6-3 王立魔術学園 図書館
ヨヅキと一緒に食堂に入り、思わず息を呑む。
寮内の食堂と比べ、学舎の食堂は五倍以上の大きさがあり、各学年三学級の生徒及び教職員とその補佐役が一堂に利用している。
一応職員用、学年用と区分けされているが、年齢関係なく入り乱れる食堂はどこか晩餐会を思い出させた。
「あちらが空いていますね。行きましょうか……カトレア?」
「え? あぁうんそうだね、そっち行こうか」
久々に見た人の数に圧倒されていると、ヨヅキが声を掛けてくれた。
慌てて返事をし、ヨヅキに手を引かれてテラスの方に向かう。
途中、上級生らしき生徒に引き留められたが、ヨヅキが二三話をしたらすぐに通してくれた。
もしかしたら何かの占有地だったのかもしれないが、逆に都合がいい。
周りを見る限りテラスの人々はある程度品のある方ばかりだし、他の生徒たちも遠巻きに見つめているだけだ。これならのんびり昼食を取れるだろう。
席に着くと、すぐに給仕の一人が寄ってきて今日のランチの説明をしてくれた。
その中から適当にメニューを選んで、出された紅茶を楽しむ。ヨヅキやヨミコとはまた違った味の紅茶は、思いのほか美味しかった。
料理を待つ間本でも読んで暇を潰そうと思ったが、思わぬ人物から声が掛かった。
「カトレアさん」
「これは、
一度立ち上がり、仰々しく淑女の礼をする。本当は騎士礼をしようと思ったが、今朝怒られたばかりなので自重しておく。
そんな私に「今回は騎士様じゃないのね?」と笑ってくれた。
そんな彼女のリクエストにお応えして、彼女の手にキスをして、きざったらしい台詞を吐く。
「王女様、僕と食事をご一緒してくださいますか?」
ヨヅキが横で嫌な顔をしていた。
レジデント・ヘッドは慣れたようにそれを受け入れ、私に笑みを返す。
「あら、それも素敵なご提案だわ。でもごめんなさいね、今回私はただの案内役なの。お食事はまた今度ご一緒しましょう?」
「綺麗な貴女とのお食事であればいつでも歓迎しておりますよ」
いい加減ヨヅキが怖いのでレジデント・ヘッドの手を放す。
それにしても……王女殿下を使いっ走りにするとはその人もまた凄いことをするな。
一応学園の規定上身分による上下関係というものは有効ではないし、貴族連中からの横やりも入らないとはいえ結局我が国は『王国』だ。
それを使いっ走りにして
「……さあ、ユーフィルさん、こちらへどうぞ」
「――は?」
王女様を使いっ走りにしていたのは、まさかの
(……想定外すぎる)
正直肩透かしにも程がある。というか透かされすぎて逆に転びかけた。
てっきり他の王子とか学園長とか生徒会長とか――いや、確かクオリティ:ジェムのレジデント・ヘッドは生徒会長も兼任するんだったか?――ともかくそういうのが出てくるものだと思ってた。
だというのに出てきたのはついさっき私が泣かせた
頭痛くなってきた……。
いや、王女様の立場について多分ユーフィルは知らないんだと思う。
正直うちは危なすぎて王族が立ち入れるような状態じゃないし、ユーフィルは現在孤児。確かお祭りで王都に遊びに行くことはあったはずだが、王族を間近で見ることはできないし、そもそもやんごとなき方のマナーとか、知らないよね普通……。
しかもレジデント・ヘッドの対応を見るに廊下で泣いてるところを見かねて仲直りさせに――くらいな感じだろう。そんなラフな感じで
「――かっ、カトレア、様……っ」
「ちょっと待ってねユーフィル……いま色々受け入れるのに精いっぱいだから……」
流石に処理が追いつかなくて頭を抱えていると、横からヨヅキに小突かれる。
『カトレア、前』
ちょっと待ってくれと思って前を向いたら、ユーフィルが今にも泣きそうだった。ちなみにレジデント・ヘッドは少し怒っているようだったが……怒りたいのは私ですよ王女殿下?
一度息を吐いてユーフィルの方を見る。脅しは散々かけたので魔力は出さず、貴族然として応対した。
「で、何かな、ユーフィル? 私はこれから食事なのだけれど」
「わた、わたし、わたしは……」
嗚咽交じりに何か言おうとして、そのまま泣き出してしまう。すぐさまレジデント・ヘッドがユーフィルの背中を撫で、あまり虐めちゃだめですよ、と微笑みを浮かべてくる。勘弁してほしい。どちらかというと私は今貴方たちに虐められてるからね?
