6章 王立魔術学園 図書館
6-1 王立魔術学園 図書館
私とカランコエ姉様は結局、残りの授業すべて――といっても一、二刻程だが――を一緒に過ごした。
一応の名目上は私と私が起こした爆発の被害にあった姉様の療養と経過観察ということになっている。ただ救護員は誰も言いなかったしこの部屋の主たる養護教諭も一度も姿を現さなかった。
前者はエニシダ司祭が何かしら手を回したのだろうとしても後者はどうしたのかとカランコエ姉様に訊いてみたら
「あー……あの人は、いつもいないから」
と言葉を濁していた。曰く緊急性があるときにはいつも出てくるがそれ以外はいつもどこかで仕事をサボっているらしい。いいのかそれで。
本日何度目かのババ抜きで姉様がババを引き抜いたところで本日最後の鐘が鳴った。
「うぐ……も、もう一回!」
「ダメですよ姉様。もう授業終わりましたから」
「うぐぐ……勝ち逃げするなんて……」
お互い魔力を読みながらのババ抜きなので、割と相手の動揺はすぐに分かる。その上カランコエ姉様の魔力の揺れはすぐに分かったし、妖精眼も使っていない。
そんなカランコエ姉様であればヨヅキとヨミコ相手にカードをやり続けた私が勝つことなど児戯にも等しい。それにしても、
「いうほど勝ってませんよ。そんなに負けたくなければ妖精眼使えばいいじゃないですか」
「……前にそれやったらカトレアちゃん泣いちゃったじゃん」
「あー……ありましたねそんなこと」
基本的に負けず嫌いなカラン姉さまとまだ魔力コントロールが甘い私、それにグラ姉さまとヨヅキ、後たまにヨミコを含んだカードゲームでは大体私とカラン姉さまが一騎打ちになることが多かった。
そして、負けず嫌いなカラン姉さまが妖精眼を我慢できるわけもなく、それを使って私に全勝してはグラ姉さまに怒られていた。
私にとっては随分と昔のことだが、一応気遣ってくれたのだろう。
ちなみに、妖精眼で泣かされた後は大体ヨヅキと組んでカラン姉さまをボコボコにした。ヨミコとグラ姉さまにはすごい勢いで怒られた。
終業の鐘から少し経った後、グラジオラ姉様とヨヅキがやってくる。
「お嬢様、お出迎えに参りました」
「……ヨヅキ、なんか怒ってる?」
「……べつに」
滅茶苦茶怒ってる。というかよく見たら服の端々が解れてる。今朝まで新品だったよね?
何があったのかとグラジオラ姉様の方を見たら、少し困ったように苦笑して頬を搔いていた。なるほど、そういうことか。
「授業はちゃんと受けなきゃダメだよ、ヨヅキ」
「…………お召し物を変えましょうか」
思いっきり無視された。
おおよそカランコエ姉様が私の治療魔術――《治療刻印》を無効化した時に、私がうっかりヨヅキのことを呼んだのだろう。それに呼応してこちらに来ようとしてグラジオラ先生に制圧された。それが悔しかったので私に当たってるのだろう。
既に綺麗になった私の身体をわざと冷やしたタオルで拭くヨヅキを見ながら、笑みがこぼれる。この子にもそんな可愛いとこがあったとは。
「……なんですか」
「べつに~?」
「…………カトレアのばか」
頭を撫でてやると、小さくそう呟く。猫耳でも生えていたら今頃コロコロと喉を鳴らしていただろうか。
いつの間にか私の横に座ったノアールが私も撫でろとナァと鳴く。
視線でまた後でと伝えると仕方ないといった様子で丸くなった。
ヨヅキに新しい制服を着せてもらって、寮へ向かう。
初め、学舎内の食堂で一緒に食べようと姉さま方を誘ったが、流石に関わりすぎたとやんわり断られた。ヨヅキもカランコエ姉様を警戒していたようだったし、また今度ということで二人で食堂に向かう。
「あのー……ヨヅキ? そろそろ手を放してもらってもいいんじゃない?」
「嫌なら命令すればいいでしょう。さっきみたいに」
私の腕をキリキリと締め付けながら、ヨヅキが低く唸る。
一見私がヨヅキの腕に抱き着いているように見えているだろうが、実際は逆。私の腕を絡みとってヨヅキが思いっきり締め付けていた。
ちょっと心配を掛けすぎたなと苦笑しつつ体を預けると、ヨヅキは満足げに私をエスコートしてくれた。
「ぁっ……ヨヅキさんっ! ――と、か、カトレア様、ご、御機嫌よう」
途中、ヨヅキを見つけたユーフィルがヨヅキを見つけて声を掛け、私を見つけて顔を青くして淑女の礼をする。
エニシダ司祭の下で子供の面倒を見ていた彼女なだけあって、とても綺麗な礼だったが、スカートを摘まむ小さな手が震えていた。
小動物めいたその様はとても可愛らしかったが、私への態度が気に入らなかったらしいヨヅキがそれを無視して進もうとする。
それを制して、ユーフィルの方を見た。
彼女は決して、顔を上げようとはしない。
「ユーフィル、面を上げなさい」
「……っ、は、はい」
姿勢を保ったまま、顔だけをこちらに上げる。
怯えた瞳が、私を視る。
私はわざと貴族然とした話し方で、ユーフィルに相対した。
「――貴女のその態度、我が領民として、私は嬉しく思います」
「え……?」
「私は、所詮厄災の獣、『盲目の魔女』ですから。それを警戒するのは当然のこと。我がクロムスフェーンから貴女のような優秀な魔術師が出たことを、大変誇らしく思います」
「そ、そんなことっ!」
「いいえ、これは事実です。いかに私が善行を積もうと、結局のところ死したものたちは戻りません――それを、一番に理解しているのは貴女たちでしょう?」
ユーフィルが何か言おうとして、口を紡ぐ。
そう、これは事実。私はあの時に多くの人を殺したのだ。男も女も、追いも若きも、区別なく。そして、それを一番近くで、最も理解する立場にあったのは親を失った孤児たちだ。
「貴女の出自を、私は存じ上げません。ですが――もし、貴女が私を殺したくなったら、いつでも言ってください。私はいつでも、貴女に剣を与えましょう」
後ろに立ったヨヅキの殺気が、強くなる。
それにユーフィルが怯えないようヨヅキを隠し、魔力を漏らす。
「無論、貴女だけに殺されるわけにはいきません。私は――貴女だけの仇ではありませんから」
わざと邪悪な笑みを浮かべると、ユーフィルの手がスカートを強く握る。
どこまでも気丈に振る舞う彼女だったが、恐らくここらが限界だろう。
「それでは、私は食事に向かうとします。貴女も食事を忘れることなどないように。あぁそれと――」
下を向いて、俯くユーフィルの頬に手を当てる。彼女の小さな体が、ピクリと跳ねた。
「――ヨヅキとは、これからも仲良くしてあげてくださいね。それでは」
ユーフィルの気配が薄れた頃、ヨヅキがそっと私に囁く。
「……宜しかったのですか? せっかく、新しい友達ができそうだったのに」
「うん、いいよ。そっちのほうが、ユーフィルも安心できるでしょ」
「…………そうですか」
隣を歩くヨヅキの気配は、どこか寂しそうだった。
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