第8話 世話を焼きます

 先代魔王の遺言による、次世代の魔王を決める魔王選抜戦。魔界の猛者100名による10年の死闘は人界の人々に悟られぬまま、最終局面を迎えようとしていた。

 〈五凶〉と恐れられた魔界の名門五家を代表する貴族から選ばれた魔王候補が、人類最強の姫騎士とおくの二人によって瞬殺されたのである。


「これで残る候補は」


 おくはメスガキ魔王を見て、ふぅ、と溜息を吐いた。


「二人……?」


 おくのつぶやきに姫騎士は傾げた。


「今ので最後じゃないの?」

「否」


 眼鏡概念生命体イドが答えた。


「まさか、おくさんとそのメスガキが戦うの?」

「正確には四人です。そのお二人と……無論マスターは御姫様に全てお譲りするので争う事はありません、あと二人候補が残っています」

「まだいるの?」


 姫騎士が呆れたふうにいう。


「その二人の候補はこの10年、選ばれながら魔王選抜戦を無視続けていました。故に事実上魔王候補の権利を放棄したものと見做されております」

「やはり……」

「マスター、ご存じでしたか」

「この10年多くの魔族が私に挑んできたが、あの二人とその眷属からは一切接触は無かった。周りからは魔王の座には一切関心が無いと思われておるだろう」


 そう言っておくはもう一度メスガキ魔王を見る。

 メスガキ魔王は真面目な顔で沈黙していた。

 だが暫くしてから肩を震わす。

 不敵に笑いながら。


「そうとも、残りはあの二人。じゃが今までの様子からもうあの二人の参戦はあり得ない! これでこの不毛な選抜戦は終いに――」

「私はそう思いません」

「ははは、おくもそう思うじゃろ?――はいぃ?」


 歓喜するメスガキ魔王に、おくは厳しい顔で首を横に振った。


「つまり」


 おくは傾げる。


「その二人の静観は、本番これを待っていた、と?」


 察した姫騎士は忌々しそうに訊いた。


「流石は主、今の話でそこまでよく推理された」

「漁夫の利なんて人間界でも良くある話よ」

「うー」


 先ほどまでのメスガキぶりが嘘のように、メスガキ魔王は困惑した顔で唸った。

 そしてがっくりとうなだれ、困憊しきった溜息を吐いた。


「……やっぱりかあ。やっぱりあの二人が最後に出しゃばってくるかぁ」


 姫騎士も様子に気づいてメスガキ魔王を見る。先ほどの脳天気ぶりが嘘のように酷く落ち込んでいるようだった。このおバカそうなメスガキが意外にも聡い面がある事を理解し感心した。

 暫くしてメスガキ魔王は顔を上げて姫騎士を見る。


「……おくがこの10年間、妾を正式な魔王にするために選抜戦で露払いしておったのは判っておる。妾もそれに応えるべく魔界で修行しておった。――それでもな。

 おくは兎も角、妾が、女騎士、お前のレベルにも及んでおらぬことは今の闘いでよく分かった」


 〈五凶〉を二人で瞬殺した光景を見て、メスガキ魔王は内心酷くショックを受けたのであろう。


「残る二人。――〈古竜のオルテナス〉と〈鬼神アクトゥヴァ〉、あの二人が気まぐれに選抜戦に参加してきたら、今の妾には到底叶わぬ。なればこそおく、妾にはお前が必要なのじゃ。或いはおくが魔王の座に――」

「それはなりませぬ御姫様。私は貴女様を魔王にすることを、私を育ててくださった先代への最大の奉公と思っておるのです」

「じゃがのぅ……妾はあの二人をよく知っておる。奴らは弱い奴には一切関心を示さぬ。しかしそれ故に、勝負事には効率を選ぶ。――魔王選抜戦の本命と言われるわけじゃ、ははは」


 メスガキ魔王は自暴自棄になって笑い出す。姫騎士はその二人がよほどの難敵と理解した。


「本国でそこまで言われてましたか」

「〈五凶〉が選抜戦でデカいツラしておったが、周りはあの二人を本命視しておったよ。おかげで妾はいい道化よ」


 メスガキ魔王は不安げにおくを見る。


「だからこそおくには魔王城に戻ってきて欲しかったんじゃ。おくならばあんな連中――」


 終いには泣き出して言葉を詰まらせてしまう。実力に伴わない評価を背負って生きる生き辛さを吐露するメスガキ魔王に浴びせられてきた言葉の酷さは姫騎士にも容易に想像出来た。

 女だてらに騎士を務め、人類を脅かす強敵を斃しても心無い声が絶えなかったことを、姫騎士は良く知っていたからだった。

 姫騎士はふと、ある考えがよぎった。


「――で」

「なんじゃデカチチ」

「……」


 姫騎士はぐっと堪えた。


「……で、おくさん魔界に戻してどうするつもり?」

「そりゃあもちろん」

「おくさんにそんな強い敵相手の不利な二対一の闘いを臨ませるつもり?」

「う――」

「実力差が分かっている自分が足手まといになるかも知れないって考えたこと無いの?」

「う――」


 メスガキ魔王は姫騎士の詰問への返答に窮した。


「そこで、だ」



「……何で妾がメイド服着なきゃならんのだ?」


 メスガキ魔王は姫騎士が用意したメイド服を着て憮然とする。


「馬子にも衣装というか、元が良いから似合うわよ?」

「そ、そうか? えへへ」


 姫騎士に褒められたメスガキ魔王はエヘヘと笑って照れる。

 傍で見ていたシルバと眼鏡概念生命体イドは心の中でこの魔王チョロいと思った。


「……しかし宜しいのですか? 私もこの案は思いましたが流石に」

「いーのいーのおくさん。魔界行くよりこっちでおくさんとあたしの二人がかりでメスガキ魔王鍛えてあげるのが手っ取り早い」

「留学と言う事で当代の勇者の元に居ればあの二人も簡単には手が出せない。ひいては魔界の侵攻も抑えられる。これ以上無い抑止力よ」

「でも魔王をメイドにするのは流石に」


 シルバは呆れたふうに言う。


「こちらに滞在させて無料で鍛えてあげるんだからそれくらいやらせないと」

「明らかに趣味ですね」

「やはりそう思いますか」


 毒づく眼鏡概念生命体イドにシルバも同意して頷く、


「ふふふっ、勇者とおくのふたりを味方に付けた今の妾に怖いモノは無い」

「洗濯物干したら特訓よ」

「は、はいっ」


 メスガキ魔王は姫騎士に言われて思わず緊張する。既に何度か姫騎士の特訓を受けていたメスガキ魔王は、姫騎士とタッグを組んだ猛特訓しごきがちょっとしたトラウマになりつつあった。

 メスガキ魔王をしごく姫騎士に、おくは苦笑いを隠せなかった。


「私も世話焼きすぎと言われますが、主も大概ですね」

「世話焼きは嫌いじゃ無いから。特に貴方を見ててそう思ったわ」

「私は好きですよ、そう言う貴女が」


 おくの言葉に姫騎士は顔を真っ赤にする。


「おくさん!」

「はっはっはっ」


 姫騎士はこのオーク分かってて言ってるな、と苦笑いして怒って見せた、



                 ひとまず完

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世話焼きオークのおくさん♂ arm1475 @arm1475

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