5-2 魔弾《フライクーゲル》
グラジオラ先生に連れられ、私たちも野外演習場へと赴いた。
演習場では既にいくつかの班に分かれており、私たちもてっきりそっちに合流するのかと思っていたが、何故か私とヨヅキだけ少し離れたところで待機するように言われた。……まあ、当然か。
グラジオラ先生がカランコエ先生と二三言葉を交わすと、授業について説明を始めた。
「それでは、授業を始める。まず、今回君たちには魔弾――フライクーゲルについて学んでもらう」
「せ、先生! 質問宜しいでしょうか!」
貴族らしき生徒の一人が声を荒げる、手を挙げる。
グラジオラ先生に許可を受けた生徒は動揺を隠せない様子で発言を続けた。
「
「単純な話だ。これが一番簡単だからだ」
その発言に演習場が些かざわつき始める。
ただ魔力を撃ち出すだけなので魔術の制御や呪文を一切必要としないため、魔術の学習を始めた子供たちに魔力やその操作を学ばせるために使われる。ちなみにこれに属性の魔術的操作を加えたものが初級攻撃魔術となる。
とはいえ、この魔弾、火力は物凄く低い。
何故かといえばただ魔力を撃ち出しているだけのものなので自分より強い魔力を持っている相手にはまず効果がないし、使用用途は畑を荒らす鳥獣を追い払うのに農民が使ったり騎士や戦士見習いが魔術戦の練習に使ったりする。というか魔術を習い始めた子供たちの間ではこの魔弾を撃ち合う『魔弾の
今更王立魔術学園に入るような者たちにとって、それを学ぶ、ということは文字通り児戯にも等しい。そら動揺もする。
ただ、グラジオラ先生は慣れた様子で手を叩いて生徒を沈め、話を続ける。
「あー静かに。今回の魔弾実習は君たちの魔力制御の精度と魔力量を
先生はそういって足元の木箱を開ける。中に入っていたのは一辺が肩腕分くらいはありそうな鉄板。素材は……魔鉄鋼かな?
「魔鉄鋼の合金でできた合板だ。そして知っての通り魔鉄鋼は魔力に反応する。これをあちらの台に置くので、魔鉄鋼に触れないように魔弾を通してもらう。また、これらはいくつか種類がある。一種類に付き三回挑戦してもらうので、それぞれそのつもりで」
グラジオラ先生の言葉に合わせてエニシダ先生が何枚かの合板を取り出した。どれも穴が開いているが肘先位のものから指一本分くらいのもの、中央に一つだけ空いているや複数穴が空いているものなど種類は様々だ。
それをあの距離の板に通すのは結構至難の業だろう。それに小さい穴の方は……一体何人が通せるやら。
グラジオラ先生の号令を受けて生徒たちは自分たちの班に戻っていく。
各班には上級生らしき生徒が配されており、それぞれ記録や補助、順番の整理などを行なっていた。
私もヨヅキと一緒に見学をしようとヨヅキの方を向くと、何故かエニシダ先生とグラジオラ姉様も一緒に付いて来る。しかも姉様の手には何故か先程見本で見せていた木箱があった。
「ん? どうかしたか?」
「え、あ、いえ……あの、姉――」
「先生だ。授業中だぞ」
「……グラジオラ先生」
「よろしい。で、どうした」
「手伝いの生徒がいるならわざわざ姉……先生が運ばなくても宜しいのでは?」
「ん? あぁ、これか。まあ、お前が魔術を使うなら生徒を近付かせるわけにはいかないからな」
「…………は?」
今何て言った? 私が魔術を?
全くもって理解が追いつかない言葉に間抜けな声が出る。
だがそれを勘違いしたのかグラジオラ姉様が少し寂しそうに微笑んでから私の頭を優しく撫でた。
「お前の努力はヨミコや父様から聞いている。今はまだ私とカランコエ、それとエニシダ先生が付いていないと使えないということになっているが、それもすぐに解除させる。心配性な上を黙らせるまで、もう少し待ってくれ」
「い、いえそういうことでは……」
とっても優しい目で頭を撫でるグラジオラ姉様の顔はどこまでも美しくて慈愛に満ちているがそういう話では全くない。というかここは仮にも王都ですよ姉様? 確かにその制約下であれば問題ないとは思うけど流石にここで私が魔術使うって危機管理的にどうなんですか。
私と姉様の意見が見事に食い違っていることに気付いているらしいエニシダは私と姉様をすごい優しそうな目で見てるしヨヅキは明らかにこっちを見ないようにしてる。というかパスでお前が笑うの我慢してるの丸わかりだからね?
