第6話 まおーさまは待っていた。

 かつてオークのおくが創り出した眼鏡概念生命体イドによる王都の結界は、姫騎士の機微によって打ち破られ、無事王都は解放された。

 しかし眼鏡概念生命体イドの主である魔王の行方は不明のままで、王都には次なる攻撃に備えて戒厳令が敷かれていた。


 おくたちはひとまず、王都にある姫騎士の実家で向かうことにした。概念という不可侵の肉体を持つ眼鏡概念生命体イドは、女騎士を認識してしまったことで干渉を受け入れることとなり、姫騎士によって捕縛され、そのまま一行と同行することになった。


「アンタ、本当にあの魔王ちびっこがどこにいるのか知らないの?」

(ちびっこいうな)

「さあ?」


 実家に帰宅した姫騎士は、エントランスで捕縛した眼鏡概念生命体イドを用意した椅子に座らせると詰問を開始する。しかし眼鏡概念生命体イドは悪意剥き出しに目を合わせようとせず、惚けてみせた。

 ソレを観てオークのおくがやれやれ、とため息をついた。


「本当に知らないのか」

「はい、マスターの足止めをする時に別れたっきりです」

「なんでおくさんの質問には答えるのよ」


 姫騎士は顔をしかめる。


「マスターですから」

「それだけじゃ無いですよねこれ……明らかに敵意剥き出し」


 シルバも呆れて苦笑いする。二人は完全に恋敵なのだ。


「でも部下にも告げずに行方をくらませるとは」

「いやぁ、あの方は気まぐれな方なので……」


 オークのおくは鉄仮面の上から頬を掻いた。


「私が世話していた頃は素直な方で居られましたが、年相応にやんちゃな面もありまして……私が魔界から離れる時も色々問題起こして」

(やんちゃいうな)

「そういやそんな感じするわよねぇ、あの魔王ちびっこって。あの巨大な幻影出した時のドタバタとか」

(だからちびっこいうな)

「あの」


 シルバが手を挙げた。


「シルバ殿、どうなされました?」

「皆様ちょっと宜しいでしょうか」

「別に構わないわよ、何か気になることでも?」

「はい、先ほどから変な声が聞こえませんか」

(へんなこえいうな)

「ほら」

「「あ」」


 姫騎士とおくが顔を見合わせる。


「メイド、あんた変な声出してるでしょ」


 姫騎士は声が聞こえた方にいる眼鏡概念生命体イドを睨み付ける。当然ながら姫騎士の詰問に答える気は無く、呆れるおくが質問するとようやく頷いた。


「でもマスター、私ではありませんよ」

「どういう――」


 その時おくの顔を覆う鉄仮面が二つに分かれる。中から険しい顔をしたおくの素顔が現れる。

 おくの視線は眼鏡概念生命体イドの顔を睨み付けているがしかしその意味深な笑顔を見ているわけでは無かった。

 その後ろにあるもの――。

 姫騎士とシルバはそこでようやく眼鏡概念生命体イドの背後に立つ影の存在に気づいた。


「な――?」

、魔王様」

「ほほほ、不可侵のメイドの概念魔法の応用じゃ。おくを出し抜けるのは妾くらいよの?」


 そこには黒衣の鎧と外套に身を包んだ幼女が不敵な笑顔を浮かべて佇んでいた。


「まさか……」

「このちびっこが……?」

「誰がちびっこじゃババァ」

「ば――誰がババアですってぇっ?!」

「そんなデカケツとバケツ乳してる奴は妾からみればみんなババァじゃ」


 激高する姫騎士に、黒衣のメスガキもとい魔王はあかんベェをして挑発する。


「な……なんなのこのメスガキぃ?!」

「やーい、ザコザコザコォ」

「おのれぇぇぇぇぇぇ」

「どうどうどう」


 シルバは今にも斬りかかりそうな姫騎士を羽交い締めにして制する。

 おくは肩をすくめると、やれやれ、とぼやいてみせる。


「御姫ぃ……もとい魔王様。何故このようなお戯れを?」

「無論おぬしを連れ戻すためじゃ。騒ぎを起こせば流石におぬしも出てこざるを得まい。完璧じゃったろ?」


 魔王は鎧越しにも判るぺったんこな胸を張って得意げに言う。


「聞いたぞ、おく? おぬし、エルフの森を焼き払ったそうでは無いか?」

「「「は?」」」


 したり顔で言う魔王に、おくばかりでなく姫騎士とシルバも困惑した。


「……おく、貴方、いつの間にそんな悪行を……」

「姫さ……我が主、おく殿がそんな方に見えますか?」

「絶対無い」


 シルバの問いに姫騎士きっぱり言い切る。


「確信というか恋は盲目というか……というか」


 シルバはあることに気づいた。


「エルフの森を焼いたってもしかして」

「……世話、よね」


 二人は初めておくと出会ったエルフの森を思い出していた。あのエルフの村はあの日以降リフレッシュしたおかげで更に働くようになったという。


「めっちゃ焼いてた」

「ホラホラ! そやつもいっておるじゃろ?」


 嬉しそうに言う魔王をみて、おくは思わず仰いだ。


「やはりおぬしは魔界に居るべき逸材なのじゃ! こんな人間界でうろうろしておらず妾の元に戻るべきじゃ!」

「魔王様、その件はもう何度も申したはずです。私はあの方――」


 おくはそこまでいうと言葉に詰まった。一瞬姫騎士の顔を横目で見て何かを躊躇しているようだったが、直ぐに観念したらしく言葉を続けた。


「……あの方の遺言でこの世界を回って居るのです」

「あの方?」

「先代の魔王――御姫様の御祖父です」

「え」


 姫騎士は面食らう。とはいえおくが何故この人間界に来たのか考えた時に出た推測の一つでもあったので動揺することは無かった。


(このオーク、やはり、この人間界で何かを……)

「妾はな」

「?」


 不意に、狡猾そうに笑っていた魔王が真顔になっておくに呼びかけた。


「妾は待ったのじゃ。しかしこれ以上は待てん」

「姫様……」

「これ以上お前を待っていたら――城が保たんのじゃ」

「城が保たない?」

「そこの!」


 魔王は捕縛されている眼鏡概念生命体イドを指した。


「そこのポンコツが仕事せんから城の中が片付かんのじゃ!」

「「はい?」」


 予想外の事に姫騎士とシルバが思わず口をあんぐりと開けた。


「それは魔王様が私の仕事の許容量を超える散らかし方をするからです」


 捕縛されている眼鏡概念生命体イドは真顔できっぱり反論した。静かな怒りさえ感じるそれは、姫騎士たちにも城の惨状を容易に想像出来るモノがあった。


「おく殿有能だから甘えちゃうんでしょうね」

「まー所詮ちびっこだからね……」

「さっきからちびっこちびっこうるさい! このクソデカちち女騎士!」

「黙れメスガキ!」

「また低レベル戦が始まった……」


 シルバは仰いだ。


「この無礼者め! 女騎士如きが妾にどのクチで言うか!」

「メスガキ風情が魔王名乗るなんて100年早いわ!」


 一触即発、メスガキ魔王とエロエロ脳姫騎士が火花を散らして対峙する。

 傍らでは呆れてるおくとシルバが、やれやれとぼやいていた。

 


                       つづく

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