第2話 夢みる妖精(1)
「大丈夫? きみ、この辺の学校じゃない制服を着ているのね」
「あ? ってえええええっ!!?」
気を失っていたリコスが目を覚ますと、上の方から声が降ってきた。見れば可愛らしい人間の少女がこちらを見ている。空にも目を向けると、妖精界じゃあ滅多に見ることのない橙色と藍色の混ざった暗色になっていた。
が、驚いたのはそこではない。
とんでもないことが起こっていたのだ。
おれ、人間になってる!!?
「奇声はやめてよ。やっぱり頭でも打ったのかしら。救急車、呼ぶ?」
「おおお……救急車……なんて心地いいひびき……」
「あ、もしもし119番ですか? はい、高校生の男子一名で至急……」
「いや、ちょっと待った、平気! 平気だから!」
正気ではないのだが、おれは人間の少女に待ったをかけた。
救急車ってたしか、お金をとられるはずだ。おれは慣れない仕草で制服とやらの物入れを探ってみるが、円形の硬貨や紙幣はなかった。したがって……。
「金がねえんだ!」
「いえ、親に出してもらいなさいよ、数万くらいなんてことないでしょう? 頭を打ってたらおお事よ? 身体は大切にしなさいよ」
親……親といえば、おれらの場合は女王になると思うんだが……、まあ人間とは違って自然発生する大元がきっと女王なんだろうって、他の妖精たちも迷いもなく考えているくらい普通だな。
とりあえず、妖精術を使って、女王に連絡をとってみる。妖精力を使って遠くにいても念話をするのなら妖精術でも初歩中の初歩だ。頭のなかから言葉を念じると相手に伝えることができる便利で簡素な術さ。
「女王、女王」
「女王? やっぱり頭が危ないんじゃないの?」
「いや、あんたにゃいってねえ!」
「じゃあなによ、女王って」
念話ができないだと……!?
頭のなかで念じたはずなのに、声に出てしまった。何度やっても結果は変わらず少女から妖しい視線を送られ続けている。
「いやあ、うちの親と連絡がとれなくてさ!」
「親が……女王……はっ! ご、ごめんなさい、複雑な家庭環境なのね……」
「おいこら待て」
「苦しかったわね」
聴いてねえな。
おれは人間の夢に出入りしているから知っているが、中性ヨーロッパでも変態の見るようなもんでもねーんだよ。
いや、まて、夢……そうか、これが夢なんだ!
女王はおれにも夢を見ろって言っていたような気がするぜ!
「もう平気だぜ、お嬢さん! おれの名前はリコスだ!」
「もしもし119番ですか?」
「うおおおいっ!?」
「だってあなたの生徒手帳に書いてあるじゃない」
千葉戴天高等学校1年A組 鈴木理虎
うおおお……これが、あの、伝説の、生徒手帳か!
おれは妖精界に伝わる三種の王器である杖、冠、首飾りを手にしたかのように、生徒手帳という長方形の物体を天にかかげた。
なにやってんの、という少女の視線がびしびし飛んでくるが、おれの感動はもうそれどころじゃなく、このまま飛べる高さまで一気に全力飛行をしたいくらいだ。か、かっけえぜ、そしてしぶいな、生徒手帳!
「漢字じゃなかったらあなたのものだって気づかなかったわよ」
「いや、おれリコスなんだけど……人間名か? なんでそう思ったんだ?」
「あなたどう見ても男の子じゃない。なのにリコなんてまるっきり女の子の名前だから。リコスってきっとあだ名なのね、なるほどスズキリコから取ってリコスか、いいんじゃないの?」
「……ご親切にありがとよ。あんたは?」
「わたし? わたしはサイトウカナ。漢字で斉藤香奈、よ」
おお、漢字……。
世界で2番目に使用者が多いとされる人間界の言語文明にさっそく触れられるとか、ついてんなおれ。ちなみに妖精界にも漢字はあるし、人間界第1位のラテン語もあるけど、独自の文字文化が発達していて妖精語という複雑怪奇なもんになっちまってる。
おれの入りこむ夢じゃごちゃごちゃしてるから新鮮だぜ。
「そっか、世話になっちまったな。カナサさんよ」
「は? わたしは香奈だっていって……ああ、根に持つタイプね。モテないわよ」
「女に興味はないから問題ないね!」
「いえ、高校生の男子にもなってその発言はどうなの? まあわたしもあだ名にするわ。カナサでいいわよ、もう」
「物わかりがいいのはいいことだって、女王がいってたぜ」
「女王ってあなたの親だったかしら? 変な男の子ってことは覚えておくわ」
憎まれ口をたたく女だな。
妖精のこと、じゃねえ人のこと言えねえだろ。
おめーこそモテねーぞ。
「おう、じゃあな。ところでカナイはこんなところでなにしてたんだ?」
「……誰にもいわないなら、もともとヘンテコなあんたになら教えてあげる」
「むかつくがあえて受け入れよう」
「そう……、わたしはね」
「おう」
「妖精を探していたの」
「おう」
は? ん? え?
この女いまなんつった?
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