第7話 魔王選抜戦
王都を覆った結界が姫騎士の活躍で解ける光景を、王都から少し離れた小高い丘で見届けていた、黒い外套で身を包んだ5人の集団があった。
「魔王の娘があのオークと接触したようだな」
「奴め、なかなか尻尾を掴ませぬから苦労したわ」
「だが、これで仕留める好機がきたな」
「場合によってはあの娘も始末して良いのだろう? あれも候補者の一人」
「では征くとしよう。魔界の新時代の為に!!」
「クソデカちち女騎士!」
「このメスガキ魔王!」
王都の門前では、姫騎士と魔王との低レベル戦はまだ続いていた。
傍ではシルバとオークのおくがやれやれと持て余している。
「兎に角じゃ! お前みたいな奴のところにいつまでもおくを置いておくわけにはいかんのじゃ!」
「なんでさ!?」
「それは――」
そこまで言って魔王は慌てて口を噤む。
「何故黙る」
「そ、それは……王城が……片付かないから……」
確かにそこの
何故なら、世話焼きで片付け大好きオークのおくが10年もそれを放置しているはずが無い。
ましてや、何故10年も人間界にいるのだろうか。姫騎士はメスガキ魔王と大人げない口論をしながらも疑問に感じていた。
何かを隠している。それもとびきり面倒な事実を。
だから姫騎士はおくにその疑問を直接ぶつけてみることにした。
「おくさん、ひとつ訊いていい?」
「……何でしょうか」
険しい顔をするおくは何か察したようであった。
「貴方。お世話になった魔王の遺族を10年も放置していた理由は何?」
「魔王様に長くお使えて暇を出されただけです。これを機に、見聞を広めるべくこの人間界に来ただけです」
おくは姫騎士の不穏な様子に動じること無く、冷静に、まるで用意していたような回答を告げた。
だから姫騎士は、それは嘘だ、と見抜いた。むしろ見抜いて貰うのを承知で言ってるようで、女騎士はおくに、察してください、と言われた気分だった。
このまま追求して良いモノか、姫騎士は判断に困った。
おくに悪意は無い。そして王都を結界で閉じて問題を起こしたが特に被害も無く、ただおくを呼び寄せるためだけだったメスガキ魔王にも、人類に対する悪意を感じない。本気で悪意があるならこんな子供じみた口論だけで済む話でない。
(……おくを魔界に返してあげた方が良いのは?)
自問する姫騎士の自答は胸を締め付けられる想いだった。
本当に、オークに惚れてる。コレはマズいなぁ、と自省しながらも。
「――いつまでそんな下手な言い訳しているか?」
その時だった。
「何だこの強い魔力――」
最初に気づいたのはシルバとおくだった。
姫騎士がその反応に遅れて気づくと、街道から王都の門前に近づいてくる五人組がまとっていた外套を脱ぎ捨ててその正体を現したところだった。
「魔族――」
シルバは大きな角を生やした5人組を一目で看破した。
「……それも上位の」
「〈五凶〉」
おくが彼らの正体を告げた。
「〈五凶〉?」
「魔界の名門五家を代表する貴族です」
おくは頷いて答えた。
「とうとうここまで……」
「探したぞ。10年、意外と短いようで永かった」
〈五凶〉と呼ばれた五人の魔族で一番背の低い魔人がニヤニヤしながら答えた。
「この10年で選抜された魔人たちは99人。その数も指折り数えるだけになったが、勝ち残ったモノたちの実力はおく、貴様など足下にも及ばぬぞ」
「おく、魔王候補の本命だった貴様をようやく見つけた事で、この不毛な選抜戦に決着がつくと思うと……くくく」
「本命」
思わずおくを二度見する姫騎士。
「本命――って魔王ぉっ?!」
重大なことなので二回目は悲鳴で。
「だって、このメスガキが魔王って!」
「
「マスター、もはや誤魔化せないのでは?」
「う、うむ……」
おくが珍しい顔をして唸った。
「しかし……」
「実力主義の魔界に、腑抜けの血筋に我らが従う義務は無いのだ!」
困惑するおくたちを無視して〈五凶〉たちは挑発を続ける。
「我らは! 今日こそ! おく、お前を葬り去ってこの不毛な魔王選抜戦に終止符を打ち、〈五凶〉による新たな魔界を築こうぞ!」
「……あの」
姫騎士は困惑するおくを睨んだ。
「もう一度訊きます。どういうこと?」
おくは仰いだ。そして諦めたようにため息をついて顔を戻した。
「正直に話しましょう。私が人間界に来た理由……魔王選抜戦のことを」
「魔王選抜戦……」
姫騎士はメスガキ魔王に無困惑のまなざしを向けた。
「10年前の話です。先代魔王、つまり御姫様の御祖父ですが、あの方は私の師でありました。
50年前にこの人界に攻め入った先々代の魔王とは同じ魔神族ではありましたが好戦的な先々代に対し穏健派として人界への侵攻に異論を唱えておりましたが結局強硬派に押し切られて人界への侵攻を始めました。結果、勇者に敗北し死亡、統率者を失い混乱した魔界を治めた偉大なお方でした。
