リコスとカナサ ~妖精界の新女王が生まれた日~

水嶋 穂太郎

第1話 妖精界と妖精力

 背中に小さく白い羽の生えた、そして羽のおおきさに見合うくらいの小人が宙に停止していた。


「どうでしょうか、女王。おれなりに妖精力を人間達から、ひろってきたつもりなんですけど……」


「そうねえ。リコスちゃんにしては頑張ったほうだとは思うのだけれど……」


 妖精を数倍に大きくし、さらに綺麗で装飾の輝く女性服をまとった、それでも小人である目の前の女王は、少年に言う。


「今回も残念なのよね、また頑張ってらっしゃい」


「なぜですか、女王!?」


 今回もだめだったらしい。今回も、ということは何度も挑戦しているということだが。いったいなにを、という話になってくる。当然だが、女王には臣下を導くという使命があるので、しっかりと伝えるのだ。


「あのねえ、リコスちゃん。あなたの望み……いえ願いはなんだったかしら?」


「妖精のちからを極めて、人間になることです」


「正確には人間にはなれないけれどね。人間に変身できるようになるのだけど」


「だからおれなりに人のみる夢のちからに目をつけて、妖精力をたくわえているんじゃないですか!」


「ねえ聴いてるかしら? 人間にはなれないのよ? 人間に変身できるようになるだけだからね? リコスちゃん?」


「おれは人間になるんです! なるったらなるんですぅ!!」


 着眼点はいいんだけれどねん。と女王は微笑んだ。

 そして、人間になりたい、といった言葉を忘れないように、とも諭した。

 これが傑作の物語なら、今後の伏線になるのかもしれないが、そうではないのが現実の、そして女王からしてみると憂鬱な点である。


 女王の目の前で泣き叫び暴れ回る妖精の少年が、人間になれるかどうか、という問題点を解決しなければならない。そういうお話なので、女王は困っている。


「まあいいわ。わたくしがどうして困っているかわかるわよね? 人間に変身するためには膨大な妖精のちからが必要になるのよ? あなたは妖精たちがだれも着目しなかった、人間の夢が発するちからを得て妖精力を高めようとしている。それはいいのよ?」


「じゃあやっぱりわたしは人間になれるんですね!」


「声音を弾ませても無理なものは無理なのよ。まず第一に、単純に妖精力が足りていないからもっとちからを蓄えなくちゃいけないってこと」


「わかりました! 説教はいいんでまた人間界に降ります!」


「話は最後まで聴きなさい! 落ち着きのない子ねえ……」


 まるで子どものような少年の首ねっこをつかまえる女王。

 そうでもしないと、少年は先走って人間界に降りてしまいそうだったから、仕方がない。


「ぐえぇっ! じゃ、じゃあどうすれば……」


「夢にはまだまだ秘密がおおくて、わたくしにもわかっていない点ばかりなのよ。みんながまったく興味を示さないのは、舗装された道があるのにわざわざ獣道に歩を進めるようなものだし」


「おれら飛べるじゃないですか」


「物の例えよ! 人間になりたいっていうから、人間の例えにしたの! ごほん、それでね? あなたは夢の表面しかまだ見ていないのよ。だから妖精力の高まりが思っているほどおおきくないの。だからね……」


「だから?」


「あなたも夢をみなさい」


 少年は、なに言ってんだこのおばはん、という表情を隠しもせず出したために、にらまれた。

 女王は額をふるわせながら微笑むという、邪鬼のごとき様相をあらわにした。おっかない妖精である。だが実力も確かなので、他の妖精が従うのも当然だった。リコスも漏れず、そのうちに入る。


「まあ、女王がそういうのなら、おれは従いますけど……」


「先走るのは悪い癖だけれど、物わかりがいいのはリコスちゃんの美点よ。さあ、では……」


 あれ?

 と少年はふらついた。


「おやすみなさい、リコスちゃん」


 無邪気な女王に襲いかかりたかったが、身体がいうことを利かず、リコスは深い闇へと落ちていったのだった。

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