5-3 魔弾《フライクーゲル》

 あれから都度七回程合板を変えて大きさは拳大に、穴は最大二十個程になった。

 最初の方は姉様達も私の威力に驚愕していたようだが三回頃からは姉様達もいつもの様子に戻っていた。

「カトレア様、どうぞ」

「ん、ありがとう」

 一通り剣を振って落ち着いたらしいヨヅキからカップを受け取って一息吐く。

 今は授業の間の小休憩。他の班もまだ終わってないらしいがそれぞれ椅子や地面に座って寛いでいる。

 ちなみに先生方もヨヅキのお茶を片手に何か話し合っている。

 所々聞こえてくる話から察するに私のことらしい。……やっぱり失望されたかな。

 少し震える手をヨヅキがそっと包んで、私に寄りかかる。

「カトレア。貴方は素晴らしい魔術師ですよ」

 それは、あの部屋で暮らし始めた頃、自暴自棄になっていた私にヨヅキがいつも私に掛ける魔法の呪文。もう喪われて久しい、この世に残った魔法の言葉だ。

 もう聞こえないヨヅキの心音は、どこまでも私に優しく響いた。

「……うん、ありがとう。頑張るよ、ヨヅキ」

「――何を頑張るんですか?」

 突然掛けられた声に振り向くと、カランコエ姉様が空のカップを持って小首を傾げていた。他の先生もすぐ傍に立っていた。

「い、いえ、なんでも――」

「カトレア様はお姉様方に失望されたのではと心配してるようです」

「ヨヅキっ!」

 慌ててヨヅキを𠮟りつけるが、既に姉様達は呆れたように私の方を見ている。

 それがどうしようもなく恥ずかしくてヨヅキに隠れようが、カランコエ姉様に顔を掴まれてじっとこちらを見つめられた。

 お、怒られ――

「――何言ってるんですかカトレアちゃんっ! そんなわけないでしょう!!」

「……へ?」

 予想と違う方向に叱られて、思わずポカンと口が緩む。

「あんな精度の魔力操作を叱ったら私がお父様に怒られますっ! 全くどこまで志が高いんですか!」

「は、はっへ」

「はっへもほっぺもありませんっ!」

 カランコエ姉様が私のほっぺたを摘まんでぐりぐりと回し始める。ほぼ握力のないそれは痛くはないが……め、目が、目が回る……っ!

「こらこらカラン。そのままだと本当にカトレアのほっぺたがなくなるからやめてやれ」

 そんなカランコエ姉様をグラジオラ姉様が笑って引き留める。だがカランコエ姉様はそのまま私のほっぺたを引っ張った。

「まったく……なんの嫌味ですかもうっ! 私たちはカトレアちゃんに呆れてたんじゃなくて驚いてたんですっ! というかヨミコさんはなんて教育してるんですか! あれじゃあほとんど私たちが教えることのほうが少ないじゃないですか!!」

「まあまあ、そう言ってやるな……とはいえカトレアもだぞ? カランも言っていたが別に私達はお前に失望なんてしていない、それはエニシダ先生も含めてな。寧ろ……いや、何でもない。ともかく、私達はお前に失望なんかしていない。逆にお前をどう評価するか困ってた位だ。いくら誓約書にサインしてようとこのままでは逆に贔屓してるのではと疑われるからな」

 そういって姉様は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。少し乱暴な撫で方は、昔のグラ姉さまのままだった。

「ほんとう?」

「当たり前じゃないですか。カトレアちゃんはだって私の自慢の妹です」

「あぁ、そうだ。いつだって、お前は私たちの自慢の妹さ」

 カラン姉さまが腰に手を当てて胸を張り、グラ姉さまは優しく頬を撫でる。

 それはとっても優しくて、いつも暖かい私のお姉さま達だった。


「で、一つ相談なんだが……」

 ヨヅキが新しく淹れた紅茶を飲みながら、グラジオラ姉様が口を開く。

「流石にこのまま穴の大きさを落としていっても時間がもったいない。だから次はとりあえず穴のサイズを一気に落とそうと思うんだが、大丈夫か?」

 あれから姉様達も一緒に席に着いてお茶を飲んでいる。椅子はヨヅキが気を利かせてすぐに用意してくれた。

 ちなみに、エニシダ先生は補助の生徒たちから一度他の生徒たちの記録を受け取ってくると言ってそちらに合流していた。

「どれくらいのですか?」

「まずはヨヅキと同じレベルまでだ。それ以上飛ばすのは流石にあれかと思ってな」

 評価的な話だろうか。

「別に問題ないですよ? 手元でしたら少なくとも糸くらいはできますし……飛ばしたことはないですけど、大丈夫でしょう」

「そ、そうか……そうなのか……」

「姉様?」

「……いや、何でもない」

 言葉を濁すと紅茶を口にして私から目を逸らす。

 グラジオラ姉様らしくないなと思っていたら、カランコエ姉様がそっと私の耳元に顔を寄せた。

『グーちゃん拳大より小さい穴に通せなくてずっと居残りさせられてたの』

 態々わざわざ口元を隠したうえで念話で耳打ちするカランコエ姉様をグラジオラ姉様がキッと睨みつける。ただ、大体何を言ったか察していても私とカランコエ姉様の念話を覗けないのでそれ以上何か言うことはなかった。

 ちなみにカランコエ姉様は素知らぬ顔でお茶を飲んでいた。意外とカランコエ姉様は強からしい。

 ただ、そこでグラジオラ姉様が黙っているわけもなく。

「……私の部屋の人形は何体かお前の部屋に戻すことにしよう」

「えっ!? ま、待ってよグーちゃんっ! 私の部屋はもう入らな――」

「だからもっと広い部屋を借りろと言ってるだろう! 第一私の部屋はお前の物置じゃないっ」

「ちちち違うし? そそそんなこと全然? 全然考えたとこもないし?」

 姉様、目が泳ぎすぎです。

「なら問題あるまい? ついでに家にある分もお前の部屋に――」

「無理無理無理だって!! 私の部屋もう入れないんだよっ!? ただでさえお父様にも片付けろって怒られて」

「お前まさかまだカトレアの部屋に――」

 ちょっと待て私がいない間に私の部屋どうなってるの?

 明らかに動揺して目を逸らすカランコエ姉様をじっと見つめる。

 すると犯人ねえさまは小さく呻いて自白を始めた。

「ちょ……ちょっとだけ! ちょっとだよ! それにカトレアちゃんのお部屋に置いてるのはカトレアちゃんがが好きそうな子達だけだし……あ、カトレアちゃんお人形好き? 確かカトレアちゃんのお部屋って変幻自在で――」

「んー、ヨミコに聞いてみますね」

「――だいっじょうぶ! 大丈夫だよ、うんっ! お姉ちゃん全然まったく本当に大丈夫だから!! 全然私の部屋とか片付けなくてもまだお人形入るから!!」

 ヨミコの名前を出した途端、カランコエ姉様は顔を青くして言い訳を始める。

 ……これは一度、王都の別邸に顔を出した方が良さそうだ。

 ちなみに、これは余談がこの後、私の部屋がカランコエ姉様のお人形置き場となっていることをヨヅキに無事報告され、カランコエ姉様は今住んでいる部屋から王都の貴族街にある屋敷を一つ買い上げることになったのが、それはまた、別の話。

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