この後どうしようかなぁなんて考えてたら、ユーフィルがぽつぽつと話し始めた。
「わ、わたっ、わた、し……カトレ、アさま、に、ひど、ひどい態度を……っ、そ、それにっ、カトレア、さま、がっ、そ、そんな、そんな人じゃないって、知ってたのに……」
(……あぁ、なんだ、そんなことか)
どうやらユーフィルは私に怯えてしまったことを謝りたかったらしい。
別にあれくらいのこと覚悟の上だし、実際彼女に言ったのも本心だ。
――私はいつ、クロムスフェーンの民に刺されても良い。
それは、あの部屋に籠っていた時から思っていたことだし、その覚悟もある。
流石に殺されては研究が続けられないから困るが、多少刺されて気が済むなら、別にいい。腕や足の二、三本位ならどうとでもなるし、頭を落とされるのは流石にあれだがそれで彼らの気が済むなら好きにしてほしいと思ってる。
それに、私はわざとユーフィルに魔力を向けたのだ。それを恐れて怖がることを謝られても困る。
(本当は、あんまり私に近付いてほしくなかったんだけど……)
仕方あるまい。この感じだと何をしてもくっついてきそうだ。
小さく溜息を吐きながら、ユーフィルの方を向いて、怯えさせないように膝を着き、彼女の頬に手を触れた。
柔らかな彼女の頬は涙に濡れて冷たかった。
「ユーフィル」
「……はい」
「私としては、あまり私と一緒にいて欲しくないの。分かるでしょう?」
「嫌です……っ」
「……まあそういうとは思ったけど――分かるでしょう? 私は『沈黙の魔女』――『盲目城のカトレア』なの。そんな私が、貴女と一緒にいるのは良くないのよ?」
頬に触れた手を胸に抱いて、ユーフィルがブンブンと顔を振る。昔同じように諭されて姉さまに同じ反応をしたことを思い出し、失笑が漏れた。
「わたし、わたしは……わたし達は、カトレア様を、そんな名前では呼びません。それに――『盲目城のカトレア』は、わたし達の、恩人ですから」
「恩人ってそんな大げさな――」
「――お大袈裟じゃありませんっ!」
ユーフィルがあまりにも真剣に言うので、気圧されてしまった。
そのまま身を乗り出して私を視る。
「カトレア様は、『
「……それは、私のお金じゃないし――」
「嘘ですっ! 領主様を説得して、うちにお金を回してもらったって、エニシダ先生から伺いました!! それに、ヨミコさんが持ってくるお洋服はいっつも新しいものでした! どうしてそんなこと言うんですかっ!!」
あまりにも真っ直ぐな瞳を見てられず、目を逸らす。
実際、父様に寄付の件をお願いはしたが、その時点で話は纏まっていたらしいし、ヨミコの方も、新品とはいっても私が着る予定だった服を渡しただけだ。
そんなこと、何の償いにもならない。
「カトレア様ッ!」
「は、はいっ!」
ビックリしすぎてつい返事をしてしまった。
とても怒った様子のユーフィルがまた身を乗り出した。
「カトレア様! 先に申し上げておきますがっ! 私はっ!! カトレア様のことをバカにする人を絶対に赦しませんっ!! それは――カトレア様であってもですッ!!」
力強い視線が私を射抜き、私の手を握る指が白くなった。どうやら、これ以上は何を言っても無駄だろう。大きなため息が漏れた。
「……わかった、分かったよ、ユーフィル。私の傍にいていいから」
「カトレア様っ!」
「いたい痛いっ!! 痛いから! ともだち! 友達でいいから放してっ!」
激痛のあまり悲鳴を上げるとユーフィルがパッと手を放してくれた。
いたい……あと残ってそう……。
「ご、ごめんなさいっ、いま治療しますねっ」
ユーフィルがそっと祈りを捧げ、私の腕から傷みが引いていく。治療魔術か。
「はい、これで大丈夫です。違和感などはありませんか?」
「……いや、大丈夫そう。ありがとう」
「えへへ……」
つい癖で頭を撫でたら、ユーフィルの顔が溶けた。
部屋に戻ったらヨヅキにもしよう。
「円満に解決できたようで、良かったです。では、私達はこれで失礼しますね」
「あ、はい。王女殿下もありがとうございました」
「……王――っ!?」
真っ青な顔で驚愕するユーフィルの口を指で塞いで、レジデント・ヘッドが困ったように私を見た。
「ジョークでそう呼ばれるのは構いませんが、私のことはアルケーナ、或いはケーナと呼んでください」
「分かりました、ケーナ姫」
「敬称は寮長でお願いします。次そう呼ばれたら折檻室に入れますよ?」
ケーナがニッコリと微笑む。『折檻室』。要は寮内の『指導室』である。
「それでは、私達はこれで。あぁ、あとユーフィルもここを使っていいですから、今後も三人と一緒に食事をしてもらっていいように伝えておきます。それでは」
それだけ言うと、取り巻きを連れて別の席へと向かっていく。向こうも向こうで食事をするようだ。
「……とりあえず私たちもご飯食べよっか」
「はいっ!」
微笑むユーフィルの顔は、どこまでも晴れやかだった。
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