第2話 オークでも執事ですから

 王都に、姫騎士から送られた西のエルフの村へオークが襲撃したという伝令の鳩が到着した。

 だが既に、王都では西のエルフの村の緊急事態に対する討伐隊が結成されており、出撃の準備の真っ最中であった。


「……国王、からの通信文です。西のエルフの村の緊急事態に出動されたとの事」


 宰相が姫騎士から届いた通信文を王の間に持参して国王に報告を始めた。


「おおっ、我々より先に動くとは流石だ! ……宰相よ、どうした?」


 国王は何故か傾げる宰相を見て訝しがった。


「はい。……

「はい?」


□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□


「陵辱がないでしょッッッ!」

「はい?」


 と名乗った、執事服に身を包んだイケボのオークは、突然やってきた姫騎士の珍妙な叱責にきょとんとした。


「オークと言ったら! いいいい、いやらしいことするのが世の常でしょっ! ちんぼとか! こぼうびだとか! はらめとか!」

「……あの」


 オークのおくは、姫騎士の隣で頭を抱えているシルバに困惑した顔を向け、


「従者の方、この騎士様、失礼ですが何か病んでおられるのですか?」

「……奇遇ですね、私も今何となくそう思いました」

「シルバ! ごちゃごちゃ言ってないで斃すわよ!」

落ち着いて」

「姫言うなっ!」


 姫騎士は握りしてめいた三方十字槍クロスを振りかざして怒鳴った。姫騎士は完全に頭に血が上って錯乱状態にあった。


「マダム、ちょっと失礼」

「あーん、気持ちよかったのに」


 オークのおくがマッサージを止めて離れると、ぽっちゃりエルフは名残惜しそうにいう。


「ほらみなさい! オークちんぽでエルフがすっかりメロメロじゃない」

「いやあれどうみても整体マッサージですよ……」 


 シルバが暴れている姫騎士をなだめていると、オークのおくが奥のテーブルにあったデザートをいくつかトレイに乗せてもってきた。


「この村の近辺で取れる果実です。ご所望ならこれで作りますから選んで下さい」

「それはフルーツポンチだぁっ! 私が言ってるのはフルーツちんぽだ!」

「落ち着いて」


 姫騎士、あきれかえったシルバから後頭部にチョップを食らう。


「しぃるぅぅばぁぁっ! いきなりなにすんのぉっ!」

「冷静になって下さい。このオーク氏、何も悪さしてませんし、それにあなたエライ事口走ってますよ」

「なによ!」

「ちんぽ」

「そうよちんぽ」


 次の瞬間、姫騎士はようやく自分が口走ってる単語に気づいて顔を真っ赤にし、しゃがみ込んで頭を抱える。


「何言ってのわたしそんなそんなちんぽちんぽちんぽだなんてなんてちんぽちんぽ」

「……やっぱり病んでますねこの騎士様」

「この村に頭のお医者様はおりませんか」

「大丈夫よっ! 頭大丈夫だからあっ!」


 姫騎士は真っ赤な顔で半べそ掻きながら怒鳴った。


 数分後、何度か深呼吸してようやく冷静さを取り戻した姫騎士は何事も無かったように立ち上がり、改めてオークのおくに向かい合った。


「ハンカチ使います?」


 オークのおくは胸ポケットにしまっていた白いハンカチを取り出して、まだ涙目の姫騎士に差し出した。


「涙なんてほっとけば乾きます。……こほん。私はこのエルフの村がオークに襲われたと聞いてゃってきました」

「はぁ」

「ところが来てみたら、外ではエルフの男たちは酒瓶抱えて寝てるわ、集会場にやってきたらエルフの女たちはオークであるあなたにエステ受けて悦に浸っているわ……何なんですコレわ?」

「何なんですか、と言われても」


 オークのおくは顎に右手を当てて傾げる。イケボもあってその仕草はスタイリッシュに見えてしまう。


「私は単に、このエルフの村の方達がお疲れのようでしたから、日頃の苦労を労っていただけです」

「労う……?」

「昔からこのエルフの村の方達は、魔界の門を塞ぐ遺跡の管理で大変苦労されていると聞いてました。先日この村に寄る機会がありましたので折角でしたから」

「すっごいのよ、そのおくさんのテク」


 先ほどおくに整体マッサージを受けていたぽっちゃりエルフが頬を赤らめて言う。


「ほらやっぱりちんぽの虜に」

「ちょっと黙ってて下さい我が主。エルフのマダム、詳しく」

「ええ、良いわよ坊や」


 ぽっちゃりエルフは起き上がって、顔に貼っていたレモンパックを剥がしながら笑う。


「確かに最初はビックリしたわよ、オークだったから。でも害意は無かったし、試しに料理手伝って貰ったら凄く上手でね、お任せしたら今まで食べた事の無い豪華な料理用意してくれてね、村のみんなにも振る舞ってくれたのよ」

