4-4 一等学級《クオリティ:ジェム》

 あの後、他愛のない会話をしたり時たまユフィを弄ったりしていると、すぐに校舎に着いていた。

 入り口には何人か教師が立っており、その中にはグラジオラ先生らの姿もある。私が手を振るとすぐに何枚かの書類を持ったグラジオラ先生が気付き近付いてきた。

「遅かった……いや、まだ時間はあるか。お前たち二人は……失礼、三人だったか」

 ヨヅキの影になって気付かなったのか、ユーフィルを見てグラジオラ先生が少し目を細め、すぐに元に戻る。流石は騎士、そういう対処はお手の物か。

 それから持っていた書類の束から一枚を私たちそれぞれに渡す。どうやらただの書類ではなく、何らかの魔術が掛かった羊皮紙のようだ。

「これは地図だ。現在位置と進むべき方向が浮かび上がる。全員学生証は着けているな?」

「は、はいっ!」

 少し緊張した面持ちのユーフィルが少し大きい腕輪をグラジオラ先生に見せる。

 これは《学生証》と呼ばれる魔導具で各学生の識別と各教室の鍵を兼任している。

 ちなみに登録者しか使えなくなっており、なくすと滅茶苦茶怒られるらしい。

 先生はそれぞれの腕輪を確認し、羊皮紙を覗き込んだ。

「よし、ではそれぞれ各クラスに……ん? あぁ、三人とも一緒か。ヨヅキ、二人を案内しろ」

「分かりました」

 素早い返事にではと短く挨拶をしてグラジオラ先生はまた別の生徒の元へと向かった。


「三人ともおんなじクラスなんてラッキーですねっ」

「うん、そうだねー」

 ヨヅキの後ろをついて行きながらもルンルンと跳ねるユーフィルには同意したが、正直意外だった。

 ヨヅキが私と同じクラスになったのは本人の努力と私の従者であることを考慮した結果だろう。だが、私とヨヅキが向かうクラスはそんな程度では入れない、というか入らない。

 恐らくユーフィルも何らかのを持った生徒なのだろう。

「カトレア様、着きました」

 そんなことを考えていたら、教室へはすぐに着いた。中はほぼ埋まっており、残すは私たちと数席だけだった。

 それぞれの席を確認すると、私の席は山なりになった席の一番上、その最奥だった。ヨヅキはその隣だ。最前列、教卓前辺りのユーフィルとは別れ、緩い階段を上る。

 階段を上る間、様々な視線が私を見る。視線を遮ろうとするヨヅキを下がらせ、さっさと席に着く。鞄を横に置き、最奥からクラスを見下ろすといくつかの視線はスッと消えた。それでもまだこちらを覗き見たり逆にあからさまな視線を注いだりする者もいた。

 そしてその中にこの前見た顔があった。庭園でヨヅキに制圧されたお坊ちゃんだ。

 あまりにもあからさまなので手を振ってやるとすっと会釈をして前を向いた。


 それからすぐに鐘がなる。全員が姿勢を整えると同時、扉が開かれ教員が入ってくる。その面子に驚きヨヅキを見たが、向こうも驚いた様子で首を振った。

 教壇の中央に立った教師が緊張した様子で口を開く。

「みッ……みなさん、おはようございますっ!」

「姉様……」

 上擦った声で挨拶するカラン姉さまに早速頭痛がしてきた。その後ろで控えるグラ姉さまも呆れたように頭を抑えている。

 当のカラン姉さまは泣きそうな顔でグラ姉さまを見るが、前を見ろと手を振られてグーちゃんのばかと泣き言を言っている。泣きたいのはこっちだ。

「今日から皆さんの担当教諭となりましたカランコエと言います。名前は好きに呼んでもらっていいですがあんまり悪口とかは……その……泣いちゃうので……」

 挨拶が段々ネガティブな方に逸れていく。教室が静かなのは十分な教養のせいか後ろに控えた教師たちの雰囲気のせいか。それでも教室は大丈夫かこの担任という空気でいっぱいだった。

 そのままうじうじとしていたカラン姉さまだったがグラ姉さまがワザとらしい咳払いにパッと顔を明るくする。どうやら挨拶を切り上げていいという合図らしい。

「一年間頑張るので、皆さんもよろしくお願いしますっ!」

 パッと顔を明るくしたカラン姉さまはそのまますっと後ろに下がった。

 そしてカラン姉さまの左側、の教員が中央に向かう。

「皆様、おはようございます。エニシダ・アズライトと申します。本学級の副担当教諭となりました。未だ修行中の神官ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 エニシダの名乗りに教室がざわつく。

 それもそうだろう。この学校で家名を名乗ることは禁じられている。つまり今エニシダが名乗ったのは――

「――あ、あのっ、エニシダさまっ」

 不意に教室前方、ユーフィルが手を挙げる。

 教室全体からユーフィルに視線が集まるが、エニシダは気にする様子もなくユーフィルに発言を許可した。

「どうぞ、ユーフィル。後、ここでは敬称は不要……いえ、、とでも呼んでくださいね」

 悪戯めいて微笑むエニシダにユーフィルは居ずまいを整える。

「質問なのですが、当学園で家名を名乗るのはいけないと――そう先生に教えられたのですが――先生のアズライトとは家名ではなかったのですか……?」

「いい質問ですね、ユーフィル。後でお菓子を――と言いたいところですが、学園規則は読みましたか?」

「えっと……ちょっとだけ、そのまだ……いえ、読めていません……」

 小さくなるユーフィルにクラスのどこかで嘲笑が漏れる。確かにあの程度の量、貴族であれば読めていないということのほうが少ないだろう。

 だがエニシダは怒るでもなく、優しく微笑んだ。

「そうでしたか。貴方には前日まで他の子の面倒を見てもらっていましたからね。ではここで教えましょうか。皆さん、学園規則を開いてください」

 エニシダの言葉に三分の一程が学園規則を開く。

 その他が開かないのを確認してからエニシダは話を続けた。

「本校において、全ての生徒、教師、及び学園内業務に関わるものはその家名を名乗ることを禁じています。それは各生徒の安全と身分を護るためです。ここには貴族の他に庶民や王族が通うことがあるからです。ですが、それらはその身分を貶めるためにあるわけではありません。あくまで平等に、公平に生徒を見るためです。その為に我々教師は身分や身内に関する贔屓や冷遇を行なわないと神殿に誓いを立てています」

 まるで教えを説くようにエニシダが言葉を紡ぐ。高位神官らしいその説法は尤もらしい説得力を持っていた。

「ですが、それらは先程言った通り、その身分を貶めるためにあるわけではありません。つまり、王や神からたまわった称号まで剝奪するものではありません。なので先程私が名乗った『アズライト』とは称号で、家名ではありません。分かりましたか、ユーフィル」

 深く頷いたユーフィルにエニシダは満足そうに微笑んだ。

「――それではみなさん、宜しくお願い致します」

 深々とお辞儀をするエニシダは、完全に教室内を掌握しきっていた。

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