或る葉書 一幕

 とうとう雪を見ないまま年を越すのかと、低い空を見上げる。

 八寒に居た頃、雪には日常的に悩まされていた。

 それがいざ姿を見せないとなると、勝手に不安になったりする。

 世間は帰省や酉の市等騒がしいけれど、僕──新美鈴は帰省する家もないので、年越しも郵便局で過ごす事にした。

 帰省しないのは他の局員も同じ。なのだが、ここの人達は皆置かれた境遇が特殊故に残っている。

 それと言うのも、僕等三人を含めない局員全員、局長の前嶋密さんに育てられたからだ。

 事の詳細は省くけど、兎も角社員の大多数が家族同然なので、彼らにとって社員寮が家なのである。

 だから皆の帰るべき場所は、結局郵便局なのだ。

 さてその郵便局はと言うと、現在年末の処理に奔走している。

 職員の休暇申請受理を始め、いつもより増えた書類仕事、増加が止まらない配送物。

 それ等と平行して、地獄全土に集配する年賀葉書の増援依頼。

 本来の業務に加え、一般家庭にも総出で手紙を届けるのだ。

 国木田さんは、去年より数が少なくて楽だ、と言った。

 しかし話している時の目はまるで魚だったし、珈琲カップを持つ手は震えていたのを覚えている。

 歴戦の先輩社員でさえトラウマになる程度なのだ。

 経歴の浅すぎる僕が足を引っ張らない様にしないと。

 最近、朝はいつもより早く起きて支度を済ませる。

 それから、眠気覚ましに無糖の珈琲を飲む様になった。

 苦味と酸味が、一息に現実へと引き戻してくれる。

 飲み始めた当初は心配され止められたものの、何とか説得して今に至る。

 今朝の朝食は昨晩のカレー。

 ぼくと夕や言葉は未だに甘口だけれど、千尋さんと前嶋局長を除いた大人達は辛口。

 朝食の分でカレーは無くなったと言うので、少し残念。

 残っていたら、お代わりでもしようと考えていた。

 朝食を食べたら早速職場へ向かう。

 まず郵便局の保管庫で配送物を受け取り、午前は通常業務を行う。

 それが終わったら正午になる前に一度帰ってきて、お昼を済ませたら今度は街のポストから年賀葉書等を収集して回る仕事だ。

 暖房が暑いくらいに効いた路面電車に揺られ、形場へ。

 今日は賽の河原。僕の担当場所だ。

 嫌な記憶もあるけれど、仕事ならば致し方ないと思っている。

 それに僕や夕と言葉は、子供の姿により近いと言う事で都合がいいのだそう。

 以前賽の河原への配達を担当していた鳴沢さんは、高い背丈故に怖がられる事があったらしい。

 またパニックを起こして二次災害に発展させる訳にもいかないので、僕は喜んで引き受けよう。

 余談だけど、ここの担当を勤めていて気付いた事がある。

 皆年齢の割に身長が高いのだ。

 例えばとある享年十歳の罪人は、目測で測った背丈が五尺以上ある。

 それに対して僕は六歳年上なのに、四尺と七寸しかない。

 この前見掛けた同い年、享年十六の罪人は六尺だった。

 現世の子供はどんな生活を送って、これ程の成長に至るのだろう。

 取り留めのない事を考えている内、刑場に到着。

 船を出してくれた馬鹿さんにお礼を言う。

「いつもありがとうございます」

「いいって。俺達三途の船頭は、罪人のみならず獄卒も運ぶのが仕事なんだ」

 行ってこい、と乱暴に頭を撫でて見送ってくれた。

 この仕事も随分慣れた、けど未だに馬鹿さんには慣れない。

 馬鹿さんが僕をどう甘やかしたいのか掴めないのだ。

 それは兎も角、今は仕事に集中する。

 午後からは別の業務があるんだから。

 賽の河原を担当する獄卒にも手伝ってもらい、罪人達を一列に並べる。

 一人ひとりに名前を言わせ、手紙を渡した。

 人数が多く、全て配り終わる頃には正午を過ぎようとしていた。

 その後急いで郵便局に戻って、お昼ご飯もそこそこに再び外へ出る。

 普段は用事がない限り出向く事のない街に行けるのが嬉しい。

 配られた地図を頼りに、指定された街のポストを回り手紙を回収する。

 それにしても今年の年賀葉書は随分凝っている。

 中には金粉を散らした様な手作りの葉書もあったり、お金と時間がかかっているのが判った。

 先の忘却で突然隣人が消えた事の恐怖から、限られた紙に思いの丈を詰めているのかもしれない。

 あれから数ヶ月経つと言うのに、今でも爪痕は残っているのか。

 色彩鮮やかな葉書を眺めながら収集して歩いた。

 ふと、一枚の葉書が目につく。

 なんの変哲もない、只の年賀葉書。

 華美な装飾や美麗な書体で書かれた時候の挨拶もない、白紙だ。

 宛名が唯一つ、行書でぽつり、と記されている。

『歳神様へ』

 歳神、と言うと、古事記における大年の神か御年神の事だろうか。

 郵便ポストに投函されていた以上、その許へ届けるべきなのだろう。

 しかし、この国において神格は月にいると信仰されている。

 どこからでも見下ろされる月から、下を観ているのだと。

 社は下る為の媒介に過ぎず、本人達は普段月にいる。

 今は師走で年の瀬と年越しの境だから、比較的下っている神格は多い。

 けれど、この葉書をどこに届ければいいと言うのか。

 宛名が書いてあるだけ、ありがたいと言うものだけど。

 兎にも角にも、一先ず持ち帰って先輩達に相談しよう。

 何か識っているといいのだけれど。

 委託された収集業務は終わっているので、日が落ちる前に郵便局へ戻った。


        ── * ──

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