エンジェルはいずこに

冷門 風之助 

PART1

 その部屋は、実に立派な部屋だった。


 踵まで埋まってしまいそうなカーペット。立派な応接セットにどでかい机に、小さな身体なら全身が埋まってしまいそうなリクライニングチェア・・・・何もかも、全てが豪華、それしか言葉がなかった。


『お楽になすってください』


 その部屋の主は俺、私立探偵の乾宗十郎に対し、実に謙虚な口調でそう言った。


 遠慮なく俺が腰かけると、自分も俺と向かい合って座り、テーブルに作り付けのシガーケースを開け、見るからに極上ものと思える一本を取り、


『いかがですか?』と勧めた。


『いえ、私は止めたので』と断る。


『これは失礼、嫌煙家なのですな?』


『いえ、そうじゃありません。ただ止めてるだけです。お喫いになりたければどうぞ』


俺は苦笑しながら答えた。


 禁煙ばやりの昨今、しかもここは六本木の某オフィスビルの最上階にある、最ITのしてきたIT産業のオフィスビルだから、どこもかしこも『NO SMOKING』の筈だが・・・・


『では、失礼して・・・・・一日一本だけなんですよ。これだけが楽しみでね。流石に止められません』


 地味だが出来のいいスーツに身を包んだこの男・・・・広畑健一、45歳といえば、今やビジネス雑誌などでもひっぱりだこだ。

 

『大田原社長から紹介を受けましてね。是非貴方に引き受けて貰いたいと思いまして』


 大田原というのは、昔俺があるちょっと特殊な依頼を解決したことで知己を得た貿易会社の社長だ。


『初めにこれだけ先にお渡ししておきます』


 俺はブリーフケースを開け、例の如く契約書を手渡した。


『形式だけですが、一応お読みください。それで納得が出来たらサインをお願いします。そこにも書かれている通り、私・・・・・即ち私立探偵乾宗十郎は法的に規制されている依頼の外に、結婚と離婚に関わる調査は原則お断りしておりますので、その点は御承知おきください』


彼は葉巻のちょっとバニラの焦げたような香りを漂わせながら、小さく笑った。


『その点はご安心下さい。私はこの年になっても独身ですが、そんなに色っぽい話じゃありません』

 

 少し間を置き、葉巻をゆっくりくゆらせながら、広畑氏は語り続けた。


『私は根が気弱な性格なんでね。おまけにちょっととろいところがあるもんで、あっちでこけ、こっちで騙されながら、何とか今の会社を軌道に乗せ、今日に至っているという訳なんです。』


 あれはまだ、大学を卒業して間もない頃の話だ。そう前置きして、


『最初に勤めていたのは某大手コンピューターメーカーでしてね。そこでも人よりもトロい私は、いつも上司に怒鳴られ、同僚にはつつかれて、身も心もくたくたの

毎日を送っていました』


 そんなある日の事、彼は初めてのボーナスを貰ったある日、渋谷にあった風俗店に行った。


 それまで勉強と仕事に明け暮れていた彼にとっては、そんな店に行くのは生まれて初めての事で、当然彼はまだ童貞だった。


 その店というのは、いわゆる『イメージクラブ』というところで、料金は一番長い『スペシャルコース』で1万8千円という、格別高くも安くもない、お手頃価格の、まあそこそこ良心的なところだった。


 イメクラと言うのは・・・・まあ、簡単に言えば、


『女性のコンパニオンが客である男性の好みに合わせた服装をしてくれ、そのイメージに合わせた遊びをしながら楽しませてくれる』そんなところだった。


 勿論、女性はこちらで指名が可能であるが、何しろ初めてだった彼には何も分からなかったので、店が進める『カナ』という女の子について貰った。


カナちゃんは、特別美人と言う訳でもない。


丸顔で、ちょっと小麦色の肌をしていて、スタイルも格別グラマーでもない。


右頬のエクボがチャームポイントといえばいえるくらいの、どこにでもいるありふれた女性だった。



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