2-5 国創の魔法使い《マーリン》
マーリンとヨヅキの
終了した、といっても正確にはマーリンが根負けして花の魔法でどこかへと姿を消してしまったのだ。
しばらくヨヅキは魔力の痕跡を辿ろうとしていたが、ヨヅキにも無理だったらしく、諦めて私のほうへやってきた。
『もうおしまい?』
「えぇ。ここですとまた何か来るかもしれませんから部屋に戻りましょう」
どこか不満げな感情を感じながら、差し出された手を取る。
それからバスケットを片付けようとするが、何故か食器が動かない。
あまりにも動かなくて腕をブンブン振っていたら呆れたようにヨヅキが跪いて片付け始めた。
『なんで動かないのこの食器。欠陥品じゃない?』
「普通食器は動きませんよ」
『え、嘘だぁ。ずっと動いてたよ』
食器も本も服も動く。もっと言えば木々だって私の前じゃ踊りだす。
……あんまりやると葉や花が落ちて庭師の人に怒られたけど。
「それはあの城が基本的に魔力と同調するようにできてるからです。あの部屋だってそういう仕組みだからですよ」
『え……世の中って不便』
「そういうものです。さ、行きましょう」
トントン、とヨヅキが地面を蹴ると目の前に木製の扉が現れる。サイズは人一人が十分に通れるくらいのものだ。何も唱えていないということは靴に元々仕込んであるのだろう。
ただ一体、扉だけでどこに行くというのか。
そう思って扉を見ていると、ヨヅキが胸元からネックレスを取り出した。持ち手ははスペードで、赤い魔石が嵌っている。ヨヅキがあの部屋への出入りに際に使っているもので、魔石に魔力を込めると大きくなって鍵となる。
『それどうするのさ。部屋なんてないよ』
「扉さえあればどこからでも行けますから」
『そうなの?』
私の言葉への肯定と共に鍵穴に差し込み、扉を開く。
そこにはいつもの部屋があった。
「どうぞ、カトレア様」
『うん、ありがと。……あ、そうだ。ヨヅキが壊した馬車の中に森のサンプルがあるから持ってきてね』
「かしこまりました。朝ご飯はどうしますか」
だが悟られないように話を合わせる。
『んー……今日は何?』
「生ハムとフレッシュチーズのサラダ、トースト、スクランブルエッグ、冷製コンソメのスープです」
『わかった、楽しみにしてるね。あ、後トマトケチャップは多めにね』
「善処します」
それじゃ、といつものように手を振ってベッドに向かう。流石に疲れた。
もうひと眠りしようと心に決めてベッドを見ると、見知らぬ猫がいた。黒く、首元に灰色のネックレス模様がある。
『誰?』
今朝の件もある。一応警戒をと思い手に魔力を集める。
魔術や魔法は使えないが、ただの魔力を固めて撃ちだすくらいなら私にもできる。
手のひら大の魔力を前方に構えるが、怯える様子もない。想定はしていたがやはりこの猫はただの猫ではなく、誰かの使い魔らしい。
普通、ただの動物は魔力を恐れる。それがないということは普段から魔力に慣れているか、もしくは――
「……カトレアよ」
後ろ足で首を掻き終えた猫が厳かに口を開く。その声に驚いてつい魔力を霧散させてしまった。
想定外の人物に思わず声を出す。
「――おとう……さま?」
「――然り。久しいなカトレアよ。息災だったか」
キキョウ・M・クロムスフェーン。クロムスフェーン家の婿養子ながら現国王傍付きの任を得た男。そして、ここに入った私に会いに来なかった実の父親。
その男が今、使い魔を通してとはいえ、私の目の前に現れたのだ。
『……何の御用ですか』
「国立魔術学院に行くことになったらしいな」
それは
『……えぇ。僕は決めましたよ。魔術学院に行きます』
「…………そうか」
重々しい溜息と共に、言葉を吐く。それもそうだろう。
何せ、本来ならば封印されているはずのものが外に出るのだから。
「ならば、この猫を連れて行くがよい。これはお前への入学祝だ」
そんなものいらない――そう言おうとしたときにはもう猫から気配は消えていた。
『……全く、勝手な人だ』
気配の消えた黒猫を抱きながら、私は再度眠りについた。
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