第5話
第三近衛連隊第一中隊長ホッチス大尉は、内心の爆発寸前の憤怒をおくびにも出さずに聞き返した。
「我々の実力を試したい、ですか?」
これが忠誠を誓ったクレイン国王陛下や絶大な信頼を寄せている第三近衛連隊長の言葉なら何の問題もない。
むしろ、ここぞとばかりに自身が率いている部隊の優秀さを誇示しようと奮起しただろう。
しかし——実戦の何たるかも知らないクソガキ風情が、私が精魂込めて鍛え上げた部隊の実力を試したい?ふざけるなよ、クソガキ共が!二度と笑えないようにしてやろうか?!
ホッチス大尉はテーブルの下で
「何か、私の部隊にご不満な所があるのでしょうか?」
——たとえあったとしても、貴様等ごときに実力を疑われるほどではないわ!
「いや、特に不満な所があるわけではない。ただ純粋に実力が見てみたいのだ。貴官も承知のように今回のスペンサー王国への外遊は、非常に危険な事態に陥る可能性が高い」
ホッチス大尉は同意するように頷いた。
「しかしだからと言って外遊を取りやめる事は出来ない」
今回の外遊はスペンサー王国へ嫁いだクレイン国王の妹、現スペンサー王国王妃アデリーナ・クレイン・スペンサーの身を案じたクレイン国王の命で行わるのだ。
危険だからこそ決まったスペンサー王国への外遊なのに、危険だからという理由で中止になる訳がない。
「そこで今一度確かめておきたいのだ。貴官の部隊の実力を」
スペンサー王国の第一王子キャスパー・ヘンリー・クレインはそう言って隣に座る士官学校の親しい同期生アルベルト・グレイ・スミスへ視線をやった。
「彼の事は知っているだろう?」
「はい、もちろん。私の部隊で使っているライフルはスミス卿が設計された物です」
「彼も今回の外遊に参加する」
「存じております」
「私は参加を見送る様に言ったのだが、この頑固者はどうしても行くと言って聞かないのだ」
ホッチス大尉はちらりとアルベルトの表情を
過保護な友人に呆れるような苦笑いを浮かべていた。
——クソガキめ。
アルベルトの若くして成功した者特有の思い上がった態度を見たホッチス大尉は、アルベルトに嫌悪感を抱いた。
同時にそんな友人が無事に帰って来れるように尽力をするキャスパー王子にほんの少しだけ好意を抱いた。
「軍人の貴官なら同意してくれると思うが、彼はこの国に必要な人間だ」
「必要なのは俺が設計した銃だろ?」
自分の才能を鼻にかけたアルベルトの皮肉気な顔を、ホッチス大尉は思いっきりぶん殴ってやりたい衝動に駆られたが、日頃の訓練で培った自制心の
「とにかく、万が一にも彼を死なせるわけにはいかない。だから今一度確かめておきたいのだ。国内随一の精鋭部隊と言われる第三近衛連隊の実力を」
「ふむ……分かりました。左様な事であれば、私に断る理由は有りません。しかし、どうしましょう。実力を示すには時と場所が必要になりますが」
そこはあなたが用意してくれるのですよね?とホッチス大尉はキャスパー王子に視線で問うた。
「うむ。他の者達の都合もあるから時間はどうにもならないが、場所は王宮の裏庭を用意してある」
ホッチス大尉は、キャスパー王子に失礼の無いように僅かに難色の表情を示した。
王宮の裏庭は王宮に相応しい広さを持っているが、中隊長ごときが実力を示すために荒らして良い場所ではない。
しかし、やれと言われればやるしかない。
「では部隊を集めますのでしばらくお待ちください」
「いや、そこまで大袈裟な事をする必要はない。貴官の部隊が精鋭かどうかは兵の質を見れば分かるからな。用意する兵は一人で十分だ」
——ああ?キャスパー王子は士官学校で一体何を学んでいるんだ?
♦♦♦♦
住む世界が違うと言えばそれまでかもしれないが、一流の庭師が作ったであろう手入れが行き届いた王宮の裏庭で自宅のように平然と過ごしているホッチス大尉の姿を見て僕は少し惨めな気持ちになった。
僕みたいな木っ端貴族の倅なんてこの人達には平民も同然なんだろうな、と。
「来たか」
そりゃ来ますよ。中隊で一番下っ端の僕が中隊で一番偉い隊長の命令に逆らうなんてありえませんからね。
脚の骨が折れていたって這って来ますよ。
「兵卒を呼んだのか?」
僕とさほど歳の変わらない青年が、ホッチス大尉に格下を相手にしている様な偉そうな口を利いた。
でも誰もそれを
ホッチス大尉も当然のような顔をしている。
「兵の質をご覧になりたいのなら兵卒で十分で御座いましょう」
ホッチス大尉よりも格上で、僕と変わらない青年と言うと、このくすみの無い輝く金色の髪をした美青年はキャスパー第一王子である可能性が高い。
「良いのか?この兵卒の出来が貴官の部隊の評価になるのだぞ?」
「誰よりも前で戦うのが兵卒です。その兵卒をキャスパー殿下が弱兵と判断されたのなら、私の部隊はその程度という事なのでしょう」
いやいやいや!そんな訳ないでしょう?!
