第4話 まおーさま、襲来。

 ドラゴンゾンビ討伐から一週間後の朝。

 姫騎士の執事になったオークのおくさんは、未だ起きてこない主を迎えに、姫騎士の部屋の扉の前に立っていた。


「……我が主、朝ですよいい気加減起きてください。執務が遅れます」


 数回ノックした後、オークのおくさんは扉を開ける。

 主は一年前の“王国の危機”を救った勇者ではあるが、まだ17歳の少女である。そこそこ華のある内装で整えられた広い室内の中央にあるベッドでまだ彼女はまどろんでいるようであった。


「性癖もさることながら、この朝の弱さも改善せねばならんようだな」


 オークのおくさんは呆れたふうに言うと、ベッドの方へ歩み寄る。

 そして頭までシーツを被って寝ている女騎士の耳元に顔を寄せ、


「……お嬢様、朝です」


 相変わらずのイケボで囁くと、姫騎士はそれに気づいてがばっと、と跳ね起きる。


「……また裸で寝ておられたか」


 呆れて仰ぐオークのおくさんを余所に、一糸まとわぬ姿で寝ていた姫騎士はまだ寝ぼけ眼で辺りを見回す。そしておくさんを視界にとらえるといきなり抱きつき、


「わーい、オークだー! だいてーめちゃくちゃにしてー」

「はいはい」


 オークのおくさんは懐からハリセンを取り出すと、それを寝ぼけている主の顔面に容赦なく叩きつけた。


「ぴにゃああああああああああああああああああああ」

「主よ、朝です、起きてください」

「……はひ?」


 姫騎士はそこでようやく目が覚めた。そして顔を真っ赤にしてシーツを掴み、全裸の身体を慌てて隠した。


「やめて! 私に乱暴する気でしょ? ウスイホンみたいに! ウスイホンみたいに!」

「また寝ぼけておられるか。つか毎朝この繰り返しって何なんですか本当に」

「あ、はい」


 オークのおくさんに叱られて、姫騎士はベッドの上で正座して反省する。

 執事になってから毎朝この調子で、オークのおくさんもうんざりしているのだが、既に病気のリハビリと思って諦めていた。


「今日は一昨日要望があった,西の森の治水用件の書類を提出する日です。お早めにお着替えになってお食事を」

「わ、わかった。……ううっまたやっちやった……」


 姫騎士が頷くと、オークのおくさんは踵を返してさっさと退室していった。姫騎士は名残惜しそうにそれを見届けながら、じわじわと沸き上がる自己嫌悪に落ち込んだ。

 オークのおくさんが退室すると、廊下ではシルバがばつの悪そうな顔をして待っていた。そしておくさんの顔を見るなり何度も頭を下げて


「すみません、すみません、本当にあの人の性癖は……」

「頭をお上げください、シルバ殿が悪いわけではありません。病気は簡単に治らないモノです。気長に行きましょう」

「はい……」


 オークのおくさんとシルバはダイニングルームに向かい、姫騎士の到着を待つ。

 まもなく執務用の服に着替えた姫騎士がやってくると、いつの間にかオークのおくさんの姿がいなくなっていた。しかし直ぐに朝食を持って現れ、姫騎士がテーブルに着くのと同時にその正面に暖かい朝食を綺麗に並べてみせる。


「あのタイミング……自分には真似出来ないなぁ」


 シルバはオークのおくさんの手並みに感服する。


「魔王に使えていただけの事はあるが……んー」


 魔王。一角獣のシルバは50年前にこの人界に攻め入ってきたというその存在と見た事は無い。彼もまた魔王と人類の戦いの後に生まれた若い聖獣であり、口伝でしかその存在を知らなかった。

 その存在も、オークのおくさんの言葉が正しいのならば20年も前にこの世を去っているという。


(……だったら、は……)


 その時だった。

 突然,ずしん、と室内が揺れる。

 地震かと思われたそれはしかし、大地を揺らしたモノでは無く、上空から発生した衝撃波がもたらした振動だという事を三人は直ぐに理解した。


「何事です?!」


 姫騎士が立ち上がる前に、オークのおくさんが既にダイニングルームの窓に駆け寄り外を確かめていた。

 続いてシルバも窓に駆け寄り、窓を開けて上を確かめる。


「シルバ殿、不用意に開けると危険です」

「あ、はい!」


 敵の襲撃の可能性を考慮していなかったシルバは自分の迂闊さに舌打ちするが、しかし衝撃波をもたらしたとおぼしきモノを上空に確かめると唖然となった。


「……なんだ……あの影……」

「巨大な……影?」


 姫騎士がシルバの肩越しに身を乗り出して上空を確かめ,同様に唖然とした。

 一方でオークのおくさんは安全を確かめるとゆっくりと窓を開け、上空を見上げて同じモノを見るが、険しい顔を一瞬閃かせるがその影を凝視した。


「――聞け、人間どもよ。妾は魔王なり」


 すがすがしい晴天の空を不作法に占めるその影は、先ほどの衝撃波に負けないくらいの大声で名乗って見せた。


「妾はこの世界にある男を探しに来た。隠しても無駄だぞ?」

「……探しに来た?」


 姫騎士とシルバは困惑するが、直ぐにオークのおくさんの方を見た。直感だった。

 オークのおくさんは無言のまま空を見上げていた。


「下手に隠しようモノならば貴様らを皆殺しにしてでも見つけてやるからな。その男の名は」


 影がそこまで言うと突然影が消えた。

 消えたと言うより,何か前のめりに転んで画面からフェードアウトしたふうにも見える


「――何をする?!」


 影はフェードアウトしたままだが声は聞こえたままだった。


「……え、そんな乱暴な口の利き方では逆効果? 口が悪いのは魔王の性分じゃ!」

「……何かあの影、誰かとしゃべってません?」


 シルバは困惑した顔で言う。


「やれやれ……」

「ん?」


 姫騎士はオークのおくさんが呆れかえっている事に気づいた。


「――ええいっ! やかましい、妾に任せとけっ!」


 フェードアウトしていた影の声がそう怒鳴ると、声の主が再び晴天に戻ってきた。

 ところが今度は何故か影では無く、人の上半身が晴天に映り込んでいた。

 それは角の生えた、マントを羽織った金髪のかわいらしい幼女であった。


「オークのおくよ、隠れても無駄だ! 大人しく妾の元に――え? 映っちゃってるってぇ?!」


 転んだ拍子に顔を隠すフィルターが外れてしまったようである。どうやらボイスチェンジャーも使っていたらしく、迫力のある声が甲高い子供の声に戻っていた。


「あー、やだもー!! 切るっ!」


 再び空は晴天に戻った。


「……何ですか今の」


 シルバはどう反応して良いのか困った顔でオークのおくさんを見る。


「おくさん……もしかして……今の魔王を名乗った幼女は」


 姫騎士が酷く戸惑った顔で訊くと、オークのおくさんはゆっくり頷いた。


「はい。彼女が現在の魔王です」



                つづく

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