5章 魔弾《フライクーゲル》

5-1 魔弾《フライクーゲル》

 次の授業が始まるまでの半刻、庭園で過ごしていた私はヨヅキに引き摺られるようにして教室に戻ると、今まで面倒だった視線がほとんどなくなり、代わりに今までなかった視線がいくつかこちらを視ていた。

(……さてはあの高位神官、何か喋ったな?)

 初めは地方のまとめ役位だと思っていたが、王立魔術学園で教員をでき、魔術的素養なら少なくともグラ姉さま以上。しかも私や私が改良した新薬『カトレア』――ちなみに、この前は随分後にヨミコに教えられた――について深く知っていること、そしてエニシダ・アズライトという名前。

『藍き金雀枝エニシダ』といえば様々な魔術災害に対し対応する王都神殿の指揮官の一人で、『盲目城事件』の功労者の一人だ。私も書面上で何度かやり取りはしていたが、まさかそのエニシダが副担任になるとは。

 少し面倒なことになりそうだなと考えつつ自席に向かおうとすると、グラジオラ先生に声を掛けられる。

「待てカトレア、ヨヅキ」

「っ……な、何ですか、グラジオラ姉……先生」

(危ない危ない。うっかり姉様と呼ぶところだった)

 一瞬先生の眉が上がったのを見て冷や汗を掻いていたが、ただ自席に戻らずここにいろとのことだった。

 ……もしかしてこれが俗に言う「そこに立ってなさい」という奴だろうか。

 だが、グラジオラ先生はそれ以上何を言うわけでもなく、他の何人かにも同じように声を掛けて引き留めていた。どうやらお説教じゃないらしい。

 ほっと溜息を吐くと、ヨヅキがどこからともなく出した折り畳みチェアに座って持ってきた本の中から適当なものを取り出して、始業までの時間を潰した。


 始業の鐘が鳴り、グラジオラ先生が号令を掛ける。

 流石にこのまま読むと怒られそうなので本を仕舞って周りを見ると、前にいる他三人も各々椅子に座っていた。ちなみに、ヨヅキは私の横で直立不動だ。

「さて、皆の者も理解しているとは思うが、本校は基本的に実力主義だ。無論、それぞれ補助が必要なものは我々も助けはするが、それを生かせるかは諸君に掛かっている」

 王立魔術学園は創立理由自体がマーリンの後継者探しであったこともあり、基本的に実力主義だ。その為、各学期毎に学級の入れ替えが行なわれる。

 無論、私のように特殊な補助が必要な者には初め、そのレベルに合った学級に入れられることもあるが、その後の成績が悪ければ普通に下の学級に落とされ、その上で放課後や一部授業を元の学級で受けるなどということもある。

 ……態々わざわざ授業毎に上位学級に行かされるなど、考えただけでもちょっと鳥肌が立つ。

「諸君らには一般教養、歴史、算術、魔術の座学と実技、戦闘訓練や野営演習など、様々な学習してもらうが、現状の順位に魔術の実技や戦闘、野営技術は含まれない。また、一年度の第一学期まではそういったことでの順位変動は行なわない。本格的な順位変動は二学期からだと思ってもらって構わないが、無論、一学期の成績が悪かったものは下位学級に降りてもらうので覚悟するように。それではまず本学年の成績優秀者を発表する。……前の五人、立ってくれ」

 グラジオラ先生に言われ、私を含めた五人が立ち上がる。

 私とヨヅキ以外には金髪縦ロールの如何にもといったご令嬢。

 金、というよりはプラチナに近い髪の王子様風の男子。

 大きな魔導書を大事そうに抱えた小さな少女。

 ……うん、最後の子がめっちゃいい。大き目の眼鏡を隠す前髪とダウナーな雰囲気がとても同類の雰囲気を醸し出してる。

『……カトレア?』

 僕の浮気に気付いたヨヅキに横目で睨まれた。

「この五人は本学年の入試成績上位五人だ。まず諸君らはこの五人に並び立てるよう、努力するように、以上だ。ではこの後は初歩魔術の訓練を行なう。総員、エニシダ・カランコエ両先生の案内のもと第一野外演習場に向かってくれ。……あぁ、すまないが五人は少々話がある。ちょっと残っててくれ」

 そういってグラジオラ先生が手を叩くと、各々がぞろぞろと教室を出ていく。

 引率のカラン姉さまは何故か『がんばってっ!』と念話を送ってきた。


 私達以外が外に出たのを確認すると、先生は話を続けた。

 縦ロールが早速話を促す。

「――で、グラジオラ先生、お話とは何でしょうか?」

「あぁ、お前たちの中から本学級の代表者を決めようと思ってな。基本は立候補制だが、なければ成績上位者二人になるが」

 思わず苦い顔になる。そういう面倒なのは時間を取られるのでやめてほしい。

「……わたしは辞退します。向いてませんので。それでは」

「あ、待てラヴァンドラ!」

 本を抱えた地味っ子――ラヴァンドラはそう言ってそそくさと教室を後にした。

 というかラヴァンドラっていうのか、あの子。

 グラジオラ先生は大きく溜息を吐いて私たちの方を見る。

「……全く。で、お前たちはどうする」

「私たちも辞退します。ぶっちゃけそういうのに時間を取られたくないし、それにそこのご令嬢と王子様なら適任では?」

 私の発言にグラジオラ姉様が渋い顔をする。だってしょうがないじゃないか、面倒だし。そんなことより魔術を研究したい。

 グラジオラ先生が残った二人を見ると、お嬢様はすぐに笑みを浮かべて了承する。

「主席様のお墨付きも頂きましたし、わたくしは構いませんわ。貴方もそれで宜しくて?」

「えぇ、僕も構いませんよ」

「では二人には一部権限を渡す。学生証を出してくれ」

 二人の言葉に先生は少しホッとしたように息を吐き、二人の学生証に手をかざす。先生の魔力がトリガーとなって学生証の術式が切り替わったのが分かった。

「使い方は後で教えよう。では、我々も急ぎ向かうとしよう」

 そういって出口に向かう先生の足取りは、心なしか軽かった。

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