4-5 一等学級《クオリティ:ジェム》

 エニシダ先生の挨拶が終わり、グラ姉さまの方を見る。それに頷くとグラジオラ先生の挨拶が始まった。

「諸君、おはよう。私はグラジオラ。私は本学級の副担任兼本学級――一等学級クオリティ:ジェムの護衛騎士となる。一応説明しておくと、学級の護衛騎士とは有事の際、諸君達を護るべく動く騎士の者だ。それらは各学年・学級にそれぞれ一人騎士団から派遣される騎士だ。無論、遠征時には他の騎士や騎士学園の生徒も護衛として就くことになっているが、私はいつでも君たちと共にある」

 王立魔術学園は過去・現在・未来の要人を多く内包する組織だ。だが、それでも王都だけで完結するというのは難しい。そのための護衛騎士がグラジオラ先生ということだ。

「――但し、私自身はそこのカレンコエ女史の守護騎士だ。最も最悪の有事ではそちらを優先させてもらうので、各護衛陣並びに諸君はそれらをしっかりと理解してもらいたい」

 グラジオラ先生の声が一段低く威圧する。それは最悪の場合私たちを切り捨てるということであり、カランコエ姉様を蔑ろにするものもまた、物理的に切り捨てることができるという宣言だ。先程まで緩んでいた空気が、急に引き締まる。

 それを確認したグラジオラ先生は威圧を解いて話を続けた。

「とはいえ、君達はまだ学生だ。その分の追加教練なども私たち護衛騎士の役割でもある。教練希望者は後程私の元へ来るように、以上だ。それでは次に諸君の挨拶に入ってもらう。カランコエ先生、宜しく頼む」

「あ、はいありがとうございますグラデシア先生」

 グラデシア先生に呼ばれてボケッとしていたカランコエ先生が再び教壇に立つ。それから二度手を叩くと、残りの両教師が教室の前に置かれた木箱を開け、こちらに見えるように中を見せた。

 中には大量のスクロールが収められていた。

「こちらは入学時に書いていただいた誓約書スクロールになります。これより二人に頂きます。魔力過敏症の子は事前にお配りしてある魔導具を付けてください。それではお願いします」

 その言葉を合図に、両木箱から火の手が上がる。

 天井まで届きそうなそれは絶妙なコントロールで部屋も木箱も燃やしていない。その癖恐ろしいほど高火力らしく、塵一つ舞うこともない。

 どう見たって高々数十本の誓約書スクロールを燃やすのには過剰火力だが、これは一種のデモンストレーションだろう。

 これほどの火力を、それほどの精度で操作できる。。そういうことだ。

 だがそれよりも――

『――随分恐ろしい存在になってるね、

 念話でヨヅキに話しかける。返事のないのに違和感を覚えて横目で見たら、冷や汗を搔きながらカランコエ姉様を視ていた。

 カランコエ姉様は先程、二回だけ手を叩いた。

 その内の一回で誓約書スクロールを入れた木箱の封印を、そのうえでグラジオラ姉様の箱にだけ防火術式を付与。続く二回目でを包むようにを構築していた。しかも、殆どの生徒には分からないようなレベルで。

 つまりこれは、純粋な武力にはグランコエ先生とエニシダ先生で、魔術ではカランコエ先生で、私とヨヅキを含めた生徒全員を制圧可能であるという、私たちを含めたレベルでの脅迫デモンストレーションというわけだ。

 前者はともかく、後者の、カランコエ先生の実力に気付けたのは……数人か。おや?

『ユーフィルがカランコエ姉様の結界を……?』

『――こらっ、授業中ですよカトレアちゃんっ! よそ見しないのっ!』

 ユーフィルの視線に驚いていると、カランコエ先生の声が頭に響く。

 どうやら今の二回の発言で私とヨヅキの魔力パスに割り込んだらしい。

 ぷりぷりといった様子でこっちを睨んで頬を膨らませている――のだが、その……教員にもなって腰に手を当てて頬を膨らませるのは、ちょっと……。

 一方のカランコエ先生といえば、私が先生を見たことにひとり納得したように頷いている。

 グラジオラ先生がわざとらしく咳払いをして先を促す。

「カランコエ。続きをお願いします」

「あっ、はい……えー、先程、皆さんの誓約書スクロールを焼却しました。それにより、『入学後、本書が契約同意者によって燃やされた場合には卒業・退学まで自身の生まれとしての身分を捨てる』、という誓約が発動しています。ですので、これから皆さんには自己紹介を始めてもらいますが、その際はご自身の姓等を話さないようにお願いします! では、一番前の席から自己紹介してもらいます。順番に前に出てきてください」


