PART2
『勿論、そうしたお店ですから、性的サービスをしてくれるわけですが、初めはそちらが主な目的だったのは事実ですけど、でも段々それよりもカナちゃんの人柄が好きになっていったのです』
80分の制限時間の内、最初の10~15分位そちらに費やしただけで、後の大半の時間はお喋りをしていたという。
職場で遭った辛いことや、人間関係のもやもやみたいなことを、彼女に何でも話した。
そういう場所だから、面倒くさがられて、適当に聞き流されている。始めはそう思っていたが、そのうち彼女が本当に真剣に自分のを聞いてくれていることが分かるようになったという。
ある時などは、自分より年下なのに、エリートであることを鼻にかけて、こっちが出来もしないほどの量の仕事を押し付けてきて、やっと片づけたと思ったら、それすらもケチをつけてやり直しを命じた課長の話を愚痴っっているうちに、涙がぽろぽろ出てきた。
思わず声を出して泣きそうになった時、彼はぎゅっと抱きしめて、まるで小さな子供をあやすように頭を撫でて、
『幾ら泣いてもいいから・・・・いい子、いい子』と声をかけてくれたのだ。
その日、もう少しで彼は精神のバランスを崩しそうだったのに、彼女のその言葉のお陰で救われた。彼は少し恥ずかしそうにそう語った。
『おかしいでしょう。大の男が自分より年下の女の子に・・・・・』
『いや、別に』
俺は答えた。
『精神的にぐらぐらしてる時に優しくされるってのは、誰だって癒されるもんです。で?』
広畑氏は、それからも暇があるとそのお店に通った。
もう『あっちの方』はどうでもよくなり、シャワーを浴びると(これは店の規則らしい)後は飲み物を飲みながら時間一杯、他愛のないおしゃべりをしていることが殆どだった。
でも、彼にとってはそれだけで十分満足だった。
そんな時が約1年半ほど続いたろうか?
彼はある日いつものように店に予約の電話を入れようと、番号をプッシュしたが、店側からは思いもよらぬ声が返ってきた。
(カナちゃんですか?ああ、申し訳ございませんが、先週一杯で退職しました)
『頭をハンマーでぶん殴られたようだというのは、ああいう時のことを言うんでしょうな』
彼はそう言って、葉巻を灰皿の縁に乗せ、大きくため息を漏らした。
『仕方がないっていえばそれまでなんですけどね。向こうも私のことをただの客としかおもってなかったんだろうし、こっちも別に何か告白したわけでもないんですから・・・・でも、ショックだったことは間違いありません』
でも、彼には何だか気持ちが良かった。
始めて女性に優しくしてもらった。
それだけで満足だった。
その後広畑君は仕事にも情熱を燃やし、上司にも見直され、10年目にして先輩(つまりは大田原社長の事だ)の勧めで起業し、順調にいって、今に至っているという。
彼の誠実な性格が幸いしたんだろう。得意客も増え、今ではこれだけの会社にすることが出来た。
しかしそうなればなるほど、ますます彼女、つまりイメクラ嬢のカナちゃんのことが頭に浮かんでくる。
『で、私に何をしてくれというんです?』
俺は訊ねた。
『結婚してくれとかそんなのじゃありません。是非彼女にお礼がしたいんです。僕をここまでにしてくれたのは、いってみれば彼女のお陰なんですからね』
そういって広畑社長は傍らに置いていた鞄から、小さな箱と封筒を取り出した。
『中身は絶対に見ないでください。そして、何も聞かずに彼女を探し出して「あの時のお礼です」とだけいってこれを渡してください』
『分かりました』
こういう場合は、四の五の言わずに引き受ける。
別に怪しげな仕事でもないからな。
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