世話焼きオークのおくさん♂

arm1475

第1話 姫騎士、おくさんに出会う

 この世界には遙か太古、今とは異なる文明があった。

 それがどのような文明だったか、識る術は限られていた。

 その術の一つである、当時の出来事を記したとされる書物は比較的発掘される数が多く、庶民にも窺い知る事は可能であった。


「うへへ これでおまえはわれわれのせいどれいだ」

「くっ ころせ」

「いきがるのもいまのうちだ ほらごほうびのおーくちんぽだ」

「らめぇ」


 彼女は偶然見つけた、自宅の宝物庫の奥にしまわれていた、「ウスイホン」と呼ばれる少数枚の紙を重ねて作られた書物に書かれている古代文字は読める事は出来たが、文字が書かれている挿絵が何を語っているのかまでは理解出来なかった。

 まあ発見当時は10歳の身では無理も無い。

 それでも、彼女の心にそこそこ刻みつける何かはあったようで、数年後、そのウスイホンが何を描写しているのか理解出来る年頃になると、彼女はそれを励みに剣を振り続けた。

 姫騎士。王族の身で16歳の頃王国の危機を救い、王国を守護する聖騎士と謳われるまでに成長した彼女は、今日もあのウスイホンに描かれていた悪夢が起きないよう、王国の平和を守る戦いを続けている。


 立派な騎士になったら、オークを皆殺しにしてやる。犯される前にオーク死すべし。


 でも。


   *   *   *   *   *   *


 その報は姫騎士が午後の鍛錬を終えて休憩していた時に、従者の少年からもたされた。


「……西のエルフの村がオークに襲われた? シルバ、それは本当ですか?」

「はい……」


 シルバと呼ばれた従者の少年は姫騎士に睨まれて怯む。シルバはまだ1年しか仕えていないが、その僅かな間だけでもこのストイックな主君が、剣の腕前が王国一である事と、邪悪な魔界の住人オークを激しく忌み嫌っている事を直ぐに理解出来た。

 特に後者に関しては彼の理解の範疇を超えたレベルにあったために、最初はオークにかつて陵辱されたのでは無いかと思ったのだが、


「今日、村にやってきた行商人の話ですが……ここから西にあるエルフの村にオークが現れてになったとか」

「西のエルフの村ですか……」


 姫騎士は口にしていたティカップをテーブルの上に置くと暫し仰ぎ、


「出ます」


 姫騎士は颯爽と席から立つと、壁に掛けられていた巨大な磔を思わせる三方十字槍クロスのほうへ進み、その黄金の柄を掴んで軽々と薙いだ。爆炎を放つ火喰竜サラマンダーや、鎌鼬で切り裂く翼竜ワイバーンを一撃で屠ってきた三つ叉の大槍は、姫騎士の無双ぶりを語る上で欠かせないシンボルであった。


「あ、でもまず王に報告を……」

「私には王国の守護を優先すべく独自判断の権限を与えられている事を忘れましたたか?」

「あ、はい」

「それに、あの村は50年ほど昔、魔王が現れた遺跡がある場所です」

「魔王……」


 シルバは魔王の事は伝承でしか知らない。無論、齢17であるこの若き姫騎士もその目で見た事は無いはずである。

 伝承では苛烈を極めた魔王との戦いは人間側の勝利となり、手傷を負った魔王は這々の体で魔界へ逃げ帰ったとされる。その後、魔王が現れた遺跡には封印が施されて、以来その地から魔界からの侵略は行われていない。


「魔界の侵攻はこの十年ありませんが、この先全く無いとは言えませんし、遂に始まったのかも知れません。ならば、一刻も早く確かめるのが賢明です」

「では王都には伝令を向かわせます」

「伝書鳩で足ります」

「判りました」


 シルバは執事に声を掛けてその旨を伝えて王都に伝書鳩を送るよう指示した。

 その間に姫騎士は愛用の白銀の鎧に身を包み、道中用のマントを翻して邸宅の重い扉を押し開けて出て行く。騎士という称号を持ちながら徒歩で現地へ赴くつもりか。


「姫様、お待ちを!」


 その後ろ姿を見てシルバが鞍を抱えて慌てて追いかける。


「姫と呼ぶなと言ったであろう」


 不機嫌そうな姫騎士は一瞥もくれずに言う。


「失礼」


 そう言うとシルバは頭を下げる。

 それは無礼への謝意ではない。

 シルバの全身が輝く。額から七色に輝く角を生やし、次第に人から馬へと変化していく。


「行くぞ」


 姫騎士はシルバが変身中に背負った鞍に華麗に跨がり、三方十字槍クロスを携えて西へと駆けていく。

 一角獣ユニコーンに選ばれし、巨大な槍を持つ乙女の騎士。その画は数多の芸術家にとって垂涎のモチーフであろう。

 難を言えば、この姫騎士が先ほどから興奮した顔で、オーク、オークと呟いているくらいか。


(……姫様、オークの事となると何でこう、こんな変になるんだろ?)


 一角獣ユニコーン形態となって疾走するシルバは、鞍の上で不断、他人には見せないアレな表情をする主君に一瞥をくれて苦笑いした。


 伝説の神馬の脚は数日かかるであろうその行程を僅か数時間で果たしてみせた。

 陽が傾き始めた頃に西のエルフの村に到着した姫騎士とシルバは、村の異変に気づいて警戒した。


「シルバ」

「はい」


 人型に戻ったシルバは鞍に下げていた荷物袋から取り出した弓を構えながら答える。


「何ですかこれは」

「はい……」


 一言で言うなら、オークに襲われたはずの村は無事だった。襲われたという割りに、建物には火も付けられていないし、死体一つ転がっていない

 転がっているのは酔いつぶれているダメそうなエルフの男たちであった。


「エルフが駄目になっているので間違ってはいないようです」

「いやシルバ冷静に分析しなくて良いから。……いくらエルフが長生きで厭世的な考えの主が多いとはいえ何ですかこのていたらくは。ほら、しゃきっとしなさい」


 姫騎士は近くで酔いつぶれていたエルフの男を抱き起こした。


「答えなさい、いったい何があったのです?」

「あー? ……あー、はい、歓迎会ですよぉ」

「歓迎会? 誰の」

「そりゃあ、あんた、の。あっはっはっ」


 そう答えるとエルフの男はご機嫌そうに笑い出した。酔っ払いすぎてまともに相手出来そうにない。姫騎士は呆れたふうに溜息を吐いて立ち上がる。


「……結婚式でもあったのでしょうか」

「どなたかの奥様の歓迎会をしていたみたいですね」


 シルバは村の中を見回したが、見えるのは道ばたで酒瓶抱えて酔いつぶれているエルフばかりである。

 姫騎士はエルフたちが抱えている酒瓶を見て傾げる。


「銘柄はまちまちですね……この酒がオークと何か関係があるのかと思ったのですが」

「我が主、向こうのほうから女の声が聞こえます」

「おんなのこえっ?!」


 それを聞いた姫騎士が素っ頓狂な声で叫ぶ。

 余りにも酷い豹変にシルバは姫騎士を見つめて困惑する。


「と、とにかく行きましょう。オークに襲われている可能性がありますぅ」


 姫騎士は咳払いするが、妙に高ぶってる自分を必死に押さえようとしているのはシルバにも直ぐに判った。もしかしてオークを早く殺したいのであろうか。不断の淑女ぶりからはそんな一面など窺い知る事は無く、姫騎士の愛馬はますます困惑するばかりであった。


「ほら、行きますよ」


 姫騎士は困惑したままの従者を急かして、先ほどの声がした方向へ進む。

 声の発信源は、村の中心にある集会場であった。


「何か凄く気持ちよさそうな声が聞こえますね」

「……ああ……オークにヤラレてるんだわコレ」

「はい?」


 シルバは主君の口調から得体の知れない違和感を覚えた。

 一言で言うと、下品。シルバは、いやいや気のせい気のせいと頭を振った。

 しかし何故だろうか。この姫騎士が、はぁはぁ、と興奮しているのは。何かを期待しているように見えるが、シルバにはその理由にまったく心当たりが無い。

 やはりオークをこの手に掛けたい一心なのか。まるで北の国にいるとされる狂戦士バーサーカーであるが、人道と忠義を重んじる騎士道の体現者には真逆である。この乙女の騎士にはそれだけはあり得ない。


「イキますよ、シルバっ!」


 従者の思惑などつゆ知らず、姫騎士は集会場に駆け寄り扉を蹴り開けた。


「オークっ! それ以上の狼藉はこの私にも、じゃないこの私がゆるさ」


 一部意味不明な事を口走りつつ一喝した姫騎士は、そこまで言って固まってしまう。

 出遅れて慌てて追いかけてきたシルバが集会場に入ると、彼もまたその室内の光景を見て固まってしまった。


 室内には確かにエルフの女たちが集まっていたが、はそこには無く、代わりに、全員水着姿でベッドの上で和やかにキュウリやレモンを顔や素肌に貼りつけて横たわっていた。


「エステテックだコレ」

「お――オークはどこにいるのですっ!」


 姫騎士は半べそでキレた。


「おーくぅ?」


 近くにいたエルフの女が反応する。


「おくさんなら奥にいるわよ、ほら」

「奥さん?」


 姫騎士は戸惑いながら指した方向を見る。

 そこには執事服を着た、少し顔色の悪い大男がぽっちゃりしたエルフの二の腕をマッサージしていた。


「あー、いいわぁ、流石おくさん……ほぐれるわぁ」

「毎朝水を汲みに行っていたのですね、かなり凝っていましたよ」

「あら判るのぉん、流石おくさん」


 イケボの大男から整体マッサージを受けているぽっちゃりエルフは緩みきった顔で微笑んだ。


「こっちはエステで駄目になってる」

「これが……」

「そういえば、って話でしたっけ。……ああ、そういう」


 シルバは行商人の話を思い出して、ああ、と傾げた。

 その横にいた姫騎士は、肩をわなわなと震わせる。


「陵辱がないでしょッッッ!」

「ちょっと失礼」


 アレな怒鳴り声に気づいた大男が整体マッサージを止めて、姫騎士のほうへ近寄ってきた。

 姫騎士とシルバはそこでようやく気づいた。

 エルフたちからおくさんと呼ばれていたのは決して誰かの妻では無く、この執事服を着たイケボな大男だという事と。


「……ひょっとして……」

「この人……いや、?」

「如何にも」


 おくさんは頷いた。


「お初にお目に掛かります。オークのと申します」


                     続く

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