第3話 姫騎士、その性癖につき。

 王都から早馬でやってきた討伐隊の先発がエルフの村に到着したのは、死霊竜がオークのおくさんに一撃で屠られた翌朝であった。


「いやぁ流石はひ……いや、英雄騎士殿、我々が到着する前に既に片を付けて居られていたとは」


 討伐隊の隊長は出迎えた姫騎士から今回の異変の事情説明を受けて了解し、安心した顔で討伐隊を引き上げさせた。

 姫騎士は、死霊竜を斃したのは自分だと説明していた。オークのおくさんのコトには一切触れず、エルフの村の人々も口裏を合わせて一切彼の事には口にしなかった。

 一介のオークが、素手で、死霊竜を、一撃で斃したなどと信じられるだろうか。

 そしてもう一つ重大な事実を、姫騎士と従者のシルバは隠したままでいた。



「……あなた、魔王の縁のモノなの?」


 エルフの村の酒場で、険しい顔をする女騎士はオークのおくさんに詰問した。


「ノーコメントで」


 ストゥールに座るオークのおくさんは表情一つ変えず応える。


(要するに否定はしないのね)


 姫騎士は肩を竦めた。


「……で。あなた、この後どうするの」

「この後と申しますと」

「このままエルフの村に居座る気?」

「いえ。明日にでも発つつもりです」

「どこへ?」

「気の向くままに」

(……まだ、何か隠してるなこりゃ)


 魔王の、人界への再度侵攻のための偵察目的の可能性も否めない。姫騎士はこのまま放って置くわけにはいかなかった。

 とはいえ、害をなす存在にはどうしても見えないのである。姫騎士は今後の事をどうするか考え込んだ。


(……だいたいオークのくせに陵辱しないとかもうどういう神経してんのかしら。こんな美しい女騎士を前にうへへこのおんなおびえてやがるぜだったらオレのちんぽでよがらせておんなのよろこびおしえて孕ませてやるとかなんでしないのぉ!!」

「我が主、心の声がただ漏れです」

「――っ!!?」


 余りの事に姫騎士、酒場の隅に駆け込んでしゃがみ込んでしまう。


「どこから! どのあたりからだだ漏れぇっ!?」

「ほぼ冒頭から」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「……オークの事そんなふうに思って居られたとは」


 オークのおくさんは呆れたふうにいうと姫騎士は泣き出した。


「あああああっっ! 全部、全部あのウスイホンが悪いのよォッ!」

「ウスイ……ホン?」


 オークのおくさんは険しい顔になった。どうやら心当たりがあるようである。


「旧文明の遺物にそんな書籍があったと聞きます。なんでもオークがふしだらな行為をしていると記していたとかで」

「そ、そう! それよ! てかなんで知ってるのっ!」

「かつて魔王様から聞いたことがあります」

「魔界側にも知られているのアレ……ってか


 姫騎士はそれを聞き逃さなかった。

 オークのおくさんは、ああっ、と失言を悔やんだ。しかし溜息を吐くと観念したふうに応えた。


「……幼い頃の話です。戦火で親を亡くし路頭に迷っていた私を魔王様が拾って下さいました。何故私を拾われたかは存じておりません。あの方は気まぐれな方でおられましたから。そして魔王様の元で学問や作法を学び、執事として仕えておりました」


 それを聞いていた姫騎士とシルバは、ああ、と納得した。この物腰、それなりの教育を受けていなければ身につくはずも無いが、それを教え込んだのが魔王ならば、あの戦闘力も理解出来る。


「というか、魔王ってまだ生きているの?」

「20年前に亡くなられております」

「マジで」

「はい」


 女騎士とシルバは思わず顔を見合わせた。


「「」」

「私は正直に話しましたよ、騎士様」

「はい?」


 オークのおくさんに詰められた女騎士はきょとんとする。


「ウスイホンの話です。いつ、どうやって、それを知りました?」

「あ……」


 姫騎士は返答に窮して逡巡するが、シルバにも睨まれてしまい、孤立無援となる。

 結局、どうやってそれを知ったのか正直に応えるしか無かった。


「……なるほど。10歳の時に、家の蔵で、ですか」

「だ、だって! ただの絵本だと思っていたから!」

「と言う事は、ですよ」

「はい?」

「騎士様、ここまでのあなたの言動から推測出来ました。あなた、それで面倒臭い性癖が付いてしまったのですね」

「性……癖……?」

「ええ」


 オークのおくさんは咳払いし、


「私が言うのも何ですが――

 

