第3話 夢みる妖精(2)

「わたし、妖精を探していたの」


 初対面の男の子になんでわたしはこんなことを教えてしまったのかしら。

 斉藤香奈って名前があるのに、勝手にカナサなんてあだ名までつけられちゃうし散々だわ。

 そもそもなんなのよ、いきなり目の前に現われたと思ったら、わたしの頭にぶつかっておいて、自分だけ気を失うとか……わたしが石頭の女みたいではしたないでしょ、もう!


 わたしは、また笑われるかあきれられるかするだけだ、と思いながら立ち去ろうとした。するとリコスと名乗った痩せ型で小柄な青年は眼を輝かせたの。


「わかる、わかるぜ! 妖精を探してんのか!?」


「え、ええ……。変でしょ?」


「ああん? なにが変なんだ? いるかもしれない可能性を探るなんて普通だろ」


「そ、そうかしら……」


 この人はわかっていない。

 わたしがいままで妖精といういるはずもない妄想に取り憑かれてどれだけ苦労をしてきたかを。

 だから、こんなに気楽そうな顔で肯定できるのよ……。


「いやあ、わかる、わかるぜ! おれも妖精のくせに人間になりたくて女王に無理いっちまった馬鹿もんだからわかるぜ! 仲間からも集まりゃ、『で、おまえいつになったら人間になれんの?』ってそんなの知るかっての!」


「ごめんなさい、あなたが何をいっているのかわたしにはわからないわ……」


「かなしい妖精を見るような目しないでくれよ!?」


「また……」


 妖精って。

 どうせわたしをからかっているに決まってる。

 よーし。


「ん、どったの? これ夢だろ? 気楽にいこうぜ!」


「……あなたが妖精だって証拠を見せてくれるかしら?」


「それがよぉ……妖精術が壊滅的なんだわ。羽もでねえから空も飛べねえし、人間て思ったより不便な生き物なんだな……」


「…………」


 やっぱりからかってるんだ。

 わたしは怒った。憤慨だ。もういい、こんな男に話したのが間違いだったのよ。

 早く帰って、眠って、夢のなかで妖精さんと遊ぼう。


「おいっ! だから待てって!」


「離して! あっ」


「ってええええええええ!!?」


「ご、ごめんなさい」


 強引に腕を引っ張られたものだから、ついリコスの頬を平手で叩いちゃった。

 それにしても痛がりすぎだと思う。

 まるで始めて痛みを知ったような、ほんとうに大げさな反応だったわ。


「ゆ、夢じゃ……ないだと? 夢って痛みを感じないもんじゃないのか?」


「あなた、やっぱり相当に変よ。病院にいったほうがいいわ」


「ま、待て! ここは夢じゃねえのか!? 人間界なのか!?」


「夢じゃなければ現実でしょ。人間界じゃなければどこだっていうのよ……」


 リコスは直立したまま両手を凝視している。

 鏡に映った自分を本物かどうか確認しているように、わたしには思えた。

 彼の言動が気になる。


「そんなもん妖精界に……決まって……るんじゃないのか?」


「妖精界なんてものが存在したら……妖精がほんとうに……いるって……」


 まさか、まさかまさか。

 わたしはつぶやいた。


 まさか、まさかまさか。

 彼もまたつぶやいた。


「おれ人間になっちゃった!?」


「わたし、妖精に出逢っちゃった!?」


 わたしたちの声が重なって、奇蹟の出逢いが絶叫でかき消されちゃったの。

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