お題【鞄】 隣の男

「水を一杯、頂けませんか」

 電車で隣り合った男に、水筒から水を与えてやる。

──俺もお人よしだな。

 この国は今、水は金と揶揄されるほど渇水に悩んでいる。一杯の水にも値がつく時勢。

 しかし、ここで一杯の水を渋ったところで、と俺は思ったのだ。

「ありがとうございます」

 男は恭しく水を受け取る。

「私もお人よしでございます」

 水を一口飲み、男は残りを零さぬようそっと器を窓べりに置いた。

「亡ぼそうとした国も、一杯の水で愛しくなるのですから」

 男は持っていた鞄を開いた。中には、この国の精密な立体地図が入っていた。男は地図に残った水を注ぐ。まさに今通っているあたりだ。

 唖然とした俺の視線の先、窓の外を強い雨が降り始めた――。

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