そんな兵の質で部隊の強さが決まるなら、指揮官は何のためにいるんですか。
兵を指揮するためでしょ?
兵の力を団結させて無駄なく効率的に部隊の力を発揮させるためでしょ?
「アルベルト、君はどう思う?」
キャスパー王子の隣でお揃いの軍服を着ている、おそらくは士官学校の制服なのだろう。
キャスパー王子にアルベルトと呼ばれた黒髪のこれまた美青年が軽薄な笑みを浮かべて言った。
「どう思うって、どうでもいいよ。だって、そんな事が分かった所で今更護衛部隊を変えるなんて出来ないんだろ?」
えっ?!今この人、キャスパー王子に対して信じられないくらい気安い口調で答えたぞ。
すごいな。いくら仲が良いからって、よくもまぁそんな口を殿下に対して利けるものだ。
俺は王子だからって
どちらにしても、よく周りの人達が黙っているな。
ただのご友人ではないという事か?
「何を
「分かってるよ。だけど、今更こんな事をして何になる?出発は明日だぞ?」
「そんなもの遅らせればいい。式典に出席するわけではないのだから多少遅れた所で問題はないだろう」
いや、問題ありでしょ。
ここに僕達が一日居るだけでどれだけの食料を消費すると思っているんですか。
馬も合わせれば結構な量になりますよ。
宿泊予定の宿だって、僕達が予定通りに来るものだと思って準備しているんですよ?
一日二日の遅れならそこまで大きな問題にはならないでしょうけど、それ以上となると宿の経営にかなり影響するんじゃないかな。
「お二人ともよろしいか?」
キャスパー王子とそのご学友の痴話喧嘩のような言い合いを見せられることに
感情を殺し過ぎてゾッとする無表情になっているホッチス大尉が二人の言い合いを止めた。
「私も暇ではないのです。用が無いのならこの場を立ち去らせて頂くが、よろしいか?」
大変よろしいと思います。
「ん?あー、そうだな。貴官が居らずとも、そこの兵が居れば事は足りるからな」
えっ……?ええ?えー?!嘘ですよね?
ホッチス大尉はこんな所に僕だけを置いていったりしないですよね?!
僕は見知らぬ場所に置いていかれる飼い犬のよう顔でホッチス大尉の顔を見つめた。
——僕を置いて何処へ行かれるおつもりですか、ご主人様。
「我が隊に軟弱な兵は一人としておらん。そうだな?」
——くそったれめ!
僕は教練通りの敬礼でホッチス大尉が立ち去るのを見送った。
何が、我が隊には軟弱な兵は一人としておらん、だ。
部下を見捨てておいて何を偉そうに。
くそっ!覚えてろ。いつか絶対にし返ししてやるからな。
「おい、お前」
「ハッ」
キャスパー王子に呼ばれた僕は、調教された犬のようにビシッと敬礼した。
「今からお前の兵としての質を計る」
「ハッ」
投げた木の棒を拾って来いというのなら、何度でも拾ってきますよ。
「ふむ。まずはそうだな……お前の体力を計る所から始めようか」
僕は解き放たれた牧羊犬のように広大な庭を端から端まで
「どう思う?」
キャスパー王子に問われたアルベルトというご学友は、つまらなそうにフッと鼻から息を吐いた。
「走るだけなら誰でも出来る」
ならあなたもやってみます?
「それもそうだな」
キャスパー王子もお試しになってみては?
