第21話 子は鎹(かすがい)1

 前日の喧嘩の原因は些細なことでした。


 夫の好物である茶碗蒸しを手間なのに作った日、夫はいきなり飲みに出掛けました。


 そして、酔って帰った夫は冷蔵庫の中に倒れた茶碗蒸しを見つけ

「おい、茶碗蒸しが倒れているぞ。あー、こりゃ大変だ。」

と言ったのですが、夫のために作ったのに飲みに行かれ仕方なく冷蔵庫に入れたのですから知ったこっちゃありません。

 

 冷蔵庫の中の片付けをやるつもりもありません。

「おい、茶碗蒸しが倒れているぞ。」と再び言うので「あー、そう?」と返しました。


すると夫はブチ切れました。

「なんだ!その言い方は!」

と怒鳴りました。


 私は、冷静なフリをして

「普通に返事してキレられてもね。」

とそっけなく返事をしました。


 すると更に怒り、何やら怒鳴り始めました。

 きっと倒れた茶碗蒸しを片付けるのは私だと思っていたのでしょう。


 私は、その時夫に生まれて初めて怒鳴り返しました。


 なぜ、怒鳴り返せたかと言いますと、その頃、小学校で不登校の支援をしていたのですが、ヤクザな物言いをする男の子たちの相手をしていました。


 小学生に「うっせー!!黙れ!!お前なんかクズのくせに偉そうにすんな!ボカすぞ!こらぁ!」と怒鳴るんですよ。


 「はいはい!勉強しないなら家に帰ってくださいね!ここでは勉強しない君のことは面倒みませんから!どうぞ出口はこっちです。 


 同じ勢いで怒鳴り返すと蹴りを入れてくるので捕まえて羽交い締めにして出口へ連れて行きます。


 私は、年の近い兄が2人いますので取っ組み合いの喧嘩は慣れていました。

 悪態を吐く子が日頃は実は案外に良い子で私にも懐いていているのに、自分が不利になったり不都合があると急に脅すようなことを言いすごんでくるのです。


 そして、悪態はクラスの強い男子には決して吐かず、クラスの弱い相手か甘えて良い大人にだけに吐くのです。


 話の通じない相手にはこちらも同じくらい強さを見せることは有効だと気が付きました。


 信頼している相手から怒鳴られても子どもは納得さえすればより信頼が深まるという経験をしました。(悪態を吐く子の話です)


 話を戻します。

初めて夫に怒鳴りました。


「うるさい、黙れ!このクズ!!

お前なんかお情けで結婚してやったのに図々しいわ!あんたみたいなクズ見たことないわ!稼ぎも少ないくせに!結婚してやらなければよかった!あんたが結婚できたのはお情けよ!あんたみたいな役立たず見たことないわ!」

みたいなことを怒鳴った気がします。


 しばし夫は呆然としていましたが、体中に力を入れて顔を真っ赤にしました。

 もしかしたら殴られるかもと思いましたが、もうそれでいいと思っていました。


 そしたら、なんと夫は泣き始めたのです。


 声を出して子どもみたいに‥。

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