「料理だけじゃ無いのよ、食材の狩りや、壊れた道具や村の設備の修理もあっという間に」


 オークのおくのエステを満喫していた他のエルフの女たちも、その仕事ぶりに惚れ惚れしたふうに言う。


「で、その人たちは」

「ずうっと働きづめだったから、仕事無くなってみんな久しぶりに休んでるのよ」

「それで酒瓶抱えて寝てるとかちょっと極端すぎやしませんか」

「うちの男たち、働くのが趣味みたいな連中ばかりだからねぇ。年越しの祭りくらいかしら休むのって」

「……私、エルフって長生きするから悠々自適に暮らしていると思ってました」

「余所はそうかも知れないけど、うちの村はねぇ」


 ぽっちゃりエルフは集会場の裏のほうを見る。


「貴女の所の王様から魔界の門の監視頼まれていたからねぇ」

「集会場の裏って確か……」


 姫騎士はある事を思いだした。


「例の遺跡があるところですね。――魔王が逃げ帰った魔界へ通じる門を封じた」


 シルバは険しい面持ちで遺跡がある方向を見つめた。


「でもこんな状態で遺跡の管理なんて出来るんですか?」

「まー、たまにはこういう息抜きも良いんじゃ無いの?」

「だいたい、出てこないわよ、もう魔王なんて」

「ねー?」


 エルフの女たちは、うんうん、と頷いた。

 そんな時だった。

 突然地響きが起こり、凄まじい咆哮が轟いた。


「「「な、何事っ?」」」


 エルフの女たちが悲鳴を上げる中、姫騎士とシルバだけがその咆哮の主の正体に気づいていた。


「まさか――」


 二人はとっさに集会場を飛び出し、遺跡のある方向を見た。

 遺跡の上空にはあろう事か、森を包み込むくらいある巨大な翼を拡げて、邪悪な頭を振り上げている死霊竜ドラゴンゾンビが滞空していたのである。


「……魔界の竜……っっ!」

「片角が欠けてます……資料で読んだ事があります、アレは魔王を追い払った時に殿を務めていた竜人将が最期に化けた姿によく似てます!」

「まさか――」

 

 姫騎士は集会場のほうへ振り向いた。

 驚いて集会場から逃げ出てくるエルフの女たちの間から現れたオークのおくの姿を見つけると、姫騎士は三方十字槍クロスを振りかざして睨み付けた。


「あれは魔界から出てきた死霊竜ドラゴンゾンビよね!」

「はい」


 問われて頷くオークのおくはこの事態においても全く動揺もしていない。まるで――



 オークのおくは浮遊する死霊竜ドラゴンゾンビを仰ぎ見ながら答えた。

 その眼差しにシルバはどこか悲しみを感じたが、切迫したこの状況では理解する暇など無かった。


「お前、これが狙いかっ!」


 姫騎士は振りかざした三方十字槍クロスの穂先をオークのおくに向けて一喝する。


「エルフたちを堕落させて封印を解かせ――」

「我が主、妙です」

「何っ?」


 シルバは死霊竜ドラゴンゾンビの下にある遺跡を指した。

 小山ほどもある古代文明の遺跡は流石に古びて崩落している箇所はあるが、竜によって破壊されてた様子は無かった。


「つまり、遺跡の中から出てきたわけでは無く――」


 姫騎士がそこまで言った時、オークのおくが飛び上がり、集会場の屋根を軽々と越えると、死霊竜ドラゴンゾンビ目指して一直線に遺跡の間を駆け抜けていく。

 それに応えるように死霊竜ドラゴンゾンビは大きく息を吸う。


「あれは竜の放射ブレスの予備動作!?」

「姫様! 死霊竜ドラゴンゾンビは爆炎では無く即死効果のある猛毒を放ちます、回避を――」

「この距離では間に合わ――」


 次の瞬間、オークのおくは死霊竜ドラゴンゾンビの頭蓋を蹴りの一閃で吹き飛ばしていた。そして同時にその腐敗した身体に蹴りの衝撃波が走り抜け、あっという間に爆散した。


 わがおうよりでんごんです やすらかにねむりたまえ


神馬ユニコーンたるシルバのみが、オークのおくが呟いたその弔いの台詞を混乱の中から聞き分ける事が出来ていた。


                     続く

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