或る葉書 二幕
郵便局に戻って事情を説明し、件の葉書を提示すると、先輩方が目を光らせた。
一瞬気圧される。
「あー……今年はお前が引いたのか」
と、藍生さんが心当たりがある様な事を言う。
「新美君おめでとう」
「すごいね新美君。いきなり年神様の葉書を引き当てるなんて、そうそうないよ」
「はえ!? 今年それお前だったの? やるじゃん」
国木田さんと鳴澤さんから訳も判らないまま祝福されて、鼓美さんは大声で騒いで局全体がざわつき始める。
「あの……」
「ん? どうしたの?」
国木田さんの裾を引くと、屈んで僕と目線を合わせてくれる。
「僕、何が何だかよく解っていないんですけど……」
すると、国木田さんはしゅん、と表情を沈ませた。
僕何か悪い事を言ったかしら。
「ごめんね、勝手にはしゃいじゃって。……その、年神様の葉書ってすごく珍しいんだ。郵便業界だと、それを引けたら名誉、みたいな扱いになっていてね。今年はうちに来てくれたから舞い上がっちゃった」
ごめんね、と申し訳なさそうに頭を垂れる。
「いえ。それにしてもこれ、本当に凄いモノなんですね」
「うん。でも事情を知ってか知らないでか、時たま偽物が投函されているのだよね」
それはどうするのか問うと、
「一応差出人を特定して、上部に報告してお仕舞い。それ以降はよく知らないな」
知らないと言う国木田さんは、口角が上がっていた。
郵便局じゅう大騒ぎになって、事の次第は上層部に報告され、葉書は審議にかけられ、最終的に本物であると判断された。
僕は閻魔庁に召喚され、配達を遂行させる意志があるかどうかの確認を受け、どうにか僕が葉書を届ける運びに落ち着いたのである。
しかしどうやって届けるのか全く解っていない。
閻魔庁に召喚された時に大まかな説明は受けたが、それを上手く噛み砕けないでいる。
曰く、現世の社或いはその周辺に棲む眷族を見つけるか、直接渡しに行くかの二択があるらしい。
眷族へ手渡しに行くのは良いけれど、年の瀬と言う事もあり、忙殺されている為現世を離れられないのだと言う。
つまり、眷族を介して年神様に年賀状を届けようとすると、遅れが生じるのだ。
なら自分が手渡しに行けばいいのだが、神の国へ至る道程は果てなく遠い。
まず僕は獄卒の中でも下の下だ。
そんな低い者がお目通りの叶うものかと、問う。
すると前嶋局長曰く、これに関しては毎年例外なく、どんな身分でも公平に選出されるので構わないだろう、との事。
「それに、日本の神々は基本的に人のニーズに応えてくれる。自分はこうだから、とか卑下しない。安心していいと思うよ」
「そうですか……」
局長はそう言ってくれるけど、責任やら周囲の期待やら、色々な想いが頭をぐるぐるしている。
それを感じとったのか、局長は僕の頭に柔らかく触れ、撫でた。
「うん。新美くんなら大丈夫大丈夫。私は途中まで送迎する心算だったけれど、君が心寂しいなら、一緒に神の御前まで同伴しようか?」
局長は僕の顔を覗き込み、曇り水晶の瞳で見詰める。
これは本気で心配している表情だ。
今回、局長が直前まで送迎してくれる約束になっている。
とは言っても神の国の入口までなので、そこからは単身乗り込む事になる。
今までの観測統計上、年神様は入国してすぐの場所で待ち受けているらしい。
だけどそれは実際に配達した本人達の証言で構成された観測結果で、外部の者は詳細な事情を知らないのだ。
局長が同伴するとなると、史上初の介入する第三者となる。
自分の精神的な都合で上司を巻き込む訳にはいかない。
「…………いいえ。僕が一人で行きます」
振り絞る様に答えると、局長は少しだけ心外そうな顔をした。
「そうかい。いや~子離れは辛いものだねえ」
「へっ?」
思わず素の声が出る。
局長が特定の職員を我が子の様に扱っているのは知っていた。
だけど、僕までそれにカウントされているとは夢にも思わない。
国木田さんや鳴澤さん、藍生さんは局長と家族同然だけど、僕もそれに含まれていると言うのか。
急に子離れと言い出した局長に、何も知らない新人の事務員が驚いていたのが視界の端に映る。
違うんです。僕としては寧ろ恐れ多い上司です。この人は。
「お父さん悲しいなあ……最近末っ子の千尋もあんなになっちゃって、新顔の鈴が来てくれて賑やかになると思ったら、すーぐ親離れしちゃって……」
