3-6 王立魔術学園
「あれぇ……もしかして全部終わっちゃったぁ……?」
レサマとグラジオラが去った後、息切れぎれで白衣姿の女性が現れる。
緩く白んだ銀髪は走ったせいか余計絡まっており、長いスカートと白衣の裾は薬品か何かでくすんだり色が抜けたりしている。色付き眼鏡もサイズが合っていないのか走ったせいなのかずれ落ちかけて慌てて直している。
「もーグーちゃんったらいっつも私を置いて行っちゃうんだからぁ……私グーちゃんみたいに騎士さんじゃないから速くないっていっつも言ってる……」
息も絶え絶えといった様子とグラジオラ姉様のことを「グーちゃん」と呼ぶ女教師に昔の姉様が重なった。
「――カランコエ姉様?」
「なぁにカーちゃん?」
私の呼び声に反応して白衣姿の女性――カランコエ姉様が顔をあげ、昔のように私を「カーちゃん」と呼ぶ。呼んでくれた。
カランコエ姉様も私のことを見つけ、大きく目を見開き、駆け寄って――ビタンッ! といい音を鳴らしてずっこけた。
相変わらずそそっかしいお姉様に私とヨヅキが慌てて駆け寄ると、カランコエ姉様がにへらと笑いって顔を上げる。
「あははぁ……また転んだじゃったぁ」
「だ、大丈夫ですかカランコエ姉様……?」
「うんうん大丈夫! 元気元気!」
そう言って両手を構えるが、全然大丈夫に見えない。というかよく見れば穿いているストッキングは伝線しているしスカートの所々に血が滲んでいる。……いや、これは今できたものではなさそうだし、それはそれで大丈夫なのか?
それから立ち上がって私の手を取りくるくると回りながら「久しぶり! 元気だった?」「昔より大きくなって……」「でも綺麗な髪は変わらないね! ヅキちゃんとヨミさんにお手入れしてもらったの?」「私もヨミさんに綺麗にしてもらおうかな……」などと矢継ぎ早に言いながら笑っている。
……昔から嬉しくなると止まらないカランコエ姉様だったがどうやら大人になってさらに悪化したらいい。流石のヨヅキも止めに入るべきか珍しく困った顔を浮かべて手をこまねいていた。
一通り私と一緒にくるくると回ったカランコエ姉様だったが、いい加減頭の血が落ちてきたらしい。というか目が回ったらしく膝を着いて花壇を向いている。……お願いだから
ヨヅキに背中を擦ってもらい、更にお茶をもらったカランコエ姉様は一息ついてありがとうとカップをヨヅキに返す。
「そういえば二人とも何でここにいるの?」
一息ついて自分の使命を思い出したらしい。カランコエ姉様は笑顔でこちらを視、その問いについ狼狽える。
先程まで再開を喜んでいたカランコエ姉様に、先のことを伝えるのは流石に憚られる。入学前、しかも到着早々にトラブルを起こしたとは言えない。
だが、カランコエ姉様はいつもすべての嘘を見破ってきた。どんな小さな嘘も姉様の眼には通用しない。その瞳がいま私たちを視詰めているのだ、恐らくもうバレているのだろう。
決意と後悔が滲む顔で、ヨヅキが正直に報告をする。
「……私が、レサマ男爵子を、その、制圧しました」
姉様は悲しそうに目を開き、ちいさく「そっかぁ……やっぱりかぁ」と呟いて眼を閉じた。重く沈黙が流れる。久しぶりの再会も、変わらなかった感動も、ただその中に沈んでいった。
「……じゃあ、指導室、行こっか」
それだけ言うと、カランコエ姉様は悲しそうに静かに笑った。
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