第2話 異常な回復力

*

平日の昼、俺はいつも通り大学の学食で昼食を食べていた。あれから医師に言われた通り安静にしていたら思ったより早く退院することができた。とはいっても、この1週間は本当にしんどかった。勉強は置いてかれるわ、研究は進まんわ、そのくせ病院内は暇だわですっかりネガティブ思考になってしまった。おまけに雅人の家で行われるはずだった俺の誕生日会は閑散とした病室で静かに開かれた。

はぁ、今年の悪運全部使い果たした気がするわ。

「よ、礼人。調子の方はどうだ。」

声のするほうを見ると、目の前にマクロナルドの紙袋を持った雅人がマクロフルーリーを飲みながら歩いてくるのが見えた。

「あぁ、お陰様でな。医者からも、もう普通に動いても大丈夫だって言われたよ。まぁ、尋常じゃない回復力ってびっくりしてたけどな。」


そう、引退する日、医師は俺に、本来なら1ヶ月入院レベルのけがを重症のはずなのに、俺の脅威の回復力のおかげでたった1週間で退院するまでに至ったのだ。俺も自分で自分の潜在能力に驚いた。人間の生命力の一端を垣間見た気がした。


「まぁ、退院が早くて困ることはないだろ。それより、今心配すべきは’退院’より’単位’だろ?」

こいつ、上手いこと言ってやったぜ、みたいな顔しやがって。むかつく。

「まあ、なんとかするさ。」

「そっか。それよりお前、今日、美奈には会ったか?」

唐突に雅人は聞いてきた。

「いや、あってないけど。なんで?」

「はぁ・・・。あの日、美奈のあの顔を忘れたのかよ。あれから大学で会うたびに落ち込んだ顔をしてたぞ。早く会いに行ってやらないとストレスで痩せ続けて骨になっちまうぜ。なんてな。ハハハ!」

あー、お前、完全にフラグ踏んだな・・・。

雅人の背後に立つ人物を見ながら、心の中でつぶやいた。


「誰が骨になるって?」

いつからそこにいたのかはさておき、雅人の後ろから、美奈はにっこりとそういって雅人に詰め寄った。

こえぇぇ・・・。

「ぅえ!?あ、い、いやぁ。ちょっとした冗句だって。だからそんな怖い笑顔でこぶし振り上げるの、やめてくれる…?」

あ・・・、雅人もまた一言余計なんだよな。

「はぁ?誰の笑顔が怖いですって?」

ほーら、言わんこっちゃない。

「え、えっとぉ・・・。あ!お、俺、ちょっとトイレ行ってくるわ。」

何ともへたくそな言い訳をして、そそくさと逃げて行く雅人。この流れがいつものパターンだ。いつも通りの日常に戻ったな。


「ったく、いつも一言余計なのよね。」

ご立腹の様子の美奈。

「ほんとにな。勉強の方はあいつが一番優秀なのに、こういったコミュニケーション戦術はへたくそなんだよな。美奈が短気だってこといい加減学習しろよな。」

と同情するつもりが、俺も一言余計でした。

「んー?何か言ったかな、礼人?」

案の定、美奈は聞き逃さなかった。

「あ、たまには俺も冗句を・・・なんちゃって、アハハハ・・・」

じっと睨みつけてくる美奈。

「そ、それはそうと、先週はごめんな。いろいろ心配かけて。」

美奈の目に耐えられなくなり、俺は話題を強引に変えた。

「・・・。まぁ、別に大したことはしてないわよ。お医者さんに連絡とったり、礼人が学校を休んでいる間、授業のノートを取って送ってあげたり、サークルの雑務や実験を全部私一人でやっておいたり、あとは・・・」

全然大したことしてないわけないというのは、彼女の言い方でよく伝わった。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」

もう皮肉としか言いようのないその言い回しに、俺はとにかく謝罪を繰り返した。


「フフッ、冗談よ。それより、もう体の方は平気なの?」

美奈は心配そうな顔でのぞき込んできた。その顔はずるい。思わずドキッとして、慌てて顔をそらす。

「あ、あぁ。医者にももう普通に動いてもいいって言われたよ。」

「そっか!よかった!」

と今度は満足そうに顔をほころばせた。それもずるい、ってかかわいい。

「じゃあさ、今週末退院祝いに遊園地行こうよ!」

美奈が声を弾ませて言った。

「いやぁー、そんな大げさだよ。第一、過度な運動は控えろって医者に言われてるんだし」

「うーん、それじゃあ、花火見に行かない?ほら、毎年この時期はやってるでしょ?」

「まぁ、それなら大丈夫かな。」

「やった!じゃぁ、土曜の夕方六時に駅前に集合ね!」

とすごくうれしそうな美奈。


「おっけー。それじゃ、雅人には俺から連絡しとくよ。」

とメッセージアプリで雅人にも連絡しようとスマホを取り出そうとしたとき、美奈の手が俺の裾をくいっ、と掴んだ。

「ん?どした?」

聞いても美奈はうつむいたまま微動だにしない。仕方なくスマホをポケットに戻すと美奈は俺の裾から手を離して、困ったような顔をしてこっちを見た。

「こ・・・今回は、さ・・・。二人で花火、行かない?」

意外な発言に思わず美奈の顔をじっと見つめた。耳まで真っ赤だ・・・。

「あ、あの、こっち見すぎ・・・。」

「あ、ご、ごめん、つい・・・。」


・・・

またもや少しの沈黙。


「じゃ、じゃぁ、行こっか。二人で・・・。」

俺がそう言うと、美奈はうれしそうな顔を頬を赤らめながらこっちに向けた。

「う、うん!約束ね!」

そう、俺はこの偽りのないかわいい笑顔をみて美奈の事が好きになったのだ。もちろん、性格や内面的なことも含めてだが。



キーンコーンカーンコーン・・・

「あ、予鈴だ、次の教室行かなきゃ。じゃ、じゃあ、またね」

「おう、また・・・」


俺も次の教室行かなくては。次はどこだっけかな・・・。と時間割表を見ようとスマホを取りだすと、雅人から一件の通知が来ていた。


『次は2034号室だぞ。あと、持ってないなら、俺の浴衣貸そうか?(笑)』


びっくりして、慌ててあたりを見渡すと、学食の入り口に、ニヤニヤしてこっちを見ている雅人の姿があった。はぁ、全部見られてたのかよ。ほんといろんな意味でちゃっかりしてやがる・・・。まぁ、仲のいい雅人に黙って二人だけで行くのはきまりが悪いかなと思っていたところだったから丁度良かったといえばよかったけど。


*

「お前、隠れてのぞきとか趣味悪いぞ。」

「何言ってんだよー。俺が出てったら、美奈も誘うに誘えなかったと思うぞ。で、鈍感なお前は俺がいたらきっと三人で行こうとか言い出すにきまってるしな。」

「は!?い、言うわけないわ。そこまで鈍感じゃねーし!」

慌てて否定する俺だが、雅人はまたしても悪戯っ子のような顔して、

「いや、絶対ないね。そこまで予測できたから暖かい目で見守ってやろうかなって。」

「はぁ。ほんとお前昔から・・・」

「ちゃっかりしてる、だろ?」


こいつは昔から賢い。勉強もそうだが、人の事をよく見ている。だから、今まで人間関係やグループでの揉め事や問題にぶつかったとき、こいつに何度も救われた。余計な一言が多いのはどうしようもないが。

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