるで儀式のように

同心円状に並べられていた。


ドラゴンの能力は恐ろしい。

だが、見つけてしまえば何のことはない。


「スズラン、熱いでしょうが辛抱してください。

 間も無くドラゴンの元にたどり着きます。」


姫のありがたい言葉。


そう、限界まで大量に魔力をばらまいたために、

私はひどい頭痛に襲われていた。


というか、こちらの世界では

絨毯の半分ほどが燃えている。


多重世界は干渉しあっている以上、

何かしらの不具合が発生すると

互いに影響が出るのは仕方がないこと。


まあ、痛覚までは共有していないので

大事には至っていないのが現状だ。


姫様の背に乗っているカップルの

服や靴なども大分燃えているが、

最悪、細胞一個が残れば全再生が

可能なので問題はない。


そして、魔力を辿りながら、

ラクダ姿の姫様が砂丘を越えた時、

私たちはそれを見た。


それは、無数の寝具の群れ。


ベッドに寝転がるパジャマ姿の子供や

布団にくるまる寝間着姿の男性。


老若男女を問わず、

大量の寝具で寝る人々が砂漠に広がっている。


「おそらく、青のドラゴンが魔力を探知し、

 隠れ蓑として別の空間から

 大量の物質を呼び出したのでしょう。

 …あまり、意味はありませんでしたが。」


そう言うと、姫様のラクダは

楚々と一つの寝具に向かう。


それは一見、ベッドの上に転がる

ただの人間大のぬいぐるみのように見えた。


だが、魔法でそれを切り裂くと、

中にはハーフパンツにシャツ姿の

鬼のような形相をした女がスマートフォンを

構えている姿があらわになる。


みれば、ぬいぐるみの片目部分は

ちょうどスマホのレンズが覗くようになっており、

女が何かを隠し撮りしていたことは明らかだ。


みれば、画面には一組の男性と女性の

浮気現場と思しきキスをしている場面が

バッチリと写っていた。


姫様はこういうことには慣れていないのか、

画面を見た後に顔を赤らめて黙り込んでしまったが、

私は黙って魔法を使いカメラのレンズ部分を取り外す。


…なるほど、木の葉を隠すなら森の中。

とっさに寝具を隠すなら寝具の群れだと

思ったのだろう。


私は外れたレンズを目の前にかざす。


そこには、魔力で封じた

青いドラゴンの姿が映り込んでいた。

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