7-2 生徒会からの招待状

「ユーフィル」

「はいっ、ヨヅキ様っ!」

 お嬢様からご命令をたまわった翌日、私が声を掛けるとユーフィルは楽しそうにその耳と尻尾を……いえ、違います。これは幻覚ですね。

 ともかく彼女は嬉しそうにこちらを見上げてきました。

 あくまでお嬢様の用事を済ませるためとはいえ、彼女を利用しようとすることに少し痛む心を振り払って私はいつもの笑みを浮かべます。

「ユーフィル、今週の放課後など開いていますか? 貴女と一緒に買い物に行きたいのですが」

「お買い物……ですか?」

「えぇ。昨日の招待状関係で入り用になりましたので、貴女も一緒にと思いまして――」

「――分かりましたっ! すぐ準備してきますねっ!!」

 それだけ言うと、ユーフィルは疾風のように駆けて寮へと戻っていく。

 その後ろ姿はさながら子犬の様でとても愛らしい……ですが、

「……まだ、今日行くとは言ってないでしょう」

 少しあの子犬には縄なり躾なり、そういったものが必要かもしれませんね。


 ユーフィルが戻った後、私も一度寮室に戻り身支度を整え部屋を出ると、そこには既に背負子しょいこを背負い、動き易そうな私服を来たユーフィルがいました。

「……ユーフィル、それは?」

 ユーフィルの装いに思わず眉をひそめるとユーフィルは少し慌てたように瞳を伏せた。

「あっ、そ、その……私、これくらいしか、綺麗なお洋服なくて……」

「……いえ、そっちではなく背中の方です」

「? お買い物に行くんですよね?」

 頭痛がしてきた。

 いえ、よく考えればそうでしょう。彼女にとってお買い物といえば孤児院の食事の買い出しです。そうでなくても個人的な買い物のとしての装いとしてそれに勝るものはないでしょう。ですが……

「いいですか、ユーフィル。この王都でそのような装いをするのは奴隷か余程の下級メイド位です。今すぐその背中のものは置いてきてください」

「で、でも私、そんなにおっきなものは持てないですよ?」

「大丈夫です、馬車を使いますので荷物持ちはいりません。それにそんな量を買うつもりもありませんから、それは置いてきてください、分かりましたか?」

「は、はいっ」

 ユーフィルは元気よく返事をしてすぐに自室へと駆けていった。

 ……同室のラヴァンドラには何も言われなかったのでしょうか。

 そう思いながらユーフィルの部屋の前で待っていると、すぐにユーフィルが顔を出す。だが、その背中にはまだ背負子がありました。

「あ、あの……っ、ラヴァンも一緒でいいでしょうか……!?」

「……一人も二人も変わりません。早く準備しなさい」

「はいっ!」

 元気よく返事をしてまたパタパタと部屋の中へ戻っていった。

「……やはり、少し躾が必要みたいですね」

 いつぞやカトレアが拾ってきたのを思い出して、私はまた、ため息をこぼた。


「お待たせしました!!」

 ラヴァンドラの手を引いて、ユーフィルが顔を出す。

 その手には簡単な麻布のバッグとやけにフリフリとしたラヴァンドラの手が握られていた。

 流石にギョッとしてラヴァンドラに確認を取る。

「ラヴァンドラは本当にそれで行くのですか?」

「これしか服がない」

「…………そうですか」

 ラヴァンドラの名に恥じぬ灰色掛かった青紫のドレスを着て、頭には同じ色の鍔広帽を被ったその姿はさながらお忍びのお嬢様かお人形か。

 こう言ってはあれだが、ユーフィルの服装が余計にそれを際立たせていた。

(……これは、ユーフィルにも新しい服を買ってあげる必要がありますね)

 ワクワクと顔を輝かせるユーフィルの頭を撫でながら、今日の予定に新しく予定を組み込む。これくらいなら時間的にも予算的にも問題はない。

「では、行きますよ、二人共。それと、街ではくれぐれも私から離れないように、いいですね?」

「はいっ! ヨヅキ様っ!」

「……うん」

 元気に返事をするユーフィルと胸に大きな本を抱えるラヴァンドラに私は小さな不安を覚えた。


* * *


 寮前で待機させていた馬車に乗り込み、数分。

 キラキラと目を光らせて外を見るユーフィルと持ってきた本に没頭するラヴァンドラを眺めていたら、いつの間にか街中に着いていた。

 まずは……

「ラヴァンドラ、その本、どこかに仕舞えますか?」

「…………分かった」

 明らかに不服そうだが、渋々といったように持っていたポシェットの中に抱きかかえていた本をねじ込んでいく。それから新しい本を取り出そうとするので逆に上からねじ込むと、諦めたようにユーフィルの袖を握る。……もしかして彼女、本読みながら買い物をするつもりだったのでしょうか?