「兵の強さを見るなら実際に戦わせるのが一番だろ?」
走る前に言えよ。
「そうは言うが、実際に撃ち合いをさせる訳にはいかんだろ」
当たり前だ、馬鹿共。
もしやれと言われたらお前らを真っ先に撃ってやるからな。
「そんなことをしなくても、こいつで戦えばいいだろ」
そう言ってアルベルトとかいうスカした馬鹿は、サーベルに似た剣の柄を指で叩いた。
「まさか君が相手をするのではないだろうな?」
「王子殿下が相手では彼もやり
「君が相手をするより私の方がマシだと思うけどね」
馬鹿共の会話からして、たぶんアルベルトとかいう馬鹿は、剣の腕に相当な自信があるのだろう。
「勝てないと思ったら無駄な足掻きはせずに素直に負けを認めた方が良いぞ。彼は士官学校で一度も負けを喫したことが無いほどの剣の達人だからな」
ホッチス大尉が僕を身代わりにこの場を立ち去ったのも無理はない。
「あの、質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
でもだからこそ僕のホッチス大尉への恨みは倍増した。
よくもこんな下らない茶番劇に呼び出しやがって、と。
「何だ?不得手だからと辞退する事は許さんぞ」
「あ、いえ。これが決闘のような試合なのか実戦を想定した試合なのかをお尋ねしたいのです」
「もちろん、実戦を想定したものだ」
サーベルよりも長く反りの弱い、おそらくは片刃の両手剣を腰に巻いた帯に差しながら、アルベルトとかいう馬鹿は、ニヤリと馬鹿みたいにスカした不敵な笑みを浮かべて言った。
「では降参してください」
キャスパー馬鹿王子の側に控えていた使用人の一人から、刃と切っ先が丸いサーベルの模擬剣を受け取った僕は、その丸く削られた切っ先を、都合よく僕の側に居たキャスパー馬鹿王子の首に突き付けて言った。
「これが実戦なら、キャスパー王子を見殺しにするか、キャスパー王子を助けるために降参するかの二つに一つです。僕はどちらでも構いませんので、どうぞ、お好きな方をお選びください」
馬鹿みたいにスカしていたアルベルトとかいう馬鹿は、スカした仮面が剥がれて間抜けなきょとんとした素顔を晒していたが、一拍置いて僕の発言を理解したのだろう。
明らかに動揺した顔で僕から視線を外して、僕の背後に居る誰かに頼るような視線を向けた。
「他の方々も動かないで下さい。特に、エプロンドレスを着たお嬢さん。少しでも動いたらキャスパー王子に死亡判定を出させて頂きます」
王宮の給仕係の人だと思っていたけど、アルベルトとかいう馬鹿みたいにスカした間抜けが彼女に視線を向けたという事は、たぶん彼女はアルベルトとかいう以下略の私的な護衛か何かなのだろう。
「貴様、卑怯だぞ!」
「敵の弱点を突くのは戦いの常とう手段ですよ、キャスパー殿下。士官学校ではまだ習っておられませんでしたか?」
「何っ?!」
たかが兵卒と侮っていた相手に虚仮にされるとは思わなかったらしい。
キャスパー馬鹿王子殿下は驚きに目を見開き、その直後に怒りが沸き上がったのだろう。顔を赤くして怒鳴った。
「兵卒ごときが誰に向かってその様な口を利いている?!私はクレイン王国の第一王子だぞ!」
「僕は第三近衛連隊第一中隊本部小隊所属の一兵卒、ウィル・カル・アガトで御座います。キャスパー殿下のお尊顔拝し奉り恐悦至極に存じ奉ります」
「このッ、無礼者め!構わん、やれアルベルト!この無礼者を叩きのめせ!」
馬鹿みたいにスカしたアルベルトとかいう間抜けな馬鹿は、これ幸いと仕切り直す様に再びスカした仮面を顔に嵌めて肩を竦めた。
「不本意だが、キャスパー殿下のご命令なんでね。悪く思うなよ」
僕は横に一歩ズレながら体を半回転して、背後から足音を消して迫っていたエプロンドレスを着た少女にサーベルを横薙ぎに振るうと、全力で一流の職人が作り上げた裏庭の庭園へ駆け込んだ。
「士官学校に在籍されているお二方はきっとご存じないと思いますが、一時撤退も戦いの常とう手段で御座いますので、僕が捕まらなくてもお気を悪くなさらないで下さいね」
♦♦♦♦
「いや~、食った食った。あー、美味かったなあ。さすがは王宮の食事だぜ」
「今回は特に豪勢だったね」
「今回はかなり危険らしいからな。奮発してくれたんだろ。俺達の為かどうか知らねえけど」
「本当にウィルと言う奴は戻って来ていないのか?本当は戻って来ているんじゃないのか?」
「戻って来ていませんよ。あーもう、何度調べたって同じですよ」
外来宿舎の豚小屋みたいな部屋に押し込まれた兵卒たちの管理を任されているボブソン伍長は、我が物顔で部屋に入って来た第一近衛連隊の兵士達をうんざりした顔で出迎えていた。
「いいなぁ……ねぇ、何か少しくらい持ち帰ってない?」
「そんな行儀の悪いことが出来る雰囲気だと思うか?」
「あーもうー、お腹空いたなぁ」
「おい、貴様ら。ウィルとか言う奴が戻って来てるだろ。何処に居る?隠し立てするとただでは済まんぞ」
「ああ?さあ、その辺に居るんじゃない。探してみれば?」
「第三から第一に転属するにはどうしたらいいんですか?やっぱ難しいんですかねえ」
「あ、もしかしたらここの食堂に何かあるかも。探しに行ってみる?」
「あー確かに。何かあるかも」
「キャスパー殿下のご下命だぞ?!分かっているのか、貴様等は!」
「分かっているよ。あんたらがキャスパー殿下のご下命でウィルを探しているのは。でも、俺達はそんなご下命は受けていないんでね。そんな事は知ったこっちゃないんだよ。だいたい、王宮の警備は第一の管轄だろ?いいのか、俺達が見つけちまっても。あんたらの面目を潰しちまうことになるぜ」
「第一も何だかんだで大変なんだなぁ。いやでも第三に比べれば……マシなのかなぁ?」
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