びしょ濡れな旅人達の冒険

昇天ねずみff

紫陽花の洞窟

"旅にでたい"


そう思い始めたのはいつだろう。

中学、いや小学校。もっと昔、幼稚園かも。いやいや、もう生まれる前から決まっていたことなんだ。


「そうきっと運命的に、私は旅というモノから唯一選ばれた人かもしれない!」


私は確信し、ガッツポーズをとった。

すると、黒板を消していたサキが、後ろを振り向いて笑いだした。


「サ〜キぃ」


橙色の冷たい机に突っ伏しながら、頬をタコのように真っ赤に膨らます。この様子を見たら、もっとサキは笑いだしてしまった。


「何で笑うのさ。本気なのにぃー」


私は足を左右に揺らして、抗議する。


「いつもおんなじことばっかりだから。ほら、この本も同じだね」


見終えてクッション代わりになっている写真集に、彼女は人差し指を指した。


本の内容は勿論。世界の絶景200選出で、様々な写真家達のとっておきが載せられている。


この本を買った理由は、旅に行ったような気分になったり、楽しそうな場所を探すため。


「うん!私の人生Equal旅!将来は世界各国を廻ってみせる!」


「今は、学校生活を同じサイクルで廻ってるけどねー」


制服に付いたチョークの粉を落としながら、サキはジョーク混じりの辛辣な言葉を言ってくる。


「うぅ〜」


胸に言葉が突き刺さった。


そう、ここが問題だ。

最近ずっと毎日毎日、登校して授業をうけて、放課後はこの様に学級委員のサキを手伝ったり、まったりするサイクルが続いている。


旅という新しいものを発見する行動とはかけ離れていて、青春という名義の無駄な一ページを書き進めているだけ。


「なーんかなぁー旅にはやくでたい」


私は煮え切らない感情を抑えながら、写真集をクッションから枕に転職させ、机に委ねはじめた。


「ほらっサッサと学校からでるよ」


いつの間にが、サキが教室のドアの前で、鍵をチャリチャリと回しながら待っている。私も追いかける様に荷物を持ち、学校から抜け出した。


外は茜色に照らされていたと思いきや、まさかの夕立が私たちを襲う。ザーザーと強い雨が降り続け、傘を持ち忘れた2人はぼーぜんと止むのを待つしか方法がない。


「あめーだぁーぁ」


すぐには帰れないこともあって気分が沈む。学校嫌いな奴は、好きになるまで学校からは返さないぞ!って言われてるみたいだ。


不機嫌になっている自分が水たまりに映った。サキの顔も同じように映し出されるが、私とは違っていた。


「笑顔?」


この状況でもサキは笑顔で微笑む。寧ろ、教室に居た時よりも楽しそう。


「旅がしたいって言ってたよね?」


「うん」


私の返事を聞くと徐ろに右手を繋ぎ、灰色の空へ駆け出した。


「え?えええー!?」


制服やバッグの色が、雨粒のせいで濃い色になっていく。服も段々と重さを加えられていった。


「え?サ、サキ、急にどうしたの!?」


「まぁまぁーあっ発見!!」


サキは何かを見つけたみたいで、目的地まで猪突猛進する。彼女の意図が分からず困惑しながらも、何かあると信じつつ引っ張られる。


そして彼女が見つけたのは、















「……紫陽花だね」


「うん。紫陽花だよ!」


ただの赤紫色の紫陽花だった。サキは満面の笑みを浮かべる。確かに綺麗に咲いているけど。


「これが旅?」


「うん!私にとっては旅だね」


え?でも紫陽花でしかないような。

何か変わった部分がある訳でもない。


私は彼女の考えていることがますます分からなくなってしまう。


「サキ、全然分からん」


「えー」


えーと言われても。新しいものなんて何も無いような。


サキはどうやったら分かるのか考え始めた。そして、閃いたように葉っぱを捲りあげる。


「よーちゃん、覗いてみて」


「う、うん」


訝しげに私は葉の裏側を覗いた。


薄暗い狭い部屋に細い枝や太い枝が曲がっていたりぐにゃりと捻れていて、上の葉っぱがトンネルみたいに覆いかぶさり緊張感が湧き立たせる。


そしてピチョンピチョンと葉っぱや枝を伝わせて流れたり、水滴になって落ちていて、神秘的な光景も広がっていた。


「どう、旅でしょ?」


サキはどやぁと自慢げな顔で鼻をふんふんと鳴らす。


「うん!旅だ!これは洞窟だね!」


岩では無いし、落ちた水滴から結晶も出来ないけど、洞窟の中にいるような緊張感。水が一定のタイミングで落ちていく姿に面白みを感じる。


そして何より私は見たことがない。ましてや新しい発見が近くにあるなんて、気が付かなかった。


でも、サキは知っていた。紫陽花の裏側にこんな光景が繰り広げてあることを。雨の日になると水が滴ることを。


"そして、日常の中でも少し目線を傾ければ旅が出来ることを!"


「サキはやっぱり凄い!」


「えっへん、それ程でもある」


彼女はまた自慢げな顔をする。

そんな様子を見ると、旅好きの私は黙っておけるわけがない。


左手で彼女の右手を繋いだ。


「今度は私の番だよ!」


灰色の空の中、靴も制服もぐちょぐちょのまま。小さな旅を求めて、今度はサキを驚かせるような発見を探しに行こう!

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びしょ濡れな旅人達の冒険 昇天ねずみff @mame1122

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