「あぁ、それと二人共、財布を出してください」

「はい」

「え、あっ、はいっ」

 ラヴァンドラは先程のポシェットの中から、ユーフィルは首にぶら提げてたそれをこちらに見せる。それに手早く魔術を掛けて返してやると、ユーフィルは不思議そうにこちらを見上げた。

「今のは何ですか?」

「……まぁ、盗難防止みたいなものです」

「そうなんですね……」

 掛かった魔術を読み解くようにユーフィルが財布を眺め、ラヴァンドラが呆れたように小さく吐き捨てる。

「……そんなレベルじゃない」

「罪と罰は等価。そう思いませんか?」

「…………貴族の考えることはよくわかんない」

 それだけ言うとラヴァンドラはまたポシェットに財布を仕舞った。ほぼ同時にユーフィルも財布を仕舞ったのを確認して、彼女の手を取る。

「それでは行きましょうか」

「あっ、は、はいっ! ……そういえばどこに行くんですか?」

「そうですね、まずは……」


「着替えられましたか? ユーフィル」

「ま、待ってくださいっ! もうちょっと、もうちょっとなのでっ!」

 試着室の中で悲鳴と衣擦れを鳴らしてユーフィルが返事をする。

(流石に最新の服装は孤児には難しかったか……?)

 そう思いながら試着室のカーテンを開け、中に入る。

 そこにはドレスの上から肌着を被ろうとするユーフィルがいた。

「むぐ……ここが、こうで……あれ? じゃあこの紐は……?」

「はぁ……それでは表裏ですし頭を出すところも着る順番も違います」

「あ、そうなんです……えっ、ヨヅキ様、な、なんでここにっ」

「いいからそのまま動かないでくださいね……というかよくそこまで着れましたね」

 変な着方のまま固まるユーフィルをそのままに上から一枚ずつ服を剥いでいく。

 そしてその中から現れた裸体をみて思わず眉をひそめた。

「……ユーフィル、貴女下着は?」

「したぎ?」

「…………まさか付けてないんですか?」

「えっ、あっ、その……あれって、体を締め付けてくるのがニガテで……」

 内股でしゃがみながらもじもじと指先を突き合わせる。確か彼女のいた孤児院には下着の類も多く入れていたはずだが……確かにそこらの孤児に比べて彼女は肉付きがいい。そんな彼女が子供用の下着を着るのを嫌がるのも分からなくはない。

 一先ず他の子達についても確認しなければ。

「……他に孤児院で似たような子はいましたか?」

「い、いえ、その……わたし、だけです……」

 どうやら怒られると思っているのかキュッと目を閉じて丸くなる。

 段々と顔が青くなる彼女の頭をそっと撫でて、白くなった指をそっと解いて指を絡める。

「別に怒ってるわけではありません。ですが、淑女たるもの下着は付けないといけませんよ?」

「はい……」

 一段と小さくなる彼女に苦笑しつつ、上着を掛けてもう一度頭を撫でてやる。小動物のような瞳が私を見上げた。

「とりあえず今日は何枚か下着を見繕いますから、ちゃんと着けるんですよ?」

「で、でも、そんなお金私には……っ」

「ユーフィル」

 首から下げた財布を握りしめたユーフィルの唇にそっと指を置く。

「言ったでしょう? 領民に見栄を張らせるのも、私たち貴族の、そしてお嬢様の仕事なのですよ。それに……」

 ユーフィルの手をそっと包み、微笑んでみる。

「最近カトレアはお菓子を食べ過ぎなんです。お菓子代を減らすのを手伝ってくださいな」


 悪戯っぽく笑う彼女の顔は、ユーフィルにはとても悪く見えたという。

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