第5話 メイド、襲来

「今のが……まおー?」


 姫騎士は酷く困惑しながらオークのおくさんに訊いた。


「あの……私には金髪の可愛い幼女にしか見えなかったのですが」


 シルバも手を上げておくさんに質問した。


「それともあれかしら、私もシルバも目がおかしくなったのかしら」

「あの方が幼女以外のモノに見えるならそれはかなりお疲れの方でしょう」


 そう答えてオークのおくさんはため息をついた。

 それを見て姫騎士は頭を掻き


「……ちょっと事情聞いて良いかしら」

「お応え出来る範囲ならば」

「おくさん、アナタもしかして彼女に追われてる?」

「追われいると言えば追われているのかもしれません」

「――まさかアナタ、あんな幼女に手を出したとかっ!?」

「主、流石にそれは無い」


 シルバは呆れて突っ込む。


「あと変な妄想で興奮しないでください、人として最低です」

「あ、はい」


 例の妄想癖で興奮気味な姫騎士はシルバに叱られてしょぼくれる。


「それよりも、です」


 シルバは傾げながらオークのおくさんに訊く。


「あなたが使えていたという魔王は20年前に死んだと聞いていましたが、アレはどう見ても成人には見えませんよ?」

「疑問はごもっともです。あの方は、私がお仕えしておりました魔王様のお孫です」

「「孫?!」」


 姫騎士とシルバは声を揃えて驚く。


「魔王様が亡くなられてから、私は先代魔王様の命でご遺族にお仕えしておりました。10年前にあの方が魔王を襲名された時に、私はようやく肩の荷が下りたと思い、先代魔王様から託されていた使を果たしにこちらへ来たのですが……」

「使命?」

「申し訳ありませんがそれはまだお話し出来ません」


 オークのおくさんは頭を下げた。

 シルバも姫騎士もそれ以上は訊かなかった。どのみち知る事になるだろうし、それは間違いなくこの紳士なオークの口から聞けるはずだと察したからであった。


「で。ね」姫騎士は困った顔で仰ぎ、「アレは、私たち人類にとって有害な存在になるの?」

「あの方が有害になるような事はまず無いでしょう」

「魔王なのに?」

「はい。何故ならあの方は――」


 オークのおくさんの説明を、突然窓から飛び込んできた鳩が遮った。


「これは王都の伝令の鳩?」


 困惑する姫騎士の横で、シルバがある事に気づいた。


「これは赤管です! 火急の報!」

「まさか!?」


 姫騎士は慌てて飛び回る鳩をキャッチし、その足につけてあった赤い鉄管の中に仕舞われていた伝令核を取り出す。そこに写したモノの一定の時間の音声と映像を記録出来るそれはこの世界で伝達に欠かせない魔法の石であった。