* * *


(……暇だ)

 自己紹介も終盤に差し掛かった頃、私は一人溜息を吐いた。

 というか、入学前にヨミコとヨヅキによって重要そうな人物は一通り覚えさせられたし、その人物でさえ仲良くなる予定はない。教室で話しかけることもあるかもしれないが、その時はヨヅキに聞けばいい。だからこの時間は酷く退屈だった。

 かといって寝ようとすると魔力の揺らぎに気付いたカランコエ姉様がすぐに念話で叩き起こしてくる。あまりに鬱陶しすぎて三回暗号式を変え、四回パスを切断したがどんな暗号もプロテクトも綿あめでもほぐすように簡単に搔い潜られて怒られた。

 そのため机に突っ伏し欠伸をしながら聞こえてくる挨拶を右から左に聞き流しているが、時折寝落ちそうになってまた声が響くのを繰り返している。

「――はい、ありがとうございます。それではヨヅキさん、お願いします」

「はい」

 カランコエ先生に呼ばれたヨヅキが席を立つ。その腰には何故か剣が下げられていた。

「ヨヅキちゃんです。みんな拍手ー」

 カランコエ先生の号令で今日何度目かの拍手が起こる。

 それが止むんだのを待って、ヨヅキが騎士礼をした。

「ご紹介に与りました、ヨヅキ・と申します。未だ若輩の身となりますので、皆様どうか宜しくお願い致します」

 それだけ言うと、ヨヅキは自席へと戻ってくる。だが、ヨヅキの名乗りに教室が静かに騒めいた。

「ナイトレイド、ナイトレイドだって?」「『盲目城の亡霊』が何でこんなところに……」「まさか噂は本当だったんですね」「『守護騎士』様……」

 む、今変なの混じってなかった? ヨヅキは私のだぞ?

 騒めく教室をカランコエ先生が沈め、私の名前を呼ぶ。

 正直面倒くさいからその場で名乗りを上げようとしたが、ヨヅキに椅子を引かれて、無理矢理立たされた。

 あからさまなヨヅキのエスコートに教室がまた騒めき始めたが、私が段を一つ下りる度に騒めきは小さくなっていき、逆に小さな悲鳴聞こえてきた。

 ……別にそうそうしないよ

 教壇中央に立ったころには、教室はすっかり静かになっていたが、代わりに視線が鬱陶しい。次からは目暗ましに《妖精の鱗粉》でも使おうか。

 カランコエ先生が私の名前を呼ぶ前にスカートとローブを広げて淑女の礼をする。抑えていた魔力を漏らして声自体にもそれを乗せた。

「――皆々様、御機嫌よう。わたくしM

「カトレアッ!」「カトレアちゃん!!」

 姉様達の悲鳴が教室に響き、手首に填めた学生証が少し腕を焼く。教室の何人かも立ち上がり、各々武器を構えていた。

 だがそれらを無視して言葉を紡ぐ。

「深奥の辺境より、この王都へやってまいりました。最も――皆様には『盲目城のカトレア』、そう名乗ったほうがご理解が早いでしょう」

 どこからともなく剣と鞘が鳴る音が聞こえ、防衛のための魔術が錬られていく。だがそれらに片っ端から介入して解除していく。呪文を唱える生徒たちからは悲鳴ともつかない声が漏れ出した。

「私自身は、温厚な性格でございます。ですが……私の騎士は些か短気なところがございます。そちらに関してはご容赦を。あぁ、ただ――私の身内に手を出されれば、私も黙っては居れません。皆々様それを忘れぬように」

 それだけ言って魔力を収める。一応教室を見渡したが、何人かが気絶しているだけで、健康には問題なさそうだ。

「それではこれから、どうぞよろしくお願いします」

 それだけ言って自席に戻る。ヨヅキが顔をしかめているが、別に私に問題はない。もう焼けた手首も元通りだ。

「――――語彙挨拶でしたよ、カトレアさん」

 思わぬ声に前を見ると、エニシダ・アズライトがこちらを見て微笑んでいた。

「皆様も今のカトレアさんのような、素晴らしい魔力操作を身に着けてください」

 一部を除き、ほとんどの生徒がポカンと口を開いてエニシダ先生を見ていた。

 だがエニシダ先生はそれを無視してカランコエ姉様に話しかけた。

「それでは、一時休憩とします。宜しいですねカランコエ先生」

「……えっ? あ、はい。そうですね。一時休憩とします! 次の始業の鐘には席に着いてください! 以上解散!!」

 こうして私の自己紹介は、幕を閉じたのだった。

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