3-2 王立魔術学院

 太陽がちょうどてっぺんを超えた頃、王都へ向かう馬車が動きを止める。

「――カトレア様、着きましたよ」

「……んぁ?」

 その頃には馬車旅にも飼猫ノアール――道中暇すぎて使い魔に名前を付けた――で遊ぶのにも飽き、ヨヅキの太腿を借りてお昼寝をしていた。

 本当はもう少しヨヅキの太腿を堪能したかったが、残念ながらヨヅキが動き出そうとするので諦めて体を起こす。そのまま壁に寄りかかっていると、ノアールが膝でゴロゴロと甘えた声を上げる。さっきまでの私もこんな感じだったのだろうか。

 眠い頭でノアールの頭を撫でていると、しばらくして扉が開く。

「――カトレア様、お手をどうぞ」

「……えッ、何してんのヨヅキ」

 つい驚いて変な声が出た。だがそれも仕方ない。

 何故なら先ほどまで制服を着ていたはずのヨヅキはいつの間にか騎士服を着て、しかも腰には腰ほどはある長剣を下げていたからだ。

「ここから先、武器を持ち込むにはこの姿しかないのです。さ、こちらへ」

 何かの魔道具か、はたまた普段の習慣か、いつもより数段に低くなった男声でこちらに手を差し出す。

「それでは、エスコートをお願いしますわ、?」

「……仰せのままに、我が主」

 深く溜息を吐かれながら、私は馬車を下りて行った。


* * *

 

(カトレアは、意味を分かって言ってるのだろうか)

 どこか嬉しそうなカトレアの手を引きながら、私は心のなかで独り言ちる。

 黒騎士。それは騎士でありながら主を失い、守れなかったものをさす語だ。

 その由来は喪中を表す黒い騎士服に由来する。

 本来主が病か寿命で死ぬまで着ることのない服を着て、職務をこなす。それは即ち主を失い、その傍に居ながら本分を達成できなかった愚か者に付けられる蔑称だ。

 おおよそカトレアは私のいた黒鞘の剣と私の髪を見て言ったのだろう。

 そうでなければ彼女がそんなことを言うことはない。

 だが、その一言はあまりにも私の心に刺さっていた。

 私があの日、彼女を止めれれていたら。

 私があの日、彼女に強請らなかったら。

 そう願った日は、少なくない。

 だが、そんなことを関係なしに私と彼女を取り巻く環境は歪み、進み、狂っていった。

 何度涙を流しても、魔法使いは現れない。私のために魔法を掛けてはくれない。

 起こったことは過去となり、輝かしい未来は無へと消えた。

 それでも――それでも、彼女、カトレアは外に出た。

 私や母が止めずとも、ただ静かに白い箱に閉じ籠った彼女。

 つい口が滑り、外の話をした私に「そうなんだね」と悲しそうに目を伏せた彼女。

 そんな彼女を護るために、誰からも奪わせないために、私は彼女の騎士となった。

 母と旦那様に頼み込み、どこでも彼女を護れるようにと訓練をし、礼節を身に着け、若輩ながらも公式に、私は騎士の立場を得た。

 彼女が退屈をしないように、多くの話と知識を仕入れ、それでも足らぬと自ら森の獣を狩り殺し、動植物や鉱石を採っては彼女の元へと持って行った。

 それでも彼女はただありがとう、と。ただ嬉しそうにそれらを受け取って、ただただ研究と研鑽に没頭していった。

 本来ならば、彼女は国に仕え、国を脅かすあらゆる厄災を払う剣となり、その学や思慮から民を苦しめるすべての病魔から民を護る楯となっただろう。

 だが、その未来はあり得ない。そんなものは、所詮私の夢物語でしなかったのだ。

 すべて、すべてを私が、この私が――


「――ヨヅキ?」

 掛かった声にハッとする。どうやら少し過去に浸っていたらしい。だが、そんな時間は必要ない。

「さあ、もうすぐ着きますよ」

 騎士になったあの日から、いや、すべてを奪ってしまったと知ったあの日から。

 私は全て決めたのだ。

 これからの私は全てを彼女に捧げ、あらゆる敵から彼女を護り抜くのだと。

 たとえそれが、彼女の敵になろうとも。

 たとえそれが、自分であろうとも。

 すべてを払い、すべてを殺し、すべて彼女に捧げるのだ。たとえ彼女の傍にいられなくても、彼女を妨げるすべてを敵を狩りつくす。

 それだけが私に残された、最終最後の使命だった。

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