 クリティカルヒットだった。判っていたのにあえて目を背けていた現実を突きつけられて、姫騎士はそのまま気絶してしまった。



 姫騎士が次に目を覚ましたのは部屋のベッドの上であった。

 寝間着に着替えさせられていたが、乱暴された形跡は無い。

 起き上がって室内を見回し、そこがエルフの村の宿らしい事は理解出来た。

 他には誰も居なかった。愛用の鎧と槍はハンガーへ丁寧に掛けられていて、よく見たら綺麗に磨かれていた。


「一体誰が……」


 呆然としていると、扉をノックする音が聞こえた。


「……入室失礼します」

「この声は――おくさん?」

「お目覚めでしたか」


 扉を開けたのはオークのおくさんだった。その横には食事を載せたトレイを持つシルバも居た。


「失神されたのでお部屋にお連れしました。あ、着替えは宿の奥方にお願いしましたのでご安心を」

「あ……はい」


 姫騎士は複雑そうな顔をしてオークのおくさんを見ていた。そして先ほどの事を思い出し顔を真っ赤にしてまたベッドの布団の中に隠れてしまった。

 それを見てシルバは困った顔で仰いだ。


「……我が主。寝ている間におくさんと相談したのですが」

「相談?」


 姫騎士は布団から顔を出した。


「シルバ殿、あとは私が。騎士様、相談というか提案なのですが――どうでしょう、私を執事として雇うのは」

「ひ、ひつじぃ?!」


 姫騎士は素っ頓狂な声を上げた。


「これは僕が提案した事でもあるのですが、我が主のその抱えている心の問題を直すには多少の荒療治が必要かもしれません。このままでは我が主は遠からずオークを前に敗れるかもしれません」

「敗れる……」


 姫騎士を、陵辱される自らの姿が過ぎる。


「ほら、そう言うえっちな事考えてると自分から負けに行くかもしれませんし」

「何で筒抜けよっっ!」

「訊くまでも無いでしょ……」


 シルバは、はぁ、と溜息を吐いた。


「そこでですね」


 オークのおくさんが割って入る。


「私を執事として仕えさせて、あなたの抱えているオーク像を払拭させて、オークに対する耐性をつけるのです」

「耐性、ですか……」


 姫騎士は、確かに理に適っている提案ではあると思う一方、従来のオーク像からかけ離れているこのオークのおくさんで可能なのか、と言う疑念が湧いていた。正直オークと言うよりオーガの類いと言われたほうが納得出来る。 

 しかし、ウスイホンに出てくるソレや、実際に辺境の地で暴れているようなオークでは理性がどこまで保つか判らないのも事実である。理想的な荒療治であった。


「でもおくさん、それって、他の仲間に……」

「私は、育ての親である魔王様から、信念に生きろと教え込まれてきました」

「「信念?」

「魔王様の元から離れて10年、様々な地を渡り歩き、様々な事を学んできました。この身分ゆえに迫害もされましたがしかし、私は私が信じる想いを貫き通してきました」


 そこまで言うとオークのおくさんは一瞬、物憂げな貌を見せて仰ぐ。そして拳を強く握りしめ、


――魔王様が私に遺した最期のお言葉です」

「――」


 姫騎士はそれを聞いて思わずきゅんとする。同時に、ヤバい、と焦った。

 こんなイケメン、今どき人間でもいない。何でオークなの、と心の中で仰ぎ、また布団の中に顔を引っ込めてしまう。


「その誇りが、今、騎士様が抱えているオークに対する歪んだ偏見を正せと命じているのです」

「でも……」

「まだ何か心配でも?」


 オークのおくさんがベットに隠れている女騎士の顔を覗き込んで訊く。

 姫騎士はばつの悪そうな顔をもじもじしながら布団の中から出す。


「……本当に……アレな事は……」

「正直に申し上げますが」


 オークのおくさんはそう言って一呼吸置いて、


「私は異種姦に興味などありません。ていうか人間キメェマジキメェ」

「あ、はい」


 こうしてオークのおくさんは姫騎士の変な性癖矯正を目的として執事として使える事になった。



 ほぼ同じ頃。


 エルフの村の更に西の方角にある山中で巨大な魔力が一瞬噴き上がり、黒い穴が空間に出現した。

 その中からゆっくりと、二人の人影が立ち上るように現れる。


「ここか、あやつが現れたという地は」

「報告に間違いなければ」


 漆黒のメイド服に身を包んだ一人は、恐らくは仕えている相手であろう、頭一つ小さい漆黒のインバネスに身を包んだもう一人の質問に頭を下げて恭しく応えた。


「――10年」

「はい?」

「10年も経つのだよ、あやつが断りも無く妾の元から出奔してからな」


 インパネスの主は忌々しく言う。


「10年も器用に逃げ回りおって――今度こそから逃れられると思うなよ、め」



                         つづく



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