「カトレアさん。そこでじっとされても授業が終わってしまいますから、私達も早く行きますよ」
そういってどこか悪戯めいた微笑みを浮かぶエニシダは絶対にいつか泣かしてやる。
私は強くそう思った。
「いーですよー! 撃っちゃってくださーい!」
「かしこまりました」
私とヨヅキ用に用意された的の横でカランコエ先生が叫び、ヨヅキが魔弾を三発同時に撃ち出す。
それからカランコエ姉様がキャーキャー言いながら飛び散る土埃に巻かれる。
……さっきまで大丈夫だと思ってたが心配になってきた。というか姉様って一応従軍経験者じゃなかったか? 大丈夫か我が国は。
私の心配をよそに先生二人はヨヅキの魔弾に感心していた。まあヨヅキであればあの程度は問題ない。
グラジオラ先生が番号の書かれた札を挙げてカランコエ先生が合板を取り換える。それから後ろに立てた壁――撃つ前にカランコエ先生が土系魔術で組み上げていた――に強化魔術を付与してまたヨヅキに合図をした。
今度は掌サイズになった穴にヨヅキが魔弾を放ち、カランコエ姉様がまたキャーキャーと声を上げている。
それを無視してグラジオラ姉様がまた別の札を挙げ、カランコエ姉様が別の合板に取り換えていた。
流石に心配になったのでグラジオラ姉様に代わってもらおうとお願いしようと声を掛けようとしたら、エニシダ先生に肩を叩かれた。
「大丈夫ですよ」
「で、でも……」
「よくカランコエ先生を御覧なさい。ほら、問題ないでしょう?」
エニシダ先生に諭されて、姉様をよく見る。
確かに毎度キャーキャー声は出していたが髪は一切乱れてないし息も切れていない。逆に楽しそうに壁に魔術を付与している。
「あぁ見えて、貴方のお姉様はとても強い方です。それは魔術的にも精神的にもです。それを、貴方が心配する必要はありませんよ」
そう言ってエニシダ先生はまたカランコエ先生の方を見る。
力強い視線に、私がそれ以上言えることはなくなった。
「……うん、ここまでだな。ヨヅキ、よくやった」
「――……いえ。不甲斐ない限りです」
グラジオラ先生の賛辞にヨヅキは苦虫を噛み潰したように首を振る。
それから何度かカランコエ先生が合板を変え、最少径は指一本分、同時投射は指二本分の穴が十二個で打ち止めとなった。
正直この距離でその精度であれば十分だと思うのだが、ヨヅキ的には不満らしい。
グラジオラ姉様も同じような考えらしく、苦笑いを浮かべていた。
「向上心があることは結構だが、あまり無理はするなよ? お前も私の家族なんだからな」
「……はい」
心ここに在らずといった様子で返事をして、ヨヅキは少し離れたところに歩いていき、一人剣を振り回す。どうやら大分堪えているらしい。部屋に着いたらいっぱい可愛がってあげよう。
そう思ってのんびりしていると、グラジオラ先生が呆れたようにこちらを視ていた。
「カトレア、次はお前の番だぞ」
「……本当にやらなきゃだめですか姉様?」
目を伏せてなるべくしおらしく甘えた声を出す。だが、グラジオラ先生には全く効かず、無言で定位置を指さされた。
思わず溢れた大きな溜息を隠さずにグラジオラ先生に従って定位置に着く。
それからカランコエ先生の合図を待って魔力を練り上げていく。
サイズはわざと大きめに、なるべくギリギリで円周を削るくらいに――
「……カトレア。わざとやるようならヨミコにお前はまだ魔術の修練が足りないようだと伝えるが?」
「……それだけは勘弁してください。――はぁ……ちゃんとやります」
グラジオラ姉様の恐ろしい小言にわざと揺らしていた魔力を整えてサイズを小さくしていく。サイズは……まあ頭位でいいか。
「……カトレアさん、少し密度が濃すぎますね。もっと薄くていいですよ、別に式を込めるわけではありませんから」
「そう、ですか……? 分かりました」
魔弾を形成し、撃とうと構えたところで今度はエニシダ先生に声を掛けられた。大人しくアドバイスに従って魔力の密度を下げる。
いつも部屋でヨミコやヨヅキ相手に撃っていた頃はこれより少し濃い程度だったが……エニシダ先生がそういうならそうなのだろう。
「――行きます」
一応合図をしてから魔弾を撃ち出す。
予定通り穴の真ん中を捉えた魔弾はパスンと最低限の音を立てて壁に当たり、霧散した。
やはり最低限の魔力で撃ちだしたせいかグラジオラ姉様も驚いたように呆けているし、カランコエ姉様に関しては気の抜けた音の後に壁とこちらを交互に見比べていた。やっぱり威力低すぎないかな?
だが、エニシダ先生は満足したように拍手をしていた。
「やはり貴方の魔力操作は素晴らしいですね。グラジオラ先生、五つ飛ばして穴も複数のものにしてください」
「――え? あ、あぁ……そうだな、そうするか」
そういって何枚かの札を飛ばしてカランコエ姉様に指示を出す。指示を見たカランコエ姉様も酷く神妙な顔つきで頷いていた。
やっぱり姉様達は私に失望しているらしい。もっと威力を上げるべきでは?
そう思って次もまた濃度を上げようとしたがエニシダ先生にこの後も同じように、と釘を刺されてしまった。
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