私はその魔界の混乱の中で血族を失った生き残りでしたが、先代魔王は私を引き取り、王族を庇護する執事として教育と武道を教え込まれました。先代魔王には一人娘つまり御姫様の母君が居られました。厳しい方ではありましたがそこには愛情も確かに存在し、恐らく男児に恵まれなかったあの方は異種族の私を息子のように扱っておられたのでしょう、私もそれに真摯にお応えしました。
やがて御姫様の母君は美しく成長され良き伴侶に恵まれて御姫様を授かりましたが、そこへ魔界で燻っていた先々代魔王の残党が反乱を起こし、御姫様のご両親は巻き込まれて命を落とされました。私は御姫様をお守りするのが精一杯で……」
淡々と、しかしどこか口惜しそうに語るおくに、姫騎士とシルバはいたたまれなくなった。
「先代魔王もその反乱で伏せることとなり、20年前に亡くなられましたが、その際、次の魔王候補100名を競わせ、勝った者が当代の魔王となる事を遺言で宣言なされました。私はまだ幼い御姫様の代行者として魔王選抜戦に参加することとなりました」
「20年前」
「はい」
姫騎士は傾げた。
「……先代魔王が20年前に亡くなっているって話聞いていたからずうっと引っかかっていたんだけど」
「はい?」
すると姫騎士はメスガキ魔王を指し、
「計算合わなくない?」
「いえ、御姫様は今年で」
「お、おくっ! レディの歳を軽々しく言うモノでは無いわっ!」
メスガキ魔王は顔を赤くして慌てて諭す。
「ええ……まさかこんなナリで私より年上……?」
「魔神族はエルフ同様、長命種で若い期間が長いのです」
シルバがフォローする。
「アレ、もしかして貴方気づいていた?」
「訊かれませんでしたので」
「あー、そう言う奴だったわよね貴方……、それは兎も角、もう一つ」
「はい?」
「20年前に先代が亡くなって、10年前にこっちの世界へ出奔したってことは10年間のタイムラグが」
「最初の10年は先代魔王の遺言で選抜戦の準備期間になりました。私はその間御姫様の養育に専念しておりました」
「その遺言自体お前のねつ造だったのだがな」
〈五凶〉の一人で一番体格の良い魔人が忌々しそうに言う。
「まぁお前の時間稼ぎは魔王候補者たちにも準備期間として都合が良かったのは認めよう。先代魔王にも恩義を感じる者もおったからその偽装には分かってて黙認していたのだが――正直更に10年無駄にしたのは腹立たしい」
「しかも、出奔する時、他の候補者たちを挑発しよったしな」
〈五凶〉の一人で、ひょろっとした長身の魔人がおくを指し、
「何が、我を見つけて倒してみろ、だ? その餓鬼を庇っての事だろうが、オーク風情があまりにも我らを舐めるのもいい加減にしろ」
「逃亡の果てが人間の小娘の執事とか笑わせよる」
〈五凶〉で太っている魔人が鼻で笑う。
それを見て姫騎士が睨み付けるが、五人の魔人は意に介していなかった。
「先代魔王の娘にはまだ政治的な価値があるからの所業だろうて。穏健派はまだまだ幅を利かせておるからな」
「兎に角ようやくお前をここで葬り去る機会が得られたのは僥倖。覚悟しろよオーク」
〈五凶〉で毛深い魔人が高笑いする。全員長きにわたる選抜戦に決着が付くと確信して喜んでいるようであった。
「ソレは困るわね」
姫騎士はため息混じりに言う。
「何だ人間の小娘、お前には用は無い、失せろ」
「この人はうちの執事だから、雇い主としてそんな勝手なことは許す訳には行かない」
「ああん?」
険しい顔でいう姫騎士に、〈五凶〉の魔人が睨みを利かした。
「ねぇ、おくさん」
「はい?」
「貴方、周りに迷惑掛けない為に人界へ来たのは分かるけど、それが人界に迷惑掛けたことになったの分かる?」
姫騎士はおくを横目で睨んだ。
おくは無言だった。
「もはや人界の脅威。だったら――私が斃しても構わんでしょ?」
「へ?」
最初に気づいたのはシルバだった。
目を丸くするメスガキ魔王とシルバの目の前で、毛深い魔人とノッポの魔人そして太った魔人が一斉に血しぶきを上げて倒れた。
「「な、なに――?」」
「……私が拳を放った魔人に同時に槍を打ち込むとは」
相変わらずクールに言うおくだったが、しかしその目は姫騎士の苛烈な攻撃に感心して少し大きく開かれていた。
姫騎士の槍は、おくの拳が放った目にも止まらぬ神速の居合いに追いついていたのだ。生き残った二人は余りのことに愕然とする。
そのうち小さい魔人がある事を思い出した。
「槍――
小さい魔人がそこまで言った次の瞬間、嵐のような槍の乱撃でその身が粉砕された。
「まだ同時?」
「近かったもので」
「な――」
あっという間に仲間の四人を斃され、生き残った体格の良い魔人が唖然となる。姫騎士とおくの攻撃に、〈五凶〉と自負する魔界の実力者たちがまったく理解が追いついていないのである。
「残りは一人だけど譲る?」
「いえ、最後の一人は当代の勇者様に」
おくの言葉に体格の良い魔人がやっと思い出した。
今世には、50年前に先々代魔王を撃退した勇者に匹敵する存在がいる事を。
「まさかこの娘が――」
それが〈五凶〉最期の断末魔となった。
続く
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