3-4 王立魔術学園

 王都の神殿からの退場は思ったよりも早かった。

 本当はあの悪ガキやヨヅキを治療した彼女に一言言いたかったが、残念ながら着いた先で私とヨヅキ以外は全員転移酔いで動けず、そのまま休憩室に運ばれていった。

 私たちも少し休んでから行こうかとも考えたが、すぐに王都の別邸から出された迎え馬車に乗り込み、そのまま学園へと向かっていった。

 音も振動もない馬車の中から見える街並みは、想い出よりも煌びやかだった。


 それから少しして、不意に馬車が動きを停めた。どうやら先程越えた何個目かの門が学園への入り口だったらしい。

 御者台からのノックにヨヅキが反応し、外に出る。

 すぐ出るのかとも思ったが、しばらくしてまたヨヅキが戻ってきた。

「申し訳ありませんカトレア様。少し混み合っているようです」

「まあ仕方ないかな。で、このまま待つ感じ?」

「はい、そちら方が宜しいかと」

「じゃあちょっと遊びに行きたいんだけど」

「……話、聞いていましたか?」

 見えないはずの青筋がピキピキと音を立てるのが見える。

 だがここで私も折れるわけにはいかない。

「だって! もうずっと馬車乗ってるんだよ!! やっと学校着いたのに何でまだ閉じ籠ってないといけないの!」

「それは理解しますが……」

「どうせ外は荷下ろしで私たちなんて見てないよ。それにノアールだって出たいって言ってるよ」

 しっかりと伸びきったノアールが抗議の声を上げる。何だお前。さっきまで扉をカリカリしてたじゃないか。

 そんな私とノアールを傍目に何かを考えるヨヅキだったが、結局は何かを諦めたように分かりました、と一言言って御者台のほうをノックする。

 どうやら何かを打ち合わせしているようだ。

 それからすぐに馬車はまた動き出し、少ししたところでまた止まった。

 どうやら荷物より先に人だけ降ろす動きに変えたらしい。

「それでは少し手続きをしてまいりますので、それまではこちらでお待ちください」

「外で待ってちゃダメ?」

「……ダメです。知らないところで倒れられても困ります」

 そういわれると心当たりしかない。

 仕方ないのでそのままヨヅキを見送り、しばらくノアールで遊びながらヨヅキを待つ。途中、弄られるのに飽きたノアールが私の手を逃れたりそれを追い掛けたりガタゴトと音を立てていたが、防音と衝撃吸収のおかげで外にはあまりバレていないと思う、多分。

「何やってるんですか」

 ダメだったらしい。


 ヨヅキに連れられ、馬車を下りる。

 途中、何度かここの生徒らしき人たちとすれ違ったが、その度にヨヅキは私を隠すように前に立ち、会釈をして過ぎていく。誰かが見える度に体を強張らせた私にとってはその気遣いがとてもありがたかった。

 そうしてまた半屋敷ほど歩くと、そこはどこかの庭園らしかった。

「わぁ……っ!」

 そこまでの疲れも忘れて駆け回る。

 そこに咲くのは色とりどりの薬草や毒草、家畜化された魔植物に一部には野生株を自生させているものもあった。

 本当は今すぐにでもそれらを摘み取って味を見て効能を調べて――と使い潰したかったが、入学早々そんなことをすれば父様と母様の面子が丸潰れになることはわかり切っていたので自重する。

