6-2 王立魔術学園 図書館
『盲目城のカトレア』が去ってすぐ、同級生の少女はその場にへたり込んでしまった。名前はえっと……ゆー……ユーフ……そう、たしかユーフ。そんな名前。
兎も角、そのユーフはその場にへたり込んで、ボロボロと大粒の涙を流している。
(話しかける相手、間違ったなぁ……)
一応こちらから話しかけた手前、仕方なく彼女の背中を擦ってやる。たしかこういうのが言って、誰かが言ってきた気がする。
本には大きな胸で包んでやると落ち着くとか書いてあったが、残念ながらわたしの胸は大きくない……というか、ほぼない。寧ろわたしとほぼ同じ身長の彼女はわたしより大きい。許すまじ――
――いや、そんなことは今はどーでも良い。そんなことよりもこの小娘にはさっさと泣き止んでもらわないといけないのだ。
わたしがこの子に話しかけた理由はただ一つ。彼女があの『盲目城』と一緒にいたからだ。
どういう理由かは知らないが、彼女は実技の授業中、先生と一緒にお茶を飲みながら優雅に本を読んでいた。
わたしがあの野蛮人共の
その後自分で起こした魔力爆発で退場した後も、先生やあの従者――えっと……そうそう、『盲目城の亡霊』。それだ――その二人の反応からするに、担任と一緒にベッドでのんびりしていたらしい。
疲労困憊の中
そんなのズルい。わたしも寝てたい。本だけ読んで暮らしたい。
そう思って『盲目城』に近付こうと思い、彼女に話しかけたところにこれだ。正直めんどくさい。
大きな溜息が漏れそうになるのを我慢しながら、わたしは周りを観察する。
先程のやり取りを遠目で見ていたものが、あることないこと他の生徒に吹聴している。
やれ『盲目城』が小娘をいじめただのやれ魔術を使っただの、果ては『盲目城』が『亡霊』をけしかけただの。一体何言ってんだこいつらは。本当に合格者か?
どちらかと言えば『盲目城』はあの従者――『盲目城の亡霊』からユーフを護っていたのだ。
最初にユーフが『盲目城』に怯えたときも、『盲目城』がユーフに自分を殺していいと言ったときも、『盲目城』はただユーフが『亡霊』に害されないように立ちまわっていた。
正直、本物の騎士の本物の殺気を浴びたときはおしっこが漏れかけた。……あくまでかけた。漏らしてはいない……と思う。多分。
だがそれを自分の魔力で上書きしてユーフに殺気をぶつけているのは自分だと、他の外野にもユーフ本人にも思わせていた。
正直意外だった。
様々な媒体で名前の挙がる『盲目城のカトレア』は陰湿な魔女で、幼いながら魔術理論の天才で、どこの誰が会おうとしても、森の魔獣や騎士を消しかけてそのものを撃退、酷いときにはその存在ごと抹消するという話だった。
だが、実際に会ってみれば魔導具でも漏れるほどの膨大な魔力を抑えつけ、魔力に敏感なものには威圧はしても触れさせはせず、私のように無関心のものには一切の危害を加えない。そして――自らの咎を、自らのものとして受け入れる。
そんな度量の大きい『盲目城』が高々自分を怯える小娘程度をどうこうする理由もない。どちらかと言えばあれは――
「わ、わた、わたし……っ、私っ、カトレアさんになんてことっ」
今までただ嗚咽を吐くだけだったユーフが、段々と何かを言い出した。流石にそこらの貴族とは違ってこのお嬢さんは理解が早いらしい。それは、わたしにとっても
流石に野次馬が集まりすぎたのか、上級生らしき集団が生徒たちを散らしていく。
そのうちの一人が、ユーフのもとに跪いた。
「何かありましたか? 私で良ければお話を聞きますよ」
緩く甘い薫りをまき散らすその女生徒――クオリティ:ジェムの
それから取り巻きに別室を手配させて、ユーフの手を取る。
「ユーフィルさん、一先ずここから離れましょう。ラヴァンドラさんもご一緒で構いませんから」
……なまえ、ユーフじゃなかった。ユーフィルだった。
というかレジデント・ヘッド、もしかして寮内の生徒全員覚えてるの?
だが、ユーフィルはただ、大きく首を振って拒絶する。
その様子に、レジデント・ヘッドは困ったように微笑む。
「ではどうされますか? このままここで泣かれるようでは私としても先生方を頼らざるを得ませんよ?」
「か、かとっ、カトレア、さん、にっ……あや、謝りに……っ」
吃音交じりで涙を拭いながらも、ユーフィルはしっかりと言い切る。
カトレアの名前にレジデント・ヘッドの目が少し大きくなり、すぐに戻る。それから少し考えて、取り巻きに指示を出した。どうやら盲目城の場所を探しているらしい。すぐに取り巻きの一人がレジデント・ヘッドに耳打ちをした。
レジデント・ヘッドがユーフィルに微笑んだ。
「それでは、そうしましょうか。彼女のところまで案内します。来てくれますね?」
その言葉に、ユーフィルが静かに頷く。
彼女の手を取って、レジデント・ヘッドはすっと立ち上がった。
「それでは、参りましょうか」
わたしもただ、付いて行くほかなかった。
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