「おい聞こえてんぞ爺」
僕の肩を掴んで嘆く局長に、外野から藍生さんの声が掛かる。
「ほらもおー、そうやってすーぐ口が悪くなる!」
「局長、仕事中だよ? 千尋も突っ掛からないの。それと新美君借りたいので連れて行きますねー」
口喧嘩にでも発展しそうな中に、鳴澤さんがすっと間に割って入り、僕の手を引いた。
鳴澤さんは僕を連れて配達物保管庫に行き、局長達から逃げる。
鳴澤さんは屈んで僕と向き合った。
「ごめんね。あの人優しいんだけど、接し方が下手くそな上に構いたがりだから」
「いえ、大丈夫です」
局長は接し方が下手、とは思わないが、育てられた本人が言うならそうなのだろう。
「前嶋さんが新美君に構いたがる理由としては……恐らく君に身寄りが居ないからだと思うんだ。ああでも、これは俺の推測の域を出ないんだけどね」
それだけの理由で構ってもらえるのも有難いけれど。
確かに僕には身内と言う身内が居ない。
だから受け入れてくれたこの場所にも、人にも感謝している。
だけど社員と家族の区別はつけて欲しいな。
「そうでしたか」
「あれっ? 意外と反応薄いね」
「家族同然に想ってくれるのは嬉しいんですけど、あくまで僕は一社員に過ぎないので。主従関係は守って欲しいな、と思います」
「そっか。じゃあ伝えておくね」
「お願いします」
一礼して、自分の机に戻ると、机上にホッチキスで纏められた書類が一束置かれていた。
多分、これから来る大仕事の最終確認とか誓約書の類だろう。
出発は明日。
ふと見ると、今日はこれだけ終わらせたら休んでいい、と記された控書が添えられている。
責任と重圧が重くのし掛かるのを耐えて、今日の晩御飯は何だろうか、と現実逃避しながら書類を片付けた。
*
「まあまあ今年は新美ちゃんなのね」
書類を終わらせ、一足先に社員寮に戻った僕はまずフラウさんに報告した。
そうする事で、多分夕食が豪華になる。
管理人の東雲さんも驚きを隠せないでいる様子で、そわそわしながら話し掛けてきた。
「大分昔の事なんです。その、ここの郵便局から一人選ばれた方がいるんですよ」
「そうだったんですか!?」
いきなり予想外の事を話し始めて、僕は面食らってしまう。
「はい。……今でも働いているんですが、誰だと思いますか?」
唐突に謎を出すのを好む管理人は、にこにこと愛想の良い笑顔を浮かべている。
特に心当たりはないけれど、一つだけ引っ掛かりがあった。
一つ、それに賭けてみる。
「ええっと……予想なんですけど、藍生さん? ですかね?」
「正解です。凄いですね、何のヒントも無しにいきなり当てるなんて」
なんと正解していた。
昼間、藍生さんは意味ありげに『今年は』と呟いていたのを思い出して答えたのだけれど。
管理人は興奮して小さく拍手しながら、白い髪が跳ねている。
そして意気揚々と語り始めた。
「千尋さんが昔選ばれた時、丁度今みたいにそれはそれは大変な騒ぎになったんです」
「懐かしいわね~」
突然フラウさんが、やや無理矢理話に割り入る。
片手のお盆には、二人分のキャラメルラテを載せて。
「はい、新美ちゃん。暖まるわよ」
「ありがとうございます」
「ええっとそれで、帰って来た千尋さんは何も語らなかったんです」
「語らなかった?」
「はい。千尋さんは元来無口な方なんですけど、神の国まで行ったなら、一言二言感想はあると思うんですよ。……今でも、何も言わないんです」
藍生さんは確かに寡黙を通り越して無口だ。
けれど、そんなに凄い役を担って、まして神の国まで訪れたのに。
もしかして記憶が消えているか、そう言う約束があるとか。
そんなに隠匿しなければならない事情でもあるのか。
「なので、覚悟はした方がいいと思います」
「何だか物騒な話ですね」
「東雲ちゃん、新美ちゃん怖がらせちゃ駄目よ?」
「すみません。でも、当事者じゃないから心配になる、と言いますか……」
「それには同意するわ」
苦笑いする二人に、不安は募るばかり。
せめて藍生さんに同行願うか、少しでも事情を聞き出せればいいのだけれど。
── * ──
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