 どうせ学園内の庭園なのだ。授業やその合間で遊び尽くせるだろう。……まあそれとは別に少しずつ拝借してバッグに入れたのはヨヅキも目を瞑ってくれるだろう。

「カトレア様、お茶の用意を……何か盗りましたか?」

「……盗ってないよ?」

 前借である。盗ってなどいない。

 そうですか、と少し呆れたように言うヨヅキ――ほら、やっぱり目を瞑ってくれた――に誘われ、ティーパーティーを始める。

 庭園に備え付けられたテーブルセットを間借りして、ヨヅキと一緒にお茶を始める。

 どこかから取り出したティーセットはこれまた立派なことで、さも当たり前に一通りの軽食やお茶菓子が揃い踏みだった。

 本当はヨヅキと一緒に飲みたかったが、流石にまだ従者ですので同席するわけには、と言われ断られてしまった。

 部屋の中では同席していたが、流石に入寮前に席を共にして無礼を咎められるのも面倒だ。今日はまだ仕方ないだろう。

 時折聞こえる馬車の音や忙しく廊下を駆け回る音が賑やかで、長旅で疲れた体を癒すのには丁度良かった。


「――困ります、アマンド様! ここは学園の薬草園で」

「ええい! 煩い! 私は茶をしに来ただけだ! 白百合も魔百合も変わらん! それにどこぞの令嬢も通っているではないか!!」

 ……どうやら招かれざる客も来たようだ。

 目敏く私とヨヅキのことを咎められ、学園の下男らしき男はしどろもどろに言葉を濁す。

「どうかなさいましたか?」

 そこへ素早く歩み寄り、騎士然としたヨヅキが下男に話掛ける。

 恐らく誰も近付けるなと金を握らせていたのだろう下男は少し青い顔をしながらヨヅキに事情を話し始めた。

「な、ナイトレイド様。申し訳ございません、アマンド・レサマ男爵子がこちらでお茶をされると聞かなくて……」

「――……ナイトレイドだと?」

 ヨヅキの家名を聞いたアマンド・レサマが片眉をひそめて目の前の女子の襟元を見る。そこには一代騎士を示すナイトレイド家の紋章とクロムスフェーンの従僕であることを示す深いグリーンが輝いていた。

「社交にも顔を出さぬ『深層の黒騎士』がこんなことで何をしている。いや、お前がここにいるということは」

 先ほど見た私を見ようとしてアマンド・レサマが奥を覗こうとするが、ヨヅキに阻まれる。

 ヨヅキの目を通してレサマの顔を見ようとするが、ヨヅキにスッと片目を閉じられその顔は拝めない。急に感覚を取られ怒ったのかヨヅキは後ろに組んだ手でスッと私に中指を立ててきた。

 仕方ないのでそこらの鳥の目でも借りようと周りを見たら、膝で昼寝をしていたノアールがこちらに向いてにゃあと鳴く。おぉ、行ってくれるか我が下僕よ。

「それで、薬草のレサマと名立たるレサマ男爵子がこの庭園に何の御用でしょうか?」

 足元に現れたノアールを忌まわしそうに足蹴にしようとして、それを華麗に避けられ、横に着かれる。

「なに、その薬草のレサマが学園の薬草園を見に来ただけだ。丁度時間も掛かるようだしな。全く貴族は身支度が多くて困る」

 どうやらレサマ男爵子も私と同じ暇潰しにきたらしい。確か薬草のレサマは最近爵位を得た――といっても三代程度は歴史がある――新興貴族で、周りの付き人や当人の身振りを見るにまだ貴族に染まり切ってはいないらしい。

 当人もそれを自覚しているようだが、その二つ名に恥じぬいい男らしく、自家業に繋がる学園の庭園に興味があるようだ。先程から私を避けるようにして学園の庭園を品定めしている。

「残念ですが今はお嬢様がこちらの庭園を貸し切らせていただいております。申し訳ありませんが本日のところはお引き取りを」

「別に『姫君』と一緒に席を持つために来たわけではない。それに、公爵領であればこの程度見慣れたものだろう。さっさとこちらを通してくれ。別に私も暇ではないんだ」

 レサマの言葉に少し苦笑する。

 確かにうちの公爵領――より正確に言えば私が住んでいたあの城付近であればこの程度の薬草園など目にならぬほど貴重品が転がっている。

 だが、逆を言えば通常手に入るような魔草や薬草、毒草といったものは淘汰され生えることはない。たとえ庭園の蹂躙者たるミントを巻いたとしてもそれを餌に新たな草木が生えるだけだ。

 だがそんなことを露とも知らず、レサマは涼しい顔をしてヨヅキの横を抜けようとする。あ、不味い。そこはヨヅキの――

 バタンッ、ジュザザーッといった酷い音が鳴り響く。無論あのヨヅキが公爵家に、より正確には私を邪魔するものを通すわけがない。

 確実に関節を決め、全体重を込めてレサマを取り押さえる。

 本来翅のように軽いヨヅキがそんなことをできるのはあの制服のあちこちに仕込んだ暗器類の数々だ。一度面白そうだからと着せてもらったがまるで動けなくてヨミコとヨヅキ二人係で脱がしてもらった記憶がある。

 それをあの高さから膝一転に落とされてはただの公子風情ではひとたまりもない。

 途中聞こえた軽く高い音を聞くに肋骨の二、三本は逝っただろう。

 泡を吹くレサマ男爵子に悲鳴を上げる女中を無視し切り掛かろうとする護衛らしき従僕にヨヅキが釘を刺す。

「今動くならこの腕を圧し折って肺を潰す」

 その眼光に抜こうとした剣を強く握る。その顔を見るにガチャガチャと鳴る剣は逸る心を抑えているようだ。どうやら彼は随分と優秀な護衛を持っているらしい。

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