お題【書く】 黒髪の彼女

 あの女のところから戻ると、彼は真っ直ぐに私のところへやってきた。

 あの女を撫でたその指で、私をもてあそぶ。心はここにないまま。

 彼は私の思いなど、知る由もない。

 様々な女たちと彼を結びつけたのは、私だというのに。

 彼は私の髪を撫でた。墨そのもののように真っ黒になってしまった髪をなでつけて、彼はあの女のことを思う。

 そして私は、されるがままにするよりほか、ない。

 けれど私は、彼の思いを誰より先に知ることができる。

 誰よりも正確に、伝えることができる。

 彼の思いを伝えるのに、私よりも優秀なものは存在しない。

 そう。私は彼の大切な、筆なのだから。

 私は文をしたためる。書くことこそが、彼のそばにいられる、ただ一つの理由。

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