4章 一等学級《クオリティ:ジェム》

4-1 一等学級《クオリティ:ジェム》

 指導室に入って三日。私はその三日間を大変に謳歌していた。

 というのも、この部屋を覆う結界と素材はどうやら私が閉じ籠っていた自室と同じ構造をしていたらしく、魔力吸うって言ってたけどどれくらい吸うのかなぁ~なんて軽い気持ちで指輪の出力を全開したら部屋の中をちょっとした私用の空間として使えるようになったのだ。

 しかも《魔封じの首輪》もこの部屋もこれから行使する魔術については特段の性能を持っていたが、既に発動している魔術についてはほとんど無力だったのだ。

 その結果としてマーリンが私に掛けてくれた『どこでも好きな時に好きな物を出し入れできる魔法空間マジックバッグ』はそのまま有効だった。

 この《マジックバッグ》とかいう長ったらしくふざけた名前の魔法は本当に好きな物を好きなだけ入れることができたし、収納できる量によって魔力が変わっていくらしいが、無尽蔵に魔力を持て余す私にとってはただの便利な収納で、しかも余った魔力も吸ってくれるという便利品と化していた。

 そんなわけで掛けてもらった初日から部屋のありとあらゆる本を詰め込んでついでにちょっとしたボードゲームや筆記用具一式に絵画セット、その他諸々を入れまくった私にとって暇潰しなぞに事欠くこともなく、いつもは私があれやこれやをするのをずっと見張ってやれ休めだ寝ろだと口煩いヨヅキもヨミコもここにはいない。

 そういったことに煩そうなグラ姉さまも心配しそうなカラン姉さまも忙しいのか部屋を覗きに来ることはない。

 そんなこんなでこの三日間、昼も夜も上も下もなく関係なく、本当の意味で自由気ままな自堕落生活を送って――

「――カトレア、入るぞ」

「えっ、待っ」

 ――三日振りに顔を合わせたグラ姉さまにしこたま怒られたのだった。


* * *


「全く、お前というやつは……」

 額に見えないはずの青筋を浮かべながら溜息を吐くグラ姉さまを前に出かけた欠伸をかみ殺す。

 三日振りに突然開いた扉によって部屋に充満していた私の魔力は一気に解放され、文字通り宙に浮いていた私と私物は地に叩きつけられた。

 無論ちょっとした独房を満たしていた魔力を受けた者も無事ではなく、グラ姉さまと私よりちょっと前に出てきたらしいヨヅキは尻餅を衝き、魔力にてられたらしいカラン姉さまはそのまま医務室に運ばれていった。

 ちなみに、その間から今に至るまでヨヅキとグラ姉さまに代わる代わる叱られて、しかもヨヅキにさせられた極東の拷問座位『セイザー』をさせられていたのですっかり私の足は白くなっていた。

 というかよく考えれば熟練の魔術師が中てられる魔力を諸に食らって尻餅をついただけの騎士たち二人は一体どんな教育を受けたんだ?

 ちなみに他のことを考えていることがバレてグラ姉さまにはまた怒られた。

 そうして一通り怒り尽くしたらしいグラ姉さまはようやっと本題に入った。

「……でだ、お前たちがお前たちが指導室に入っていた間にほとんどの生徒は入寮手続きを終えた。お前たちも早く入寮手続きを進めろ。明日からは始業だから寝坊するな、分かったな」

「かしこまりました」

 すっかりグラ姉さまの従僕と化したヨヅキがすぐに返事をする。普段素っ気ない飼い猫が懐いたようで少し悔しい。

 ずっとヨヅキを見ていた私にグラ姉さまが再度こっちを見る。流石にこれ以上は足が持たないので大人しく返事を返す。

 その様子にまた溜息を吐かれたが、流石にもう諦めたらしい。

 私が指輪の出力を抑えたのを見てから《魔封じの首輪》を外してどこかに仕舞った。どうやら姉さまもあの魔法を持っているようだ。

「あぁ、そういえばあの猫、連れてきたぞ」

 そういって机の上に載せてあったペットキャリーを開けてくれる。中には澄ました顔のノアールが入っていた。

 久々に会ったねご主人みたいな顔をしているがお前何回か配膳口通って部屋入ってきただろ。

 それからグラ姉さまが一通り指導室の中を確認して部屋を出ようとこちらを見る。

 だが、全く動かない私を見て眉をひそめた。

「何してるんだ、早くいくぞ?」

「グラ姉たまだっこ」

 しまった、幼女っぽくやろうとしたら普通に噛んだ。

 流石のグラ姉さまも眉間の皺を抑えて上を向く。それから「一応聞くがふざけてるのか?」と聞かれて首を振る。

 失敬な、私はちゃんと足が痺れて全く動けないだけだ。

 しばらく両手を突き出してグラ姉さまと見つめ合い攻防を続けたが、

「流石の姉妹とはいえ教師が入学前の生徒を抱き上げて運ぶのは外聞が悪い」

 と言われて大人しくヨヅキに運んでもらった。


 ヨヅキに抱き着いたまましばらく運んでもらい、そのまま寮まで向かう。

 途中上級生らしき生徒がグラ姉さまに挨拶しては私にギョッとしたり同級生らしき生徒が遠巻きに私たちを見てひそひそと何か言ったりしていたが、逆に見せつけるようにしてこれ見よがしにヨヅキに抱き着いた。

 ただ欠点は昼も夜も適当に寝ては本を読んだりモノを書いたりしていた私に規則正しく揺れの少ないヨヅキの腕の中は完全に揺り籠になっていたところだろう。

「ここだ、着いたぞ」

 グラ姉さまの呼びかけに眠たい目を擦り、ヨヅキに降ろすように言う。

 説教中の足の痺れはすっかり取れていたが眠くて少しよろけてしまい、ヨヅキにそっと支えられて手を繋がれる。

 それからグラ姉さまが誰かを紹介してくれていた気がするが、眠くてほとんど聞いてなかった。途中からヨヅキにほとんど寄り掛かったところでまたヨヅキが私を部屋まで運んでくれた。

 部屋は思ったよりも広くて、ベッドもとてもふかふかだった。

 どこか自室に似た雰囲気のせいか、いつも聞いていたせいか、ヨミコの声が聞こえた気がした。

 いつか振りにベッドに潜り込んだヨヅキを抱き締め、私は深く眠りに着いた。

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