「〈再生〉」


 伝令核を受け取ったシルバがそれをかざして短い詠唱をすると、石の中から映像が室内に拡がった。

 そこに映し出された、王都の外郭を警護する近衛兵団の青ざめた団長の顔を見て、姫騎士は事態の深刻さを最初に理解した。


『騎士様、一大事です! 王都が結界に覆われて封じ込められてしまいました! 我々の手ではこの結界を説く事が出来ませぬ! 至急王都へ向かわれたし!』

「結界」


 オークのおくさんがその二文字に反応したのをシルバは見逃さなかった。


「おく殿。心当たりがあるのですか」

「魔王の配下に結界を得意とするものがおります」

「そやつの仕業か」


 姫騎士がオークのおくさんに詰問する。事態の深刻さにいつまでも不抜けている場合では無い事は姫騎士にも分かっていた。だからオークのおくさんは黙って頷いた。


「どんな奴か?」

「メイドです」

「「はい?」」


 その返答に女騎士とシルバは耳を疑った。


「メイドって、女中のメイド?」

「そう説明するしか無いのですが……結界近くでメイドを見かけたら、それが結界を作っておりますので制圧すれば解決するはずです」

「てかメイド以外は何か情報は無いのですか」

「それだけです」


 どこか意味深げに言うオークのおくさんを、姫騎士は険しい顔をするが、しかし現状を鑑みて肩をすくめるだけにとどめた。


「今は王都を覆うあの結界を払う事が先決。時間が惜しい、直ぐ出立する、シルバ!鎧と槍を持て! それと、おくさんに例のものを!」

「例のもの?」


 オークのおくさんは傾げた。


「これです」


 掛けられていた姫騎士の鎧と三方十字槍クロスを担いできたシルバが、もう一つ咥えて持ってきたものがあった。


「鉄仮面?」

「こんな辺境の地なら兎も角、王都では流石におくさんの素顔は不味いかと」

「ああ、怖がりますよね普通」


 オークのおくさんは納得して鉄仮面を被った。


「……当然外面は私には見えませんが何かかえって怖くなったような気がします」

「暫定です! あとでもっとイケメンの格好良いマスク用意させます!」

「御意」


 そう答えるとオークのおくさんはダンサーのように身を翻しながら詠唱する。


「何ですかそれ」

「王都への転移門を作り出しました」

「はい?」


 唖然とする姫騎士の前で、オークのおくさんが作り出した転移門が開かれる。扉の向こうには巨大な結界に包まれた王都が見えていた。


「本当にこのオーク、チート過ぎるわぁ……はぁ……」


 姫騎士はため息を吐くが、顔を赤らめてるそれはどうみても惚れ惚れしてふうにしか見えない。


「主、あそこに人影が」

「何?」


 シルパが指す方向に人影を認めた姫騎士はだらしない顔から凜々しい顔へ即座に戻り、扉の中へ駆け込んだ。


「あれは――メイド」


 王都を覆う巨大な結界を背に、モップを片手に仁王立ちする、クラッシックドレスの眼鏡メイドがそこに居た。背格好から姫騎士と同い年くらいの若い美少女であった。


「……人間、よね?」

「いえ、メイドです」


 あとからやってきたオークのおくさんが否定した。


「職業は兎も角、人間よね?」

「なんで人間が魔王に仕えているんだろ」

「いえ、ですからです」


 オークのおくさんは妙にメイドにこだわるのが姫騎士には不思議だった。


「兎に角、あのメイドを懲らしめれば結界が解けるのね」

「それは私にお任せを」

「あんな小娘くらい私一人で充分です」

「いえ、それは無理でしょう」


 オークのおくさんが制止しようとするが、姫騎士は振り切って突進する。


「切り捨て御免!」


 姫騎士がメイドめがけて閃光の速さで三方十字槍クロスを放つ。

 ところがその穂先はメイドの身体をすり抜け、一切のダメージを与えていなかった。


「な、何このメイド――」

「そのメイドは概念生命体イドなのです」

「は、はい?」


 姫騎士はオークのおくさんの言葉が理解出来ず困惑する。


「仮面を被られてもアタシには分かります、我が愛しきマスター」


 奇怪なメイドは、仮面を被るオークのおくさんに満面の笑みを浮かべた。


「やはりこれくらいの騒ぎにならないと出てこられませんでしたか」


 オークのおくさんはため息を吐いた。


「相変わらず無茶な事をする。――いや、無茶なのは

「私を無視するんじゃ無いっ!」


 姫騎士はメイドを背後から斬りかかるが、槍の剣先はメイドの身体をすり抜けてしまう。


「なにこれ……幽霊?」

「そのメイドは私の潜在意識が作り出した、概念だけの存在です」

「概念……とは?」


 シルバが訊くと、オークのおくさんは仮面を外してメイドを見た。


「そのお顔、お変わりないようで安心しましたわ。さあ、魔王様がお待ちかねです」

「魔王様は?」

「この場にはおりません。こんな王都一つ、ワタシ一人で充分ですわ、おほほ」


 槍が通じず息を切らせた姫騎士は、メイドの高笑いがしゃくに障った。


「そこの眼鏡メイド! こっち向きなさいよ!」

「無理です、そのメイドは私しか認識しておりません」

「はい?」

概念生命体イド。――仮想の幻覚が実体化し意思を持った存在です。我々がそのメイドをそこに居ると認識しても実際は存在しない。同様に、このメイドも対象物を認識しない限り見えていないのです」

「ワタシには魔王様とマスターだけで充分ですわ」


 メイドは不敵な笑みを浮かべて言う。


「故に――ワタシに触れる事が出来るのはワタシが認識したものだけ」

「まさか――」


 シルバははっとした。


「……古代文明にカソウゲンジツという技術があったと訊いた事があります。何か特殊な道具以外では見る事も叶わないとか」

「それを魔法で体現したものです。……もっとも、私が似たような魔法を組み合わせて生み出した偶然の産物ではあるのですが」


 オークのおくさんはそう言って頭を抱えた。


「「はいいいい?」」


 姫騎士とシルバは唖然とした。


「仕事が忙しい時に人手が欲しいと思いまして、魔法でそれらしいものが出来ないかと思索していたら偶然、概念生命体を作り出す魔法が完成しまして」

「なにそれすごい」

「さあ、マスター、魔王様がお待ちかねです」


 メイドはゆっくりとオークのおくさんのほうへ進み出した。


「10年も離ればなれになって寂しかったですわ」

「寂しいなどと言うな。お前には魔王様に使える完璧なメイドとして役割をたたき込んだはず」

「幻覚を教育するなんてどういうチートなオークよ……はぁ」


 また姫騎士は頬を赤らめてため息を吐く。


「はい。魔王様のお世話は言いつけ通り完璧に果たしております。ですが……」


 そういうとメイドは突然ドレスを脱ぎだし、豊満な上半身を露わにする。思わずシルバは顔を赤くして背けた。


「ワタシはマスターによって命を授かった概念。ならばその命を繋げるためにも、ワタシはマスターのお子が欲しいのです」

「何このエロメイド! つか幻覚のくせに赤ちゃんが欲しいって!? おくさんあんたまさかメイド教育と称してその娘を調教したのっ?!」

「手など出しておりません。――メイドよ、その件は拒否したはずだ」


 毅然とするオークのおくさんに、メイドは頭を振った。


「いいえ、これはワタシの存在意義でもあるのです。10年間魔王様のお世話をしたのも、マスターに認めて貰うためのもの。褒美くらい求めても宜しいでしょう?」

「何か凄い事になってる……」

「正直ついて行けないわね……でもこの幻覚倒さないと王都の結界が消えないし」


 姫騎士はうつむいて少し考える。そして何か閃いたらしく顔を上げ、意地悪そうな笑顔をして穂先をメイドに向けた。

 

「そこなメイド! 多分私など眼中に無いのだろうけど声だけは聞こえてるよね? だったら教えてやる、私はそこのオークの子を身籠もっている!」

「何言い出すんですかアンタ!」


 シルバが吃驚してつっこむ。オークのおくさんも突然のコトに困惑する。

 だがその場で一番大きく反応したのは、やはりメイドであった。

 メイドはゆっくりと面を姫騎士のほうに向けた。


「……今、何つった、ワレ?」


 今までの満面の笑みが嘘のように、メイドは憤怒の形相を浮かべる。

 そんなメイドを見て、姫騎士はほくそ笑んだ。


「言ったわよ、私はおくさんの奥さんなのよ!」

「ちょっ止まってください主、私はそん――」


 困惑するオークのおくさんだったが、ふと、ある事に気づいてはっとした。


「――そうか」

「奥さん……? 人間が? 


 メイドはドスをきかせた声で言うと踵を返して姫騎士のほうへやってきた。


「ふざけた事言うんじゃ無いわよこのアマ……っ」

「ええ、冗談よ、嘘」

「はい?」


 すると姫騎士はにやりとする。


「嘘も方便よね。認識し

「何――」


 次の瞬間、メイドは姫騎士が放った閃光の槍の暴風雨を受けて吹き飛んだ。


「ば、ばかな――っ!?」

「幻覚の貴女が情深くて助かったわ」


 メイドを倒す方法がその気を引く事と悟った姫騎士の勝利であった。メイドが認識したものならメイドに干渉することが出来るという唯一の突破口を女騎士は気づいたのである。


「そ……そんな……」


 地面に叩きつけられたメイドは愕然とした顔で気を失った。同時に、王都を覆う結界も一瞬にして霧散